606:ストレングス
ジリ……ジリ……と、地面を擦る音が聞こえる。
ストレングスがすり足でこちらへと距離を詰めてくる音だ。
少しだけ、失敗したか、という思いが脳裏をよぎる。
正直、最初の正眼の構えの方が対処が楽だった。
得物が見えている分、その剣の軌道は微かでも捉えることが出来る。
だが、抜刀術になるとそうもいかない。
刃が見えるのはほんの一瞬、それこそ攻撃をしてくるその時だけだ。
ヤツもそれがわかったのか、突然抜刀術に変えたのかも知れない。
先程の正眼の構えから抜刀術に構えを変えるまで、何か興が乗ったからと言うような口振りをしていたが、あれはもしかしたら俺が刀の間合いやそこから放たれる軌道計算など、“探る”気配を察知したのではないか。
少し露骨だったかと後悔の念はあるが、幸い先程の基本の構えで、刃の長さは把握できた。
恐らく抜刀の間合いから見ても、相手の攻撃範囲はこの辺だろう、という予測は立つ。
<勢大、アナザーブーストモード残り時間は24分です。>
(マキーナ、残り3分になるまで警告は無しだ。)
1分毎に残り時間を報告してくるマキーナを黙らせる。
残り時間は気になるが、それで焦って迂闊に動く事だけは避けたい。
“今の俺と同様”
それは感じていた。
ストレングスのヤツも、身体強化魔法をかけている。
微かに体の周囲から、淡い鱗粉のような光がこぼれている。
アレは俺と同じ、身体強化魔法の影響だ。
(とはいえ、このままお見合いしていても俺が劣勢か……。)
俺は身体強化魔法をかけ直すことは出来ないが、相手は別だ。
いくらでもかけ直す事が出来るだろう。
一歩、間合いに踏み込む。
俺の制空権はまだ先だが、ヤツの制空権に近付く。
もう一歩、足を上げる。
この一歩で、ヤツの制空権に入……。
『何ぃ!?』
ヤツの右腕がブレる。
馬鹿な、まだ遠いはず。
それでも直感に体が反応し、横薙ぎの軌道をかわそうと上げた足を、無理やり後ろに落とす。
『!?』
ギィン、と音がし、仮面の顎部分から火花が飛び散る。
すぐに距離を取り、顎に触れてみると横一文字に仮面の顎に切り跡がある。
前ではなく、後ろに重心を移動した。
アイツの腕の長さ、刀の間合い。
全て想定して、確実にカスリもしない間合いだった。
むしろ、かわした後の隙を突こうとしていたのだ。
「ククク、ドゥしました髑髏マン?
何か驚いているようですが?」
またもストレングスは刀を鞘に納め、抜刀の構えをとる。
アレは魔法で伸ばした刀でも、刀に何かの魔法がかかっていて予測より伸びた訳では無い。
『……へっ、髑髏マンじゃねぇよ。
性は田園、名は勢大だ。
まぁ別に、覚えなくてもいいぞ?
お前どうせ死ぬんだからな。』
「Oh……。
ミスター勢大、ちゃんと覚えてあげますよ?
アナタを殺し終える間くらいまではね?
まぁ、せっかくですから私も名乗りましょう。
私はとある“組織”に所属している21人の1人、“ストレングス”と申します。
あぁ、是非この名前は覚えておいてください。
きっとあの世で、“俺はストレングスに直々に殺してもらった”といえば、地獄の鬼も一目置くでしょうからね。」
殺気が膨れ上がる。
俺はもう一度、一歩踏み出す。
一歩、また一歩。
歩みを進めるたびに、殺意が濃くなる。
先程抜刀が飛んできた間合い。
そこに、一歩踏み入れるために足を上げる。
「馬鹿め!
片足では避ける範囲が限られるのが解らないお前は!!
やはりただ強いだけの素人だ!!」
ヤツの右腕がブレる。
抜刀が来る。
俺は上げた足を大地につけることなく、わざと空を切って前に倒れ込む。
倒れ込みながら、仰向けに回転させて地面に倒れ込む。
見えた。
獲物の長さは変わっていない。
腕が異様な長さになっている。
関節を外し、魔法による身体強化の力を使い、筋肉のみで刃を鞭のように振るう。
普通じゃ考えられない無茶な、というか、馬鹿な技だ。
それでも、初見殺しにはちょうどいいかも知れん。
抜刀がすり抜けた後に、俺は体を縮めると地面に両手をつき、両足を揃えてストレングスに向ける。
全身を縮んだバネとイメージし、一気に伸び上がり両足を弾丸のように射出する。
『超!何とか弾!ってな。』
伸ばした腕をもとに戻し、刃を横にして防ごうとするも、両足や俺というの質量を、細い日本刀では防ぎきれない。
もろに顔面に蹴りを喰らい、ストレングスは後ろにふらつく。
「ぐぐ、馬鹿な!?
そんな無茶苦茶な動き!歩いているだけで何故出来る!?」
鼻から流れる血を手鼻で押し出すと、もうネタが割れたからか正眼の構えに変える。
『俺の教わった武術ってのはな、立っているだけ、歩いているだけでも、もうそれは“構え”なんだよ。
どんな瞬間であれ、武に身を置くならこういう臨機応変さは無くちゃな。』
俺は肩を竦める。
その余裕が気に食わないようで、ストレングスの怒りと殺意はまた膨らむ。
「いいだろう!
お前如きの武なんざ、この刀でたたっ斬ってやるわ!」
俺は左足を少し前に出すと、腰を落とす。
今のは正直、ストレングスの抜刀術がわかりやすく最初と同じ軌道を通る横薙ぎだったから、と言うのが大きい。
まぁ、関節を外している段階で腕は鞭のようになってしまうから、急激な軌道の変化は出来ないはずだ。
だからこそ、刀の軌道の下に潜る、何ていう弱点を突く事ができた。
これがもう少し達人だったら、或いは魔法で身体強化がなされていなかったら、こんな曲芸は出来無かっただろう。
『やってみろよエセサムライ。
お前の武と俺の武、どっちが強いかやってみようぜ?』
<勢大、残り3分です。>
ジリジリと読み合い、僅かな隙も逃さぬと睨み合う。
そうしている内に、マキーナが残り時間を告げる。
意を決し、俺は腰を落とす。
『いざ、参る!!』
まるでボクサーのように両腕をたたみ、背を丸め極力小さくなりながらステップで一気に前へと踏み込む。
先に動いた俺を嘲るストレングスの獰猛な笑顔。
少しずつ上に上がる日本刀の切っ先。
ストレングスも足を踏み込み、重心が前へと動く。
『マキーナァ!今ぁ!!』
<ブーストモード、起動します。>
見える世界が赤くなる。
時間が限りなく静止する。
止まった世界のなかでも、ストレングスの振りかぶる刀が、その切っ先を天に向けている。
身体強化魔法がかかった上での、更なるブーストモード。
この状況だからこそ出来る、俺の隠し玉だ。




