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異世界殺し  作者: Tetsuさん
光から呼ぶ声
608/833

607:フェイク

真っ赤な視界の中で、空気の抵抗を受けながら前進する。

まだストレングスの間合いだ。

俺の拳の間合いには辿り着いていない。


(コイツ、やはり対応してきたか…!)


必死に空気の壁に抗い前へ進んでいると、ストレングスも振り下ろす刀の速度を上げる。

お互い、傍から見ると水中の中でゆっくりと動いているような速度だ。

それでも、ストレングスは俺の速度に合わせてきた。


(もっと、もっと速く!!)


魔法による身体強化、物理的な加速。

それらを駆使しても、まだストレングスを超えられないのか。

全身の筋肉が悲鳴を上げ始める。

それでも、ストレングスの奴もかなり無理はしているらしい。

その表情は、まるで般若の仮面の様だ。


(へっ、さっきまでの余裕の表情はどこ行ったんだよ!)


遂に、俺の拳の間合いに入る。

刀はかなり振り下ろされており、そろそろ俺の左のこめかみ辺りに到達する。


『悪いな、最後の最後で邪道にいかせてもらおう。

……マキーナ、ブーストモード・セカンド!!』


<ブーストモード・セカンド、起動します。>


俺の体が更に赤く発光する。

俺のこめかみに到達したストレングスの刃は、そのままこめかみを通過し鼻、そして右頬を突き抜け、更に右肩をもすり抜ける。


勝ち誇っていたストレングスの顔が、驚愕に変わっていく。


<ブーストモード・ファーストへ変更。>


空気の壁が俺を襲う。

また、筋肉がちぎれそうなほどの痛みが戻ってくる。

それでもこの踏み込みは止められない。

ここで決めなければ、俺には後がない。

ストレングスは袈裟斬りに振りぬいた刀の刃を返し、もう一度今度は下からの斬り上げに繋ごうとしている。

だが、もう遅い。


俺の拳が、ストレングスの腹前に迫る。

奴は焦りの表情を浮かべ、何かを叫ぼうと口を開きかける。


『残念、俺の勝ちだ。』


ゆっくりと腹に当たった拳がめり込んでいく。

緩やかに苦悶の表情へと変わるストレングス。

スロー再生のように拳を中心に広がる波紋。


更に拳は奥へと進み、張力の限界に達した腹部の服が破れ、その奥から赤黒い液体が飛び散るように零れ出す。

俺の拳に硬い感触が当たるが、構わず突き抜く。

同じく張力の限界に達した背中側から、服を破くように白い何かが飛び出し、その後を赤黒い肉が続く。


<ブーストモード、終了します。>


世界が赤から元の灰色と黒の世界に戻る。

振り抜いた拳を素早く引き、残心をとる。

腹に大穴を開けたストレングスが、背中側から骨や肉や血をまき散らしながら、大きく吹き飛ぶ。


『ハァ……、ハァ……。

クソ、無理しすぎた……か……オェ!!』


構えが崩れて、膝から地面につく。

その衝撃に、俺の関節や目鼻口から、生暖かい何かが噴き出す。

口の中に感じる鉄の味。


<勢大、今貴方の体は過剰な負荷がかかっている状態です。

これ以上の戦闘行動は不可能であると告知しておきます。>


そんな事、言われなくても俺自身が一番解っている。

それでも今は立ち上がらなければならない。


『男の子は気合と根性!ってな……。』


立ち上がる時に、地面に広がる黒い染みが目に入る。

スーツから漏れ出る俺の血だ。

随分と大量の血液が流れだしているらしい。


力の入らない足を叩き、無理やり感覚を戻して歩く。


俺よりももっと出血し、血だまりの中をもがいているストレングスの近くに辿り着く。


「こんな……馬鹿な……私は……。」


仰向けのまま呻きながら両手で地面をひっかき、立ち上がろうとしては体の向きすら変えられずに呻いている。


『まだ生きてるたぁ、しぶてぇ野郎だなテメェ。

だがまぁ、俺の勝ちだ。

諦めてとっととおっ()んで、地獄の鬼どもと戯れてくるんだな。』


俺の言葉に、焦点の合わない目でこちらを向きながら、口元に笑みを浮かべる。


「ク、クク……、“武”と言っておきながら、最後の最後で異能の力を使うとはな……。

それでも“組織”の目的は果たした……。

こ、これだけの時間があれば、……あの転生者を材料にして、コノハナサクヤは本来の……力を……。

我等の神を迎えるために……。」


『何?どういう事だ?

やはりヤマナミは転生者なのか?

お前等、ヤマナミを使って何をするつもりだ?

“我等の神”ってのは、どういう意味だ?』


ストレングスはニヤリと笑うと、何かを握っている右手をこちらに差し出す。


「う、受け取れよ、……ここに全てが……。」


何かのメモリか、それともデータの類か。

その握っている手の中に何かがあると言われ、俺はストレングスに一歩近付く。


「……必中必殺、ガイ・ボルカ。」


どこからか女性の声が聞こえ、光が通り過ぎる。

光る槍がストレングスの右手、握った拳に突き刺さり、そのまま手首から千切れて飛んでいく。


「……フン、……無念。」


ストレングスが一言呟いて脱力するのと、飛んで行った右手が爆発するのはほぼ同時だった。

爆風に身をかがめるが、そこから満足に動く事は出来ず、風圧で転倒してしまう。


『やれやれ……、クソッ、最後まで悪辣な野郎だ。』


仰向けに倒れながら、俺は悪態をつく。

流石にもう限界だ、もう体も動かないし、意識を保っている事も精いっぱいだ。

そんな俺を、軽鎧を身に纏った女性が見下ろす。


『……スカアハさんだったっけか。すまねぇ、助かった。』


朦朧とする意識の中で、俺は感謝を伝える。

女性は静かに見下ろしていたが、不意に視界から消える。


「……お前の友に感謝する事だ。」


確かにそう聞こえた。

友とは誰の事だろう、と、薄れゆく意識の中で考える。

召喚したクロガネの事か?

いや、アイツは友とは呼べんだろう。

では竜胆か?

いや、それも違うだろう。

友と呼べるほどの接点も、何かをしたりされたりがあった訳じゃない。


ふと、思い出す。


俺にこの鎧、マキーナを渡してくれたアイツの事を。

あぁ、そういえばアイツも槍使いだったな。

絶対必中の技、確かその技の名前はガエ・ブルク、今風に言うならゲイボルクか。

そうか、スカアハは……。


そこで俺は限界を迎えたらしく、意識を手放してしまった。

まぁ、ここで寝ていても、後は奴等が何とかしてくれるだろう。


そんな事を思いながら。

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