592:封印されし者
「コノハナ……サクヤ……?
それってあれか?オオヤマツミっていう神様の娘で、結構な美人さんって神様だろ?
何かお姉さんの容姿がアレでアレで、色々あって何か人間に寿命が出来たっていう。」
「へぇ、よく知っているなオッサン、そうだよ、コノハナサクヤ。
本当の名を神阿多都比売、別名で木花之佐久夜毘売っていうんだけどな。
まぁ、それとここに封印されているヤツを区別するために、俺達はここのヤツは“コノハナサクヤ”っていう呼称で呼んでいるがね。」
深夜のファミレス。
大の男が3人、
先程の戦いの後、ギルガメッシュを彼等側の手駒とし、何かの術を施して場を去る事になった。
ただ、俺としてもこの世界で何が起きているのかを知れる唯一のチャンスだ。
何としてでも聞き出すために、たまたま山を降りた時に近くに見えたファミレスへと誘ったのだ。
「ウム、田園と言ったか。
お前はこの状況をどこまで理解できている?
この世界はな、未だに神魔の小競り合いが続いている、と言って、理解出来るか?」
竜胆の言葉に、軽く頷く。
ここだけじゃねぇ、他の異世界でも神も悪魔も見てきた身だ。
あらかたの俺の今までを語ると、2人は少し目を丸くする。
そうして俺の説明が終わると、2人は目を合わせて頷きあう。
どうやら、説明しても良さそうだと判断したらしい。
「そうだな、どこから話したら良いかねぇ……。
まぁ、ちと取り止めもない話かも知れねぇが聞いてくれや。」
クロガネがのんびりとした口調で語りだす。
この世界の、神魔と、そして人間の戦いを。
木花之佐久夜毘売は邇邇芸命から求婚を受け、父の大山津見神はそれを喜び、姉の石長比売と共に嫁がせようとしたらしい。
ところが邇邇芸命は醜い石長比売を送り返し、美しい木花之佐久夜毘売とだけ結婚する事を選んでしまう。
その事に怒った大山津見神は“木の花が咲き誇るように繁栄はするだろうが、その命は儚いものになるだろう”と言葉を送るのだ。
言葉とは、良い気をもって紡げば祝いになるが、悪い気をもって紡げば呪いとなってしまう。
その言葉の影響で、この国の象徴たる存在の方々にも寿命が出来、遂には神々の時代から人間の時代に移り変わっていったと言われている。
まぁ、現代だと色々と問題ありそうなお話ではある。
1人の男に2人の姫をセットで婚約させてみようとしたり、そも“女性を嫁がせる”なんてのも、火種の元だろう。
更には、“容姿の美醜で相手を選ぶ”とか、まぁ現代だとSNSとかで大炎上しそうな話ではある。
神話の時代にSNSがあったら大変だったろうな、と余計な事を思いながらクロガネに話の続きを促す。
神話の時代の話はここで終わるのだが、大山津見神が怒り、姉の石長比売は溜飲を下げたと思われる。
……では、木花之佐久夜毘売は?
花が咲き誇るかのような美貌と、そして良き伴侶を持てた筈なのに。
長久に続く安寧の生活が手に入った筈なのに。
醜い姉と、そして口うるさい父のせいで殆どを台無しにされた、ある意味で悲劇の女性。
ただ、彼女はそれでも清廉であろうとした。
限りある生になってしまったとしても、盤石とは程遠くなってしまったとしても。
良き妻であろうとしたのだ。
しかし、感情を持っている以上、どうしても負の感情は湧き出てくるものだ。
そこで彼女は、自らに芽生えた負の感情である、“嫉妬”や“怒り”といった良くないものをまとめて切り離し、そして地中深くに封印する。
木花之佐久夜毘売から分かたれた半身、木花咲耶は、そうして生まれた、というのだ。
「……んじゃあ、何か?
あそこに封印されているのは、コノハナサクヤっていう、悪い方のお姫様だってのか?
とてもそうは見えない、筋骨隆々の化け物じゃねぇか。
しかも、アレは自分を“ギルガメッシュ”って名乗ってたろ?
なんでシュメール文明の王様が、こんな辺境の島国にいるんだよ?
あそこアラブかどっかの話じゃねぇのか?」
パスタを口いっぱいに頬張りながら、クロガネは“さぁ?”という目をする。
わかった、コイツ馬鹿だな。
俺のそんな呆れ顔を見てか、ため息をつきつつ竜胆がその後を続ける。
「まぁ、これは割とトンデモ話に近いと思っていたのだがな、田園殿は“皇”という言葉を当然ご存知だろう?
現代風に言うなら、この国の象徴たる系譜、それに連なる方々を指す言葉だ。
そして、他方、あちらの言葉として、“スメ”と“アグ”という言葉がある。
スメはスムとも呼ばれ、これは神を意味する言葉だ。
そしてアグは火の事を言う。
まぁ要は、“スメアグ(火の神)”がスメラギに変化した、という事だな。
ちなみに、スメラミコトという読み方もあるが、こちらは先程のスメアグにミコト、向こうの言葉のミグトが語源で、意味は“天降るもの”。
つまりは天振る火の神、という言い回しにも読み替えられるそうだ。」
更には、シュメール文明にも3つの神器というものがあるらしく、しかもそれはこの国と同じ鏡と玉と剣なのだという。
言いながらも、竜胆の表情は冷静だ。
本当はそこまで信じていない、というところだろう。
ただあの存在、ギルガメッシュの存在を見せつけられてしまい信じざるを得ない、という、複雑な表情をしているのが解る。
「まぁ、トンデモ神話論は別に良いんだけどよ。
じゃあ、コノハナサクヤって存在は、どこにいるってんだ?」
「ここからは俺の勘だが、あのギルガメッシュも、本来なら守り人だったのではないか、と考える。
あの王様は“全てを見た人”とも言われている。
その“全て”の中に、この島国が入っていても不思議ではない。
もしかしたら、コノハナサクヤを分離し、自らも分け身を置いて守護の役割を担ったのかも知れない。
まぁ、さっき魔力を渡す時に記憶も覗いてみたが、何も収穫は得られなかったがな。
いや、話が脱線したな。
あの奥、地下深くにはコノハナサクヤが眠っていると思っている。
ただ、霊力だけでは足りず、何か別の“触媒”の様なモノが必要なのではないか、と睨んでいる。」
触媒、と聞いて、先程の話に出てきた3種の神器を思い出してそれかと聞いてみるが、一部は正しくもあり、そして違うようだ。
「俺達が敵対している“組織”、そちらの方が先に情報を手に入れたらしく、どうにも妙な動きをしてやがる。
恐らくはSOGAに取り入ったのも、最終的にコノハナサクヤの封印を解くのが目的と考えられる。」
そう、竜胆が言い終わると、クロガネのスマホがピコンと音を立てる。
食事を中断してスマホの画面を眺めていたクロガネは、何でも無い事のように呟く。
「あー、あの子等、女の子の救助は上手く行ったらしい。」
何かを言いかけた俺に、竜胆が手のひらを出して俺を静止する。
「言いたい事は解るが、今は落ち着いて頂こう。
それよりも、ここから先も首を突っ込むかね?
俺としては、その返答次第で答えが変わる。
これから起きる事は、直接田園殿には関わり合いがない事かも知れない。
連絡を待って頂き、その後、目当ての人物に会いに行く機会はあるだろう。
それでもなお、これから先の事に首を突っ込むかね?」
どこか楽しげな竜胆に、俺はニヤリと笑い返す。




