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異世界殺し  作者: Tetsuさん
長い旅の始まり
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05:げっと せっと

<ソロソロ元イタ世界ノ時間軸デ言ウトコロノ、200年程度ガ経過シマス。ゴ体調ハ如何デスカ?>


段々と時間の感覚が曖昧になり、それでも前に進んでいることを実感して夢中になってトレーニングを続けていたある日、香辛料君から突然話しかけられて、色々と驚いていた。


この空間は昼夜がない。

また、眠気や空腹も感じない。

運動し、少し休んで痛みが無くなったらまた運動して、汗臭くなったらシャワーを浴びてまた運動して、を繰り返していた。

“さっきよりも多く、さっきよりも速く”

そればかりに夢中になっていた。

また、服もスーツは運動に適さないからと、香辛料君に頼んで体にピッタリと貼り付き伸縮自在のウェアを用意してもらっていた。


言われて冷静になり自分の体を見下ろすと、以前の数倍に筋肉で膨らんでいた。

“これ、スーツ着られなくなってるんじゃないか?”

という疑問が湧くほどだ。

それ以外には目立ってマズそうな点は無い。


だが本当に驚いた事は、香辛料君は基本質問には答えるが、自分から話しかけることは今まで無かったのだ。

その彼が“自分から発言する”と言うことは、何かを見落としてるヤバいことがあるはずだ。


「体調は悪くない。でも何故今それを聞いたんだい?」


<ソロソロ“定着化”ヲ実行シナイト、現世二戻ラレタ際二、痛……“現統治者ニヨル禁則事項”二抵触シマシタ。>


その後に訪れる沈黙。

続きを促しても一切発言無し。


香辛料君の発言から推測し、自称神様へ怒りを感じながらも質問を変える。


「香辛料君、“定着化”をせずに、例えば今俺があの少年にお願いして現世に戻った場合、俺の体には何が起きる?」


“細かく条件指定した質問の回答なら、答えられるはずだ”という、妙な確信があった。

もしかしたら香辛料君は、あえてこれを気付かせるためにあの投げかけをしたのかも知れない。


<定着化ヲセズニ現世二戻ラレタ場合、経過時間分ノ肉体変化ガ一瞬デ発生シマス。ソノ変化二脳ガ耐エラレズ焼キ切レ、廃人化シマス。>


素直に感想を述べるなら、“あぁ、やっぱりな”だった。

起こる事象に想像はついてなかったが、“あの自称神様なら、何かを隠しているんじゃ無いか?”という疑問があった。

俺が計画を実現出来る頃になって現世に戻りたいと言ったなら、そういうトラップを使ったのだろう。


そして恐らくは、“あぁ、やっぱり駄目だったね。観念して転生を受け入れてくれないかな?”とでも言うつもりだったのだろう。


このやり取りは収穫だった。

確かに彼は「僕が来る前からいた」と言っていた。

つまりこの香辛料君は本来の仕える存在がいて、その存在と“彼”とは方針が違うと言うことだ。

無論、このやり取りを行うことでそう思わせる事そのものが、自称神様によって計画されたモノの可能性も無くはないが、何となく香辛料君のことは、ギリギリまでは信じても良いような気がしていた。


