591:最古の英雄
ふと、あの水の膜は何だったのかと周囲を見れば、クロガネが手のひらをこちらに突き出している。
ではクロガネがやったのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。
いつの間にかその隣には、目を閉じた家政婦のような服を着た美しい女性が立っている。
「へへっ、俺がいる事も忘れちゃ困るぜ。
今は大したサポートも出来ねぇけどな!
シルキー、あの髑髏野郎に支援魔法だ!」
クロガネの所持する悪魔の支援か。
やや格好悪い事を言っている気もするが、今は助かる。
……いや、元を正せばコイツのせいではないだろうか?
まぁ、今それを言っても仕方ない。
シルキーと呼ばれた女性が目を開くと、俺を見る。
その瞳は、深い緑色をした美しい色だ。
<魔法を検知。
私の周囲に、何か膜のようなものが張り巡らされています。>
俺は、いまだ余裕の笑みを浮かべるギルガメッシュを睨む。
「手品は終いか?愚か者。
では、そろそろ死ぬがよい。」
俺は一度、深く呼吸する。
全身の力を軽く抜き、足を肩幅に開く。
『そうだな、そろそろ終いにしようや、王様よ。
だが、お前程度に俺が殺せるかな?』
正面を見つつ、目の端まで意識を広げる。
八方目。
どこを見るわけでもない、視野の隅々まで意識を広げる、基本の視野だ。
そして心を落ち着け、耳を澄まし匂いを嗅ぐ。
俺の培った技術の根源、五感を澄まし敵の行動を感じる。
「ならば、やってみせよう。」
ギルガメッシュはそう呟くと、目の前から消える。
いや、まるで消えたように超高速で移動した。
それでも。
俺の顔面に突き出されたギルガメッシュの拳を、紙一重でかわす。
「むっ!?」
蹴り抜こうとする足を、半身になりつつ二の腕で軌道を変えて逸らす。
ギルガメッシュから繰り出される左右の拳、左右の蹴りを全てかわし続ける。
「面白いな、愚か者。
だが、防戦一方ではどこまで耐えられるかな?」
流石は半神半人の、神代の化け物だ。
全ての攻撃が俺のブーストモードクラスの加速。
攻撃そのものは、どうあがいても見えない。
でも、感じる。
移動する時の、攻撃を繰り出す時の風切り音が聞こえる。
次の攻撃に移るための、人体の構造上出来うる範囲が見える。
手足が動く時、そしてその手足が繋がる胴体の体臭を感じる。
『ここだ。』
ギルガメッシュが突く右拳に、こちらの右の掌を沿わせて手刀を繰り出す。
添わせたギルガメッシュの右の拳、右腕、肩、その先には首筋がある。
ギルガメッシュが全身全霊で繰り出せば繰り出すほど。
俺に向かうその力と、そして俺が彼に打ち出す力が重なり、首筋に深く手刀が突き刺さる。
その一撃に、その激痛にギルガメッシュは一瞬たまらず仰け反る。
『シュッ。』
短く息を吐き、距離を詰める。
右手刀を引き寄せつつ、代わりにと左の拳を前に押し出し、空いた鳩尾に突き放つ。
短く呻いたギルガメッシュは、仰け反りから前へと上体が屈む。
今度は打ち出した左の拳を引き寄せ、その引き寄せる為に横回転させた肩の勢いを利用し、射程距離に入った彼の顎に右肘を斬りつけるように振るう。
振り抜かれた肘が顎に命中すると、ゴムじかけの玩具のようにプルプルとギルガメッシュの頭が激しく揺れる。
同時に俺の全身から光の膜が弾け、光の破片が周囲に舞う。
それを見て、なるほど、と理解する。
俺の攻撃は、やはり半神半人に当てるには非力だったのだ。
本来ならば攻撃を当てた俺の体のほうがダメージを受けるはずだったのを、この防御壁が肩代わりしてくれていたらしい。
防御を攻撃に回すなど、普通は有りえないことだ。
俺のこれは、やはり例外中の例外なのだろう。
「避けろ!オッサン!」
クロガネの叫ぶ声が聞こえる。
時間か。
俺は即座に後ろに飛び退く。
「我、当代竜胆順太郎が命ず。
神凪ぐ黒の焔、魔凪ぐ赤の焔、今ここに顕現せよ。
守護の迦楼羅、倶利伽羅の火。
燃え盛れ、黒龍炎!」
竜胆の全身から噴き出す黒い炎が頭上で束となり、龍の頭を形作る。
龍となった黒い炎は、一気に頭を伸ばして脳しんとうを起こして動けなくなっているギルガメッシュを飲み込む。
「・・・・・・!!!」
炎の中でギルガメッシュが何かを叫んでいるようだが、燃え盛る炎の轟音で、何を叫んでいるのかは聞き取れない。
もしかしたら、それは何か意味のある言葉ではなかったのかも知れないが。
全てが終わり、黒い炎が消え去る。
周囲が明るく照らされていたが、それも静かに収まっていく。
(マキーナ、炎の中の生体反応を確認しろ。)
流石にここで“やったか!?”みたいな“実はやり切れてない”フラグは立てたくない。
第一俺は“仕留めきれるまで仕留める”がモットーだ。
戦いに希望的観測は存在しない。
やるかやられるか、しかない。
<生体反応有り、いまだ仕留めきれてはいないようですが……。>
マキーナの言葉尻が曖昧だ。
“珍しい反応だな?”と思ったが、その理由はすぐに解った。
黒い炎が収まったその場には、全身がほぼ炭化した、人の形をしたものが残されていた。
まぁ、表面の炭を割って、中には無傷のギルガメッシュが!?みたいな想像もした。
だが、実際は腕を上げようとしたらボロボロと崩れ落ちたところを見ると、もはやその人の形を保っているのも奇跡のようなものらしい。
「ぐぐぐ、この体、では、ここまで……か……。」
俺が近付くのと同じタイミングで、竜胆とクロガネが近寄り、そして崩れかけているギルガメッシュを見下ろす。
「み、見事。
当世にも、まだ英雄が……。」
「おっと、王様。
まだ消え去ってもらっちゃ困る。
オイ、クロガネ。」
竜胆がクロガネになにか指示すると、クロガネは“ヘイヘイ”と軽口を叩きながら呪符を取り出す。
何かの印を結ぶと、呪符を通じてギルガメッシュに光が繋がる。
「……?
これ、は、何を……。」
回復しだしているのか、ギルガメッシュの声が掠れてヒビ割れたものから、普通に聞き取れる先程までの音程に戻る。
弱々しくとも驚いた声を出すギルガメッシュに、竜胆はニヤリと笑う。
「いやいや、ここでいきなりアンタが消えたんじゃ、“組織”の奴等に俺達が動いた事がバレちまう。
アンタにはこのままここに残って、力をコントロールしてほしい。
もちろん、俺等側に立ってもらって、ってな。
……それに、英雄は残念ながら俺等じゃなくてね。
相応しい奴等が、そのうちここを訪れる。
その時まで、アンタにはここに留まって、“木花咲耶”の力を散らし続けてもらうぜ?」
悪戯を思いついた子どものように笑う竜胆を見ながら、俺は“何かとんでもない事に首を突っ込んでいる気がする”と、改めて思うのだった。
しばらく、更新が2:00〜5:00の間になると思います。
更新日自体はずらさぬようにしていきます。




