599:始末
地面に音を出さぬように着地し、周囲を見渡す。
どうやら幸いにして人影は無いらしい。
先に降りたクロガネはマチェットをだらりと下げたまま、それを静かに見下ろす。
「グッ……オォ……、クソガキ共が……。
アタ、アタシは……最高責任者で……あの御方からの寵愛も……。」
このビルは確か30階以上あったはず。
しかも、10階で俺達が要石に対応していて、上のフロアからは音も振動も感じなかった。
つまりは遥か上、下手したら最上階とか屋上で戦っていたはずだ。
それに、この手の偉ぶる奴なら大体最上階辺りに陣取るのがお約束ってモンだ。
って事は、コイツはビル30階の高さから落ちて、それでもこうして動けているわけだ。
まぁ、人間の範疇を超えちまっているわな。
「あーと、アレだ、オッサン“タートルサカグチ”とかいう有名人だろ?
オレ記憶力いいからな、このSOGAの、何とか言うゲームの開発総責任者だろう?
どうしてこんな所で血塗れで赤ん坊ゴッコなんかしてるんだ?」
クロガネが悪意たっぷりにサカグチを見下ろして煽る。
煽りながらも、サカグチが這いずって行こうとした方向に回り込む。
「あ、アンタ達何者……?
いえ、そんな事より救急車!救急車を呼びなさいよ!!
アタシは貴重な才能を持つ、世界の宝なのよ!!
こんな所で、死んでいいアンタ等みたいなゴミとは格が違うんだから……!!」
「だってよ、タゾッさん。
アンタならどうする?
救急車でも呼んでやるか?
オレ番号知らねぇんだけどよ。」
サカグチの正面で俺の名を呼んだ事で、朦朧とする意識の中でもサカグチは俺の方を振り返る。
振り返って、そして段々と驚愕の表情を浮かべる。
「お、オマエ!?
何で生きてるのよ!?
ストレングスが始末したはずじゃ!?」
その言葉に、ピクリと眉が動く。
あの、着流しを着た外人、“組織”の人間、ストレングスという名を名乗ったあの男。
「……クロガネ、お前がコイツを生かしておくと言うなら、俺はもう一度お前等と敵対する事になる。」
サカグチを冷ややかに見下ろしたまま、俺はクロガネに殺意を向ける。
クロガネはニヤリと笑うと、ガンタイプPCとマチェットを構える。
「オラァ別にどっちでもいいぜ?
“ノッカー”はお前も調べたからな。
レベルもステータスも持たねぇ異邦人。
さっきの姿の時は大抵の魔法も精神攻撃も、ついでに言えば呪殺の類いも通用しねぇ、物理攻撃のみしか通さねぇ化け物だが、今のその姿は違う。
威力の低い魔法でも精神攻撃でも、何でもござれだ。
オレに負ける要素が見当たらねぇな。」
なるほど、先程の戦闘で、俺の事も観察していたのか。
まぁ、外側のスペックだけならそうだろうな。
内側にあるモノがどこまで通用するか、それを試すのも面白いか。
「……ただなぁ、別にそこまでしてコイツを生かしておく必要は、実は俺達にも無ぇんだわ。」
「なっ!!?
アタシは!アタシは重要人物なのよ!!
オマエ等如きがアタシの生き死にを……!?」
喚き出したサカグチの頭を、まるでサッカーボールを蹴るようにクロガネは蹴りつける。
「あー、はいはい、そう言うのいいから。
サッサと仕留めさせてくれよ、面倒だから。」
蹴られたサカグチは空中で一回転すると、両足からストンと着地する。
「グググ、アタシを、蹴りツケたワね……。
ブチ殺しテあげるワ……。」
バリバリと肉体が肥大化し、肌の色が黒へと変わる。
背中から蝙蝠の羽が生え、両手の爪が鋭く伸びる。
「ククク、アタシは組織に認めラレ、いずレは“ラバーズ”の名を受ケル者なのヨ!!」
「ほーん、お前、幹部候補生だったか。
なら尚の事、ここで死んでくれや。
……来い、スカアハ。
少し武の道を教えてやってくれや。」
ガンタイプPCの銃口が光ると、宵闇の中に更に闇が広がる。
その闇の中から、黒い革鎧を着込んだ妙齢の女性が音もなく現れる。
「マキーナ、通常モードだ。」
<通常モード、起動します。>
俺も、もう一度変身する。
正直、サカグチを倒すだけなら変身するまでもないとは思うが、念には念を入れて、だ。
『フム、まずはアルスターに謳われる伝説の武芸者の妙技、拝見させてもらおうか。』
俺の言葉がきっかけになったのか、喚び出されたスカアハは音もなく地を走る。
危険を感じたサカグチは蝙蝠の羽を動かして夜空に浮かび上がるが、スカアハはそのまま宙すら駆け上がる。
「何ナノよ!?このアマぁ!!」
宙を駆けるスカアハは、周囲の闇を右手に集めると、漆黒の槍を創り出す。
そうして生み出した槍を一振すると、サカグチの背中に生えた羽が切り離されると、ブチュリと汚らしい音を立てて生え際から黒い液体が噴き出す。
「グギェエェェェ!!!」
痛いのか、サカグチはもがきながら地面に落ち、そして海老反りになりながら周囲をのたうち回る。
『やれやれ、上から落っこちてくるのが好きなやつだな。』
俺は、中段に構えると静かに腰を落とす。
近付いて直接触るのも御免被る。
音を超えた速さで拳を繰り出し、拳の軌道上の空間を押す。
拳の形に丸く空間は断裂し、その延長線上のモノを全て腕のリーチの分だけ後ろにズラす。
「ヒュッ!?」
サカグチは短い断末魔を叫ぶと、顔の中心が後頭部から後ろにズルリと零れ落ちる。
『奥義、百歩神拳、ってな。』
仰向けに倒れたサカグチは、すぐに青い炎が全身を包み灰に変わっていった。
『さて、この後だが……ん?』
そう言いながらクロガネの方を見たが、既に姿がない。
スカアハもかき消えた様に姿を消している。
<勢大、誰か来ます。
すぐに解除を。>
マキーナに言われ、慌てて通常モードを解除すると、ガヤガヤと若い声がけ聞こえてくる。
「お前、本当に倒したんだよな!?」
「だって、通背拳でまさか窓ガラス割って下に落ちるなんて……。」
「ともかく確認だ、仕留めきれてないとマズい。」
「でも死体とかどうやって隠し……。」
「あ、先生。」
彼等は俺を見ると、しまったという表情をしながらその動きを止める。
「お前等!こんな時間まで出歩いていて、何をしているんだ!!」
やれやれ、ここは先生らしく振る舞うとしよう。