その不器用ながらも誠実であろうとする姿が、何となく同じ課の南魚沼の奴と被って見えたからだ。


「香辛料君、“定着化”を実行したい。必要な機材を用意してくれるか。それと、これを実施した場合のリスクがあれば教えて欲しい。」


<承知シマシタ。機材ヲ用意イタシマス。マタ、定着化ヲ実施シマスト、時間ガカカル為、記憶領域ニ負荷ガカカル可能性モ存在シマス。>


細かく確認すると、割と衝撃的な事が判明した。

この世界での肉体的な強化は確かに無尽蔵に行えるが、それを元いた世界に持ち出そうとすると、とてつもない苦痛を伴う負荷がかかるらしい。

その為に苦痛を最小限に抑えて定着させる必要があるが、200年位だと定着化に60年近くかかるらしい。

また、その際260年分の記憶が脳を圧迫して、それまでの記憶を失う可能性もあるらしい。

解決策としてはこれまでの自分の記憶を保存して、再度脳に流し込めば良いのだが、結局生きてきた年数分かかるらしい。


だが俺に選択肢は無かった。

香辛料君にお願いし、生まれてから41年分、この事象が発生するまでの記憶を保存し、定着化が終わる頃に記憶を流し込んで貰うようにした。

もしかしたら、全てが完成した頃には俺が俺で無くなる可能性もあるが、それでも最早やるしかなかった。


<デハ、定着化ヲ行イマス。定着化カプセルニ、ゴ案内シマス。>


突如として地面に扉が現れ、その扉が開かれると地下へと続く階段が見えた。


階段を下り、等間隔に電灯が設置されている、白一色の無機質な廊下を歩く。

ただ、地上の白一面の世界に比べると、こちらは何というか、病院や研究所といった、人造感のある空間だった。

しばらく進むと突き当たりにガラスのような透明な扉が見え、その奥に相撲取りでも楽々入れそうな巨大なシリンダーの様なモノが見え、何となく嫌な予感がした。


香辛料君がガラスの扉近くに立つと、扉は音も無く横へスライドして開いた。


香辛料君が、無機質な目でこちらを見ている。

それはまるで“早く入れ”と促されているようだ。


「な、なぁ香辛料君。あのシリンダーみたいなのに入るのかな?これ安全、ですか……ね……?」


思わず敬語で聞いてしまうくらいには胡散臭かった。

カプセルが、生物兵器がハザードするようなゲームとかで、ラスボスが入ってるあの容器にそっくりな点も、恐怖に拍車をかけていた。


<“良ィ~カラ良ィ~カラ~。テリーニ任セテ~”>

<失礼、コレハ必ズ言ウ決マリデシテ。>


うわすっげえ怪しいわこの機械。

しかも何でその台詞部分だけ流暢なカタコトなんだよ。


しかしこれをやらねばもっと酷い事になるのがわかっている以上、やらないわけには行かない。


意を決すると、言われた通り全裸になりカプセルの中に入った。


「あ、あの、香辛料君。出来れば作業工程の説明と共に実施してくれると嬉しいな……。」


<承知シマシタ。>

<ソレデハ定着化ヲ実施シマス。>

<最初ニ液体ノ様ナ物ガ入リマスガ、ソレハ水デハナク“生キテイル機械”デアリ、呼吸出来マスノデ安心シテ下サイ。>


「最初から超不穏なんですけど!?」


俺の不安をよそに、液体は無慈悲に注がれていき、カプセルを完全に満たす。

止めていた息も限界を迎え、溺れる感覚を味わうかと思ったが、吐いた息が泡立つ事も無く、普通に呼吸できていた。


冷たくも熱くも無く、呼吸も出来ているのに水の中にいる浮遊感だけがある、そんな不思議な感覚を体験していた。


そして段々と慣れてくると、色々と気になることが出てきていた。


「なぁ香辛料君、この呼吸するたびに出てくる黒いのは何だい?」


<肺ノ中ノタールデス。コレヲ機ニ禁煙スル事ヲオススメシマス。>


「じゃあこの腹から時々出てくる泡みたいな肉の塊は?」


<ポリープナドノ腫瘍ヲ切除シタモノデス。>


前言撤回。これマジで凄い機械だ。

このやり取りだけでも極一部で、その他にも視力の回復や足に住み着かれていた虫の除去などなど、俺の体からおびただしい数の不具合が取り除かれていき、割と凹みはしたものの、“元の世界でも、こんな夢のような機械があったらなぁ”と羨ましく思いながら、しかしこれが“定着化”という奴なのだろうか?と疑問にも思っていた。


“これならただの健康になる夢のマシーンだよなぁ?”と首をひねっていると、その瞬間は唐突に訪れた。


<定着化受ケ入レ段階ヲ完了シマシタ。>

<続イテ定着化ヲ実行シマス。>


全身を万力で締め上げられる様な痛みが襲う。

悲鳴なのか絶叫なのか、自分の声なのかわからない叫びが口から出る。


「んぎぎぎぎっ!!こ、これ終わっ、ウギギギ、たらっ、保、存した、ウゥヴゥ……、記、憶、くくっ、を、ちゃんと流してくれ!」


<承知シマシタ。>


60年間の激痛を味わう中で、いつしかまともな思考が出来なくなり、ただただ痛みにもだえ苦しむ物体になっていたと思う。

もしかしたら、本来の俺は、いや言い換えれば本来の俺の精神は、この時に死んでしまったのでは無いか、そう思えるほどの体験だった。


それほどまでに、この一回目は強烈な体験だった。

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