600:次の狙い
「さて、お前等を呼んだ理由、ちゃんと解っているよな?」
俺が背もたれに体重を預けると、ギシリとパイプ椅子が鳴る。
それなりには鍛えているからか、俺の重みにパイプ椅子が悲鳴を上げているようだ。
夕暮れの校舎。
手狭な部屋には会議などで使われる長テーブルがあるが、流石に学生5人は収まりきらないからか、両端の学生は座った姿勢がそのまま見えている。
昨夜のSOGAビル下での遭遇から、俺は例の五人組を進路指導室に呼び出していた。
ここは学生の将来の相談に乗るため、教師とマンツーマンで面談するための部屋だ。
ただ、こういう用途でも使われることがあり、学生達の間では“お説教部屋”だの“懺悔室”だのと呼ばれている事も知っていた。
ただ、この部屋は音楽室並に防音設備が整っている。
これからしようとする、内緒の話をするにはもってこいの場所だった。
「センセー、ここ禁煙だよ。」
懐からタバコを取り出し咥えた俺に、ヨシジがつまらなさそうに呟く。
俺はライターを取り出しかけたが、そのままポケットにしまう。
「火をつけてねぇからセーフなんだよ。
そんな事で話をすり替えるなよ。
お前等はあの時、SOGAビルの中から出てきた。
あの時何があったのか、ちゃんと説明をしろ。」
俺の言葉に、5人は顔を見渡す。
言うべきか、言っても信じてくれないのではないか、そんな表情が数人から見える。
「あのなぁ、お前等……。
じゃあいい、質問を変えよう。
次に狙われるのはどこだ?」
明らかに5人に動揺が走る。
それまで無言で、表情一つ変えなかったヤシオ トウマ君も含めてだ。
「……お前等、もう少し表情を隠す訓練はしておけよ?
俺が“組織”の連中だったら、お前等が何かを隠しているのは一目瞭然だ。
どんな手を使ってでも、情報を引き出してやろうという気にさせてしまうぞ?」
少しだけ、5人の警戒心が上がる。
あぁ、イカン、こういう言い方は無駄に誤解させるだけだな。
「別に俺は“組織”の連中と繋がっている訳じゃねぇ。
何なら“ストレングス”とかいう着流しの外人に襲われたくらいだしな。
それに、本当の事を言うなら“我々”とか言うおかしな組織の二人組とも行動を共にしている。
お前等が出てきたSOGAビル、あそこには俺達も潜入していたんだよ。」
その後、俺は竜胆とクロガネから聞いた話をざっと説明した。
コノハナサクヤの事も、ギルガメッシュの事も。
そして、いくつかの神社が音信不通になっている事も。
「……さて、これが俺の知る情報の全てだ。
これ以上も以下も、本当に何も無い。
次はお前等の番だ。」
また、5人は顔を見合わせる。
だが少し観念したのか、センジュ君が口を開く。
「その前に先生、先生はどちらの味方ですか?
今のお話を聞いていると、先生は“組織”には狙われていますが、必ずしも“我々”の側、葛ノ葉の仲間、という訳ではないと思えるのですが。」
「良い所に気がつくな。
流石はエスパーって所か?
あっと、まぁこれは俺が気付いたわけじゃなくてな、例の2人組……どっちだったか、まぁいいや、口軽いのはクロガネとか言う奴の方だろう、そっちから聞いた話だからな?
文句を言うならクロガネに言ってくれ。
まぁ、それで、俺がどっちの味方かって言うなら、俺はどちらの味方でもねぇ。
強いて言えば、俺は転生者を探している、って所だ。」
もうこいつ等になら言ってもいいか、という感情で、俺は自分自身が異邦人であると明かす。
俺の旅の本当の目的、転生者を探し出して、この世界が崩壊する前にあの“神を自称する存在”との接続を切る事、そして、それさえ叶えば後はどうでもいい事、を話す。
「そんな……どうでもいいだなんて。」
絶句するのは少し小太りのアオイ キョウスケ君だ。
確か、アオイ家は神職の親を持つ家だった記憶がある。
「そうだ、どうでもいい。
この世界は転生者が来た時点で改変が行われた世界だ。
それをどうこうするのは、この世界の転生者の考え次第だ。」
酷い言い方だが、渡り歩いてきた世界の数が多すぎる。
いちいち個別の世界にまで、感情を向けていられない。
「本当に、そう思っているんですか?」
タマキ君が、目を伏せながら少し震える声でそう呟く。
“なぜそう思う?”と俺が問うと、しっかりと俺を見つめる。
「それなら、何故先生は竜胆さん達を手助けしたんですか?
どうでもいいなら、それを助けないで見放す事だって出来るじゃないですか?
先生は結果的に、私達を助けてくれました。
それは、この学園の教師だからですか?
それとも……。」
「わぁかった、もういい。
話は終わりだ。
全員、帰っていいぞ。
今後は、深夜に出歩いて、ご家族に迷惑をかけないように。
話は以上だ。」
俺は乱暴に長テーブルを叩くと、話を終わらせる。
もういい。
これ以上深入りはしない。
SOGAの、ヤマナミだかウマナミだかを見つけ出して、とっとと締め上げよう。
そしてこの世界からさっさとオサラバだ。
ノロノロと進路指導室を出ていく学生達。
最後に部屋を出ようとしたタマキは振り返り、そして俺を静かに見つめる。
「“組織”の次の狙いはワタシの実家です。
そこにはスサノオノミコトと同一視される神、ツクヨミの力が封じられた大刀、“吉次”が眠っています。
私達は実家の地下に眠るその剣を見つけに行く予定です。
でも、その間実家は無防備なまま。
……先生、もしよければ助けてくれませんか。」
それだけいうと、タマキは部屋を出ていった。
<……勢大、どうしますか?>
マキーナが静かに俺に問う。
俺は、やり場のない怒りを長テーブルにぶつけるのだった。




