607:フェイク
真っ赤な視界の中で、空気の抵抗を受けながら前進する。
まだストレングスの間合いだ。
俺の拳の間合いには辿り着いていない。
(コイツ、やはり対応してきたか…!)
必死に空気の壁に抗い前へ進んでいると、ストレングスも振り下ろす刀の速度を上げる。
お互い、傍から見ると水中の中でゆっくりと動いているような速度だ。
それでも、ストレングスは俺の速度に合わせてきた。
(もっと、もっと速く!!)
魔法による身体強化、物理的な加速。
それらを駆使しても、まだストレングスを超えられないのか。
全身の筋肉が悲鳴を上げ始める。
それでも、ストレングスの奴もかなり無理はしているらしい。
その表情は、まるで般若の仮面の様だ。
(へっ、さっきまでの余裕の表情はどこ行ったんだよ!)
遂に、俺の拳の間合いに入る。
刀はかなり振り下ろされており、そろそろ俺の左のこめかみ辺りに到達する。
『悪いな、最後の最後で邪道にいかせてもらおう。
……マキーナ、ブーストモード・セカンド!!』
<ブーストモード・セカンド、起動します。>
俺の体が更に赤く発光する。
俺のこめかみに到達したストレングスの刃は、そのままこめかみを通過し鼻、そして右頬を突き抜け、更に右肩をもすり抜ける。
勝ち誇っていたストレングスの顔が、驚愕に変わっていく。
<ブーストモード・ファーストへ変更。>
空気の壁が俺を襲う。
また、筋肉がちぎれそうなほどの痛みが戻ってくる。
それでもこの踏み込みは止められない。
ここで決めなければ、俺には後がない。
ストレングスは袈裟斬りに振りぬいた刀の刃を返し、もう一度今度は下からの斬り上げに繋ごうとしている。
だが、もう遅い。
俺の拳が、ストレングスの腹前に迫る。
奴は焦りの表情を浮かべ、何かを叫ぼうと口を開きかける。
『残念、俺の勝ちだ。』
ゆっくりと腹に当たった拳がめり込んでいく。
緩やかに苦悶の表情へと変わるストレングス。
スロー再生のように拳を中心に広がる波紋。
更に拳は奥へと進み、張力の限界に達した腹部の服が破れ、その奥から赤黒い液体が飛び散るように零れ出す。
俺の拳に硬い感触が当たるが、構わず突き抜く。
同じく張力の限界に達した背中側から、服を破くように白い何かが飛び出し、その後を赤黒い肉が続く。
<ブーストモード、終了します。>
世界が赤から元の灰色と黒の世界に戻る。
振り抜いた拳を素早く引き、残心をとる。
腹に大穴を開けたストレングスが、背中側から骨や肉や血をまき散らしながら、大きく吹き飛ぶ。
『ハァ……、ハァ……。
クソ、無理しすぎた……か……オェ!!』
構えが崩れて、膝から地面につく。
その衝撃に、俺の関節や目鼻口から、生暖かい何かが噴き出す。
口の中に感じる鉄の味。
<勢大、今貴方の体は過剰な負荷がかかっている状態です。
これ以上の戦闘行動は不可能であると告知しておきます。>
そんな事、言われなくても俺自身が一番解っている。
それでも今は立ち上がらなければならない。
『男の子は気合と根性!ってな……。』
立ち上がる時に、地面に広がる黒い染みが目に入る。
スーツから漏れ出る俺の血だ。
随分と大量の血液が流れだしているらしい。
力の入らない足を叩き、無理やり感覚を戻して歩く。
俺よりももっと出血し、血だまりの中をもがいているストレングスの近くに辿り着く。
「こんな……馬鹿な……私は……。」
仰向けのまま呻きながら両手で地面をひっかき、立ち上がろうとしては体の向きすら変えられずに呻いている。
『まだ生きてるたぁ、しぶてぇ野郎だなテメェ。
だがまぁ、俺の勝ちだ。
諦めてとっととおっ死んで、地獄の鬼どもと戯れてくるんだな。』
俺の言葉に、焦点の合わない目でこちらを向きながら、口元に笑みを浮かべる。
「ク、クク……、“武”と言っておきながら、最後の最後で異能の力を使うとはな……。
それでも“組織”の目的は果たした……。
こ、これだけの時間があれば、……あの転生者を材料にして、コノハナサクヤは本来の……力を……。
我等の神を迎えるために……。」
『何?どういう事だ?
やはりヤマナミは転生者なのか?
お前等、ヤマナミを使って何をするつもりだ?
“我等の神”ってのは、どういう意味だ?』
ストレングスはニヤリと笑うと、何かを握っている右手をこちらに差し出す。
「う、受け取れよ、……ここに全てが……。」
何かのメモリか、それともデータの類か。
その握っている手の中に何かがあると言われ、俺はストレングスに一歩近付く。
「……必中必殺、ガイ・ボルカ。」
どこからか女性の声が聞こえ、光が通り過ぎる。
光る槍がストレングスの右手、握った拳に突き刺さり、そのまま手首から千切れて飛んでいく。
「……フン、……無念。」
ストレングスが一言呟いて脱力するのと、飛んで行った右手が爆発するのはほぼ同時だった。
爆風に身をかがめるが、そこから満足に動く事は出来ず、風圧で転倒してしまう。
『やれやれ……、クソッ、最後まで悪辣な野郎だ。』
仰向けに倒れながら、俺は悪態をつく。
流石にもう限界だ、もう体も動かないし、意識を保っている事も精いっぱいだ。
そんな俺を、軽鎧を身に纏った女性が見下ろす。
『……スカアハさんだったっけか。すまねぇ、助かった。』
朦朧とする意識の中で、俺は感謝を伝える。
女性は静かに見下ろしていたが、不意に視界から消える。
「……お前の友に感謝する事だ。」
確かにそう聞こえた。
友とは誰の事だろう、と、薄れゆく意識の中で考える。
召喚したクロガネの事か?
いや、アイツは友とは呼べんだろう。
では竜胆か?
いや、それも違うだろう。
友と呼べるほどの接点も、何かをしたりされたりがあった訳じゃない。
ふと、思い出す。
俺にこの鎧、マキーナを渡してくれたアイツの事を。
あぁ、そういえばアイツも槍使いだったな。
絶対必中の技、確かその技の名前はガエ・ブルク、今風に言うならゲイボルクか。
そうか、スカアハは……。
そこで俺は限界を迎えたらしく、意識を手放してしまった。
まぁ、ここで寝ていても、後は奴等が何とかしてくれるだろう。
そんな事を思いながら。




