601:決断
「……もう一度、マップを見せてくれ。」
<視覚に表示します。>
右目を閉じるとウインドウが開き、この咲玉市のマップが表示される。
六芒星の左側と上は“組織”に潰されている。
そしてタマキの言葉、“次に狙われるのは自分の目実家だ”と言っていた。
そこは六芒星の一番下、その頂点にタマキの実家が表示されている。
(恐らく、残りの箇所も争奪戦に負けた、って所か、或いはそもそも行く必要がもう無くなったか、その辺りだろうなぁ。)
ぼんやりとマップを見ながらこれからを考える。
タマキ達は実家の地下に眠る太刀を取りに行こうとしている。
調べてみたが、おそらくあそこは“迷宮”だ。
“迷宮”を出現させたと言う事は、この世界の負債はかなり高いレベルまで上がってきているらしい。
構築する世界を崩壊させまいと、もがき苦しむ世界自身からのSOSは、もう既に出始めてるって所だろう。
しかし、そこが潰されなければ、別に結界としての機能は守られるのではないか?
迷宮とは、それこそ核が無くならない限り存続し続ける。
どれだけ構造物を破壊されようが、核がある限りはいずれ復帰する。
つまり、変な言い方だが彼等が迷宮内の悪魔にやられでもしない限り、逆に言えば彼等の安全は確保されていると言っても良いだろ。
<もし、仮にそうだとしても、タマキ達は“対抗手段”を取りに行っている筈です。
私が“組織”という存在なら、取りに行く前の彼等を狙うか、もしくは地上を薙ぎ払ってでも埋め立て、内部にて餓死させる方法を取ります。
仮に異能力で地上に出てくるにしても、“何か”を行うまでの時間稼ぎになれば良い、という二段構えですね。>
だろうな、と、ため息を付く。
マキーナに言われなくても、俺でもそうする。
侵入前に暗殺するのが一番手っ取り早い。
ただ、仮に結界等が邪魔して侵入前を狙えないなら出てこなくさせれば良い。
人間は水だけなら1週間、水すら飲めないなら3日間くらいで死に至る。
地上出口を埋めて魔法なんかを使って頑丈に固めてしまえば、彼等の異能力を持ってしても3日間程度なら稼げるはずだ。
ましてや中には迷宮が広がっているのだ。
そこで戦って、ヘロヘロになりながら地上に出ようと思ったら封じられている。
それは考えただけで死を連想させる恐怖だろう。
ただ、“我々”という側、つまりは竜胆やクロガネも馬鹿ではないはずだ。
それを見越して防衛手段は取っているだろう。
なら、別にここで俺が手を貸さなくても別に大丈夫なのではないだろうか?
<恐らくは、勢大の想定通りかと思われます。
ただ……。>
マキーナの歯切れが悪い。
別に的外れでも構わないから、と、俺は先を促す。
<想定しうる可能性の中で、これから“組織”という存在側がやろうとしている事、コノハナサクヤにスサノオノミコトの力を取り込ませるという事が、他の全てを凌駕する優先事項だった場合、という前提ですが。
その場合、私がそれを指揮する立場だったとしたら、他の全てを捨てて、全戦力を投入します。
個の質では敵わなくとも、圧倒的な物量を以てすれば目標達成は十分可能と推測できます。>
マキーナの言葉に、想像を巡らせる。
確かにあの2人は、それぞれ一騎当千だろう。
2人合わせれば2,000人の戦力だ。
ではそこに、1万人の戦力をぶつければ?
また、彼等は確かに強い。
強いが、その強さには弱点と表裏一体だ。
恐らく竜胆は接近戦よりは、魔法を使った遠距離戦が得意だろう。
多分接近戦も出来なくはないだろうが、それでも俺ほどではない。
あの魔法にさえ気をつければ、俺でも倒す事は出来るだろう。
クロガネの方は逆に、悪魔を召喚する以外は接近戦が主体だ。
魔法で強化されていればその力は俺を凌駕するが、そうでなければ俺と同じか、ほんの少し俺の方が勝てる感じ、か。
その悪魔にしても、やっぱり竜胆程の魔法の脅威は感じない。
俺では無理かもしれないが、“組織”の中に遠距離戦が得意な奴、例えば魔術師か。
そういう手合に囲まれれば苦戦するだろう。
それで倒せなかったとしても。
2人を疲弊させていれば、万単位の兵を使えば。
2人がどんなに頑張ろうとも、“組織”の側が地下への扉に辿り着く事は十分に可能だ。
「ただ、俺一人が参加した所でそれは変わらんだろう?
一騎当千が1人増えるだけだ。
万単位の相手では、焼け石に水って奴だ。」
<それでも、意味はあるはずです。
少なくとも、“何もせずに見殺しにした”という気分からは開放されるでしょう。
まぁ、恐らくここでの正解は、“黙って見ていて、全てが終わった後で彼等を掘り起こして早急に救助する”だとは思いますが。>
その考えは無いなと否定する。
それが俺の身の安全を確保する一番の最善策だとは解っているが、それをした場合、間違いなく彼等から恨まれる。
人は感情の生き物だ。
特に彼等はまだ若い。
“何故竜胆達と共に立ち向かわなかったのか”
そういう怒りが、絶対にわくだろう。
それが逆恨みだとしても、だ。
「……クソッ、始めから選択肢なんてねぇじゃねぇか。」
タマキがあの一言を残して去った瞬間から、俺には2つの道しかなかったのだ。
選んで戦うか、選ばずに臆病者と罵られるか。
<私としては、勢大の安全を優先した策を推奨します。
いつかも言いましたが、この世界は勢大が命を捨てるに足る世界なのですか?
ここは、元の世界に帰るという貴方の夢を諦めてでも守りたい世界なのですか?>
マキーナの問いに、俺は大きく息を吸いそして吐き出す。
タバコが欲しくなってきた。
考えすぎたな、屋上に行って一服しよう。
かなり日が落ち、薄暗くなりかけている進路指導室の椅子から立ち上がる。
「そんな訳があるか。
俺は今この瞬間だって、妻の待つあの我が家に帰りたくて仕方がねぇよ。
でもな、ここであいつ等を見捨てて安全策を取り、そうして家に帰った時によ。」
窓の外を見れば、宵闇の空に一つの星がぼんやりと光っている。
「……そうして家に帰っても、多分俺は妻の顔をまともに見る事が出来ねぇ、そう思うんだ。
生き残る事は大事だが、“どうやって生き残ったか”も、同じくらい大事なんだろうさ。」
<……承知しました。
全力で貴方をサポートします。>
必要な事なのだ、そう俺は呟く。
夜空に輝く一番星を見つめながら。
失礼しました。
UI変わってて、最後まで投稿し切れておりませんでした。




