590:英雄との決闘
「はやるなよ王様。
どれくらいからお前に通用するのか、まだ小手調べだ。」
竜胆は懐から何枚かの札を取り出す。
縦長の短冊の様な白い札には、赤い文字で呪言が書かれている。
それ等を額にかざすと、宙に放る。
「我、呪を以て喚ぶ者也。
群れ集え火光獣、我が敵を喰い散らかせ。」
放られた札は地に付く前に燃え広がり、そこから無数の燃え盛る鼠が飛び出してくる。
蠢く火鼠の波がギルガメッシュにまとわりつき、炎の塊と化す。
「よし、それじゃあこっちもだ。
もう一度来い、グレンデル!」
クロガネがまたスマホを操作すると、空間を切り裂いてあの隻腕の大男が出てくる。
大男は大地を踏みしめると咆哮を上げ、そして残された右腕を振り下ろす。
「……つまらぬ芸だ。
シュメルの芸人でも、もう少しマシな術を使うぞ。」
燃え盛る無数の鼠を気合だけで弾き飛ばし、グレンデルの振り下ろす拳を微動だにせずに左手で受け止める。
そのまま右手を手刀の形に延ばしたかと思うと、空を斬る。
その手の軌道にある物は全て、この場合はグレンデルの頭部だが、それがズルリと支えを失い滑り落ちる。
次の瞬間には、ガラスが割れるようにグレンデルは光の破片となり、砕け散っていた。
「……なるほど、英雄と呼ばれるだけの事はあるか。
おいクロガネ、いつまでそんなオモチャを使っている。
ガンタイプの方を使え。
黒龍を使う。
イツァム・ナーにサポートさせろ。」
余裕のある竜胆だが、それを聞いたクロガネの表情は解りやすくサッと血の気が引く。
何か焦っているような素振りだ。
「いや、あのさ、その……。
怒らないで聞いてくれる?
いつものガンタイプ、飲み屋のツケが溜まり過ぎてさ、ツケの保証にと渡しちゃったんだよね……。」
一瞬、竜胆は何を言っているのか解らないという表情になる。
そこから、ジワジワと怒りの表情が顔中に広がるのが俺にも解る。
「はぁあぁあ!?
おまっ、テメェ馬鹿なのか!?いや馬鹿だったわ!!
ってかテメェ、あんなに金持ってたのに、何してくれてるの!?
そもそも、オメェ金遣い荒いんだから、……。」
これは珍しい。
思わず仮面の中で笑ってしまう。
俺の記憶にある竜胆順太郎という男は、常に沈着冷静、いついかなる時もその感情を表に出さない、まるで未来から来た殺人機械のような男だった。
この世界でもそうだと思ったが、どうやら人間味ある所もあるようだ。
それが見れただけでも、ここに来た価値はあるかもしれない。
『じゃあ、俺の出番だな。
リンドー、その“黒龍”とやらは、どうやっても今は出せないって事か?』
「……5分だ、5分稼げ。
サポートがなくてもそれだけあれば術は放てる。」
決まりだな。
俺は改めてギルガメッシュに向き直り、仁王立ちになる。
「話は済んだか?愚かなる現世の民よ。
いや、お前からは違う匂いがするな?
現世の民ですらない、疎ましい神の匂いがするぞ。」
『どうだかな?
“神を自称する存在”には会ったが、俺はまだ神様に会った事も、その力を授かった事もない。
そういや、お前さんも半神半人の化け物なんだろう?
知っているなら俺に教えてくれ、本当の、偉大なる方の御姿や、その教えをよ。』
腰を落とす。
重心は足のつま先に。
かかとは紙一枚通る程度に浮かす。
“立つこと即ち構えなり”
俺の戦闘態勢は整った。
そんな俺を見て、ギルガメッシュは目を細める。
「神に敬意を払うその姿、褒めてつかわす。
だがこの俺を愚弄した罪、やはり万死に値する。」
そう言うと、ギルガメッシュは両手をダラリとたらす。
“何をしてくるのか”という警戒が頭をよぎった瞬間、ギルガメッシュの姿がブレたかと思うと、目の前にその姿を現す。
『んなっ!?』
振り抜かれた右拳を、上体を屈ませながらそらす事でかろうじてかわす。
(足、いや膝!)
俺の体勢が沈んだ事を見越し、ギルガメッシュは拳を引きながら膝蹴りを繰り出してくる。
突きあげてくる膝を避けながら地に伏し、回転蹴りの要領で足を払おうとするも、ギルガメッシュはそのまま地を蹴り飛び上がり、空中から俺目掛けて踏み付けを狙ってくる。
(転が……違……飛べ!)
後ろまわりで起き上がり追撃しようと考えたが、嫌な予感がしてそのまま後ろに飛ぶ。
空中からの踏み付けで地面は割れ、破片が飛び散る。
仮に転がっていたら、バランスを崩して攻撃され放題だったろう。
本来こいつが生きていた時代に、系統立てた武術など無かったはずだ。
だが、繰り出される技術はどれも理にかなった動きをしており、まるで長い年月をかけて磨かれた1つの流派の様だ。
しかも、その一撃一撃が現実離れした馬鹿みたいな威力をもってやがる。
神代の時代の武術ってのは、どうしてこうもデタラメなんだとため息が出る。
「ハハハ、威勢がいいのは最初だけか?愚か者。
満足に攻撃も出来ておらぬではないか。」
『へッ、なら少しは良いところを見せてやろうか?
……マキーナ、ブーストモード、セカンド。』
身を包んでいる銀色の部分防具がはじけ飛び、全身が赤く光る。
全身が粒子化し、時間がほぼ止まったようにゆっくりと進み、俺から見える世界も真っ赤に染まる。
赤くなった視界の中を一気にギルガメッシュに駆け寄り、中段に構える。
『ブーストモード、ファーストだ。』
粒子化から実体化し、目に見えない空気が俺の全身を固定する。
透明な粘土の中でもがくように、俺は拳を持ち上げて打ち出す。
(こいつ!目で追って!?)
俺が拳を徐々にギルガメッシュに近付けている時、奴の目がギョロリと動く。
同じようにスローになりながらも、確実に俺よりも速い速度で、拳をかわす動きを見せる。
(クソッ!このままだと!!)
スローになりながらも互いに拳を突き、そしてかわす。
いくつも拳を繰り出すうち、徐々に俺の突きを上回り出す。
遂には俺を上回り、ギルガメッシュの拳がゆっくりと俺の顔面に迫る。
(間に……合わ……ん!?)
このまま頭を打ち抜かれると思ったその時、俺の頭とギルガメッシュの拳の間に、水の膜のようなものが張られる。
<ブーストモード、終了します。>
加速の終了を告げるマキーナの声と共に、世界に色が戻る。
周囲の残骸を巻き散らかし、空気を切り裂き、そしてギルガメッシュの拳が水の膜にぶつかり止まる。
『クッ!!』
すぐに飛び退り、ギルガメッシュから距離を取る。
何が置きたかは解らないが、生き長らえることは出来たらしい。
クソッ、想像以上の化け物だ。




