593:突入前
やや弛緩しきった空気の中、俺は教科書に書かれた歴史を語り、黒板にマキーナが投影する資料の通りに書き写し、説明する。
俺の授業は解りやすいと学生達の中で評判らしいが、俺自身は何一つ覚えちゃいない。
むしろ、この異世界の歴史は、元の世界と似て非なるところがあるだけに、かえって混乱しているほどだ。
ただ、マキーナがその辺の事を全て表示してくれるので、俺はその通りに話を進めているだけだ。
教師自らカンニングしているようなものだが、所詮は仮初の身分だ。
まぁ、大人ってのはこういう風に要領良く生きていくものだと、自分を納得させるしかないだろう。
そんな事を考えながら黒板に書き写していると、スピーカーから授業の終わりを告げるチャイムの音がする。
「お、もうそんな時間か。
続きは明日だ。
いいなお前等、ここ最近は物騒だからな。
部活がある奴もない奴も、極力帰りは真っ直ぐ帰るように。
間違ってもゲーセンなんかに寄るんじゃないぞ?」
何人かの学生からは不満の声が上がるが、それは無視する。
SOGAの施設見学、タマキがいなくなったあの日から、もう1ヶ月近く経っていた。
結局、タマキは翌日には無事に帰ってきた。
本人も何事もないという事で、事を荒立てたくない学園側とSOGA側で密談の後、タマキは施設の別のフロアのトイレを使っていて、それでいなくなって騒いでいただけ、という事で、あの時その場にいた学生達には説明してある。
学生達も半分は信じていないだろうが、それでも異常な事態への正常化バイアスが働いているのだろう、その説明に納得はいっていなくても信じざるを得ない、という所だ。
人間、自分の中で合理的な説明がつかないと、それっぽい理由に簡単にすがってしまうものだ。
無論、タマキ本人や他の4人は当事者であるためか騙されてはいないようだが、それでも殊更に暴き出そうとしたり真実をさらけ出そうという素振りは見せず、大人しいものだ。
結果、多くの学生達や大人はそれっぽい理屈をつけて、それぞれの手で真相を闇にしまい込んだ、というところだろう。
1つだけ、闇に葬れなかった事実がある。
あの日、この咲玉市から1つの神社が潰れた。
ヨシジが連絡してきたあの神社、太宮氷川神社、というらしいが、そこの社が潰れるという事態がおきた。
構造がかなり古く、建て直しが議論されていた矢先の出来事だったため、事態を重く見た市はすぐに基金を募り、神社を再建するらしい。
神社が倒壊したのは幸いにして深夜であり、神主等も別の場所で寝泊まりしていたというので被害はゼロ。
ただ、倒壊する前後にその付近から火花や雷、金属の打ち合う音が聞こえたというが真相は不明とのことだ。
俺は職員室で、割り当てられた自席でノートPCの画面をボンヤリと見つめる。
一応、神社の倒壊という事で全国紙やネットニュースにもなっているのだが、大手はどこも“老朽化による倒壊”とだけ伝えている。
有志のサイトや一部のオカルトサイトで、“悪魔と戦っている若い男女を見た”だの“神や悪魔は実在した”だのといった憶測混じりのゴシップが騒がれている程度だ。
(案外、こういう時はゴシップの方が真実を書き出しているんだが……まぁ普通は解らねぇよなぁ。)
<人間は、本当に自分不便なものですね。
事実は目の前にあるというのに、それから目を背け“こうであってほしい”という思い込みを優先する。
勢大、やはり……。>
そんなことよりも、と、マキーナの話を遮る。
遮られたマキーナは黙ると、俺の視界にマップを表示する。
先日の竜胆とクロガネの話では、宝登山神社、四ツ峰神社、そして新宮神社とは連絡が取れないらしい。
六芒星で言うなら、上、左上、左下の神社が連絡が取れないというのだ。
これはもう、十中八九敵の手、例の“組織”という奴等の手に落ちている、という事らしい。
そして、右下に位置する太宮氷川神社の倒壊。
予想よりもずっと早く、事態は進行しているらしい。
<本日の夜、またあの竜胆とクロガネ氏との打ち合わせ予定となっております。>
打ち合わせね、と俺はため息を付く。
打ち合わせとは言うが、今回波半ば殴り込みだ。
太宮神社の近くに、SOGAの旗艦施設とも言える、この日本で一番大きな施設があるのだ。
そこは以前から“入り込んで出てきた人間はいない”という、あまり良くない噂が広まっているところではある。
てっきり労務状況がブラック過ぎて日中は見かけても帰りが深夜過ぎなのか?と思ったが、どうやらそうでは無いらしい。
言葉通り、行方不明者が続出しているそうだ。
よくニュースにならないな、とは思うが、それはそれで何か裏で取引されている事があるのだろう。
ともかく、それはそれとしても彼等は現在進行している状況の打開のため、俺は俺で学生の安全確保のため。
動きの見えない“組織”とやらの動きを把握するためにもと、どうせならSOGAの旗艦施設に乗り込んでしまおう、というクロガネ発案の割と短絡的な話だ。
ただ、こういう時はそういう短絡的な方法の方が案外正解に近付く事も多い。
それに、ここを探れば何かしらは出てきそうな予感がする。
そのため俺も同意し、“どうせなら一緒に潜入しよう”という話になっていたのだ。
書いている最中に寝落ちしてしまいまして……。
少し追記しております。
失礼いたしました。




