596:異界化
「じゃあよ、お前等はその“覚醒者”とやらを導くためにここに現れた、ってのは理解するけどよ。
何でウチの学生からその“覚醒者”が出てくると解ったんだ?」
長い廊下を歩きながら、いまだ目的地に到達しない暇な時間を利用し、湧き上がる疑問をそのまま口にする。
俺の質問が不思議だったのか、クロガネと竜胆は驚いたように互いの顔を見合わせた後、二人とも顔を俺に向ける。
「アンタ、鋭いんだか鈍いんだかわからねぇ時あるな?
あ、それとも咲玉学園の実質的な理事長が、ここにいる竜胆って知らないのか?」
俺は否定しながら首を横に振る。
あの、お飾りの学園長から教わっている事も含め、あの時に聞いた話をそのまま伝える。
それを聞いて、ますますクロガネは妙な顔をする。
「……まぁ、解らねぇ時は解らねぇモンか。
あの学園はな、“日本中の覚醒者候補を、それこそ入学したくなるように誘導し、集めた学校”なんだよ。」
今度は俺が驚く番だ。
いや、心のどこかでは解っていたのかもしれない。
驚きながらも、俺は不可思議な能力を持った人間が集まり過ぎていると感じていた。
俺のクラスにいるあの子達は、その最たる例だろう。
1人2人ならまだ理解出来ても、5人ともなれば話が変わってくる。
確かに“素養のある奴らを集めた”という説明の方がしっくりくる。
「……さて、ここらで一周したかな?
クロガネ、首尾は?」
「おうよ、バッチリ仕込んである。
今ならヘンゼルとグレーテルだって、鼻歌うたいながらお家に帰れるレベルだぜ?」
何を言っているんだと、周囲を見渡す。
風景は相変わらずビルの中の通路だ。
左右を見れば各オフィスエリアに入るための扉があり、前後を見れば……。
「オイオイ、今気づいたのかよ?
こりゃあオッサンは退魔師にはなれねぇな?」
「田園殿はそれが本職ではなかろうよ。
さて、悪魔に探りを入れさせろ。」
“格好つけるんじゃねぇやい”と言いながら、クロガネは懐から銃を取り出す。
いや、銃のように見えるが、側面に液晶がついているところを見ると、どうやらモバイルPCの一種のようだ。
液晶画面を見ながらグリップのところにあるキーボードを素早く操作し、トリガーを引く。
銃口らしき場所に六芒陣が光ったかと思うと、抱えられるぬいぐるみくらいの身長の、青い肌の老人が実体化する。
「よーし、ノッカーさんよ、“あちこちくまなくノックしてくれ”や。」
小さな老人は“我が意を得たり”とばかりに笑顔になると、懐からハンマーを取り出してあちこちを叩いて調べ始める。
「……しかし、なんで俺はこの風景に気付かなかったんだ?」
もう一度前後を見る。
そこはビルの中、オフィス同士を繋ぐ平凡な通路だ。
全く先の見えない異常な長さ、という点を除けば、だが。
「あー、まぁな。
この手の結界は霊力か魔力、或いはその両方を持ってないと感知は難しいんだ。
この手の術式は“離界結界”って言ってな、神隠しとかを装う時によく使われる術式なんだよ。
もしくはオッサンに解りやすく言うなら“異界化”だろうな。
イカ、イカ、イカイカ♪なんつってな。」
ヤダこの人超早口で喋ってて怖い。
しかも最後とか古すぎる大盛イカ焼きそばのCMネタ出してきてて、それも超サムい。
「……もしかしたらなんだけどさ、お前本当は俺より歳食ってねぇか?」
「んな訳あるかよ。
それよりもな、この手の結界は解除するのは簡単だ。
“術者を倒す”か“要石を破壊する”のどちらかだ。
恐らく、この結界自体は俺等を狙ったんじゃなくて“あの子等”を狙ったと思うからさ、あの子達が術者を倒すか、俺達が要石を破壊するか、どちらが早いかの勝負と行こうや。」
“またあいつ等を危険な目に合わせているのか”
そう抗議しようとしたその時、通路の扉の一つが破壊され、中からあからさまに生きていない、頭が半分なくなったような人々がぞろぞろと歩いてくる。
「あーあ、屍鬼になっちまったか。
深夜なのに、まだまだ働いてるサラリーマン様が大勢いらっしゃったわけだ。
死んでも働くなんざ、労働者の鑑だねぇ。」
「死者を愚弄するな。
……死して尚働かせる事もあるまい。
サッサと天に帰してやるぞ。」
“へいへい”とクロガネは軽く返事をするが、先程までとは別人のように殺気が膨れ上がる。
もう一度ガンタイプのPCを操作すると、あの伏し目がちの美人家政婦が出てくる。
「シルキー、サポートを頼む。」
背中から取り出した大型のコンバットナイフ、いや、あれはマチェーテか、それを構えると、シルキーと呼んだ美女から魔法の補助を受けて駆け出す。
一瞬、ただの一振りで3体ものゾンビがその頭を胴体から切り離される。
<勢大、通常モードの使用を勧めます。>
言われなくたって解ってる。
「マキーナ、通常モードだ。」
金属板をヘソ下に当てると光が走り、いつもの姿に変身する。
『あらよっと。』
そのまま流れるように前に踏み込むと、左右の拳、そして回し蹴りで俺も3体のゾンビの頭を粉々に吹き飛ばす。
別に対抗意識を燃やしたわけじゃない。
それほどに、ゾンビ共が脆いのだ。
「……どうにも、出来立てホヤホヤ、って感じだな。
なら、この辺に元凶がいてもおかしくない……が。」
次々にゾンビ共を薙ぎ払っていくと、ガタリとロッカーが動くのが見えた。
俺達は顔を見合わせ、ハンドサインで俺がロッカーの扉を開けると伝える。
多分この3人の中で一番耐久力が高いのは俺だろうから、という判断だ。
ロッカーの扉を開け、クロガネが持っていた懐中電灯で中を照らすと、半ズボン姿の少年が眩しそうに手をかざしてこちらを見ている。
「ヒッ!ガイコツのお化け!?」
『おっと、驚かしちまってすまない。
オジサンはこう見えても悪い奴等をやっつけているんだ。
怖かったろう?もう安心だ。』
少年は泣きながら、ロッカーを飛び出すと、俺に抱きつこうとする。
俺はその少年の頭を、中段突きでブチ抜く。
「おいおいオッサン、もうちょっと引っかかってやれよ?」
クロガネがためいき混じりに苦笑する。
『こんな時間のこんな所に、いかにもなガキがいるかよ。
騙すなら、もう少し解りにくい変装してくれねぇとな。
例えば美人のお姉さんとかよ。』
そんな雑談をしていると、首から上を失った少年がムクリと起き上がる。
それを見て俺達は、“まぁ、やっぱりな”とため息を漏らすのだ。




