589:寂れた社にて
俺とスーツ姿の男の間に突如広がる黒い炎。
慌てて飛び退り距離を取り、周囲を見れば先程までいなかった場所に、今度は黒いスーツの男が立っている。
『やれやれ、お前等はいきなり現れるのが趣味か何かなの……か……?』
その黒い男には見覚えがある。
隙のない黒髪のオールバック、見るものを射殺すかの如き冷たい眼光。
かつて、何処かの異世界、そこのバーであった男に、微かに面影が似ている。
そう思い普通の紺色のスーツの男の方を見てみれば、改めてよく見るとこちらもあの時“副隊長”と言われていた男に似ている。
『リンドーと……クロガネか。』
俺の呟きに、一瞬の動揺の後、ハッキリと2人の目に殺意が浮かぶ。
これまでは逃がしてやろうか、という少し緩い空気だったが、俺の言葉を聞いた瞬間に空気は張り詰める。
「……馬鹿な手下が迷い込んだ民間人にちょっかいかけているから止めようと思えば、ただの民間人では無いようだな。
……貴様何者だ?」
「いや手下じゃねぇし。
ってか、アレがただの民間人に見えるとか、オメェだって相当だぜ?
……で、やっぱアレ人間?
髑髏アタマだから、死神か何かだと思ったんだけどな。」
黒いスーツの男は呆れたような表情を浮かべて“だからお前は馬鹿なんだよ”と軽口を叩いていたが、そこに隙は無い。
何ならこのやり取りを好機と見て飛び込む俺を、迎撃する気満々、という所だろう。
「いや、だってコイツ、異邦人かもしれねぇんだって。
……なぁアンタ、もしかしたらここじゃない世界から来たんじゃねぇのか?
なら、別にアンタと敵対する気はねぇ。
ちっと俺達の邪魔をしなけりゃ、五体満足でお家に帰してやるよ。」
『確かに俺は異邦人だがよ。
こっちにも、ウチの学生が囚われてるって事情があるんでな。
アンタ等が何しようかは知らねぇが、俺は俺のやろうとする事をやるだけだ。』
静かな睨み合い。
この瞬間だけでも、何度打ち合ったかは解らない。
もちろん実体では動いていない。
ただ、互いの殺気と気配とで、実体の無い戦いを繰り広げているだけだ。
頭の中で考える詰め将棋みたいな状態だが、今のところ解決策は見えない。
完全に守りに入るしか出来ないのは目に見えているが、それでらあの二人は倒せない。
千日手の様な戦いが繰り広げられるのが予想できた。
<勢大、この空間に何か強い魔力のようなものが集まり始めています。>
「……むっ。」
マキーナの警告と同時に、竜胆が表情を変える。
先程よりも険しい顔つきになりながら、空を見上げる。
「……スマンが、お前の相手はここまでだ。
クロガネ、行くぞ。」
「へいへいっと。
あ、アンタ、今なら五体満足で帰れるぜ?
だが俺達と一緒に上に登るなら、アンタ、自分の身は自分で守れよ?」
2人はサッと俺から距離を取ると、元の石段に戻る。
チラとこちらを見るクロガネを、俺は睨み返す。
『同じ事を言わせるなよ。
俺は俺の目的で動いている。
お前等が邪魔しなけりゃ、とっくに上の社に辿り着いてる。』
「へへっ、上等上等、なら、一時休戦だ。
俺等の邪魔はするなよ?」
クロガネの発言にムッとしながらも、今はそれどころではないと俺も石段側に戻り、二人の後を追う。
『マキーナ、状況はどうなってる?』
<地理的に、太宮神社側で何かあったようです。
魔力のような高エネルギーが、こちらに向かって流れ込み続けています。>
何があったのか解らないが、どうやらあいつ等は上手くやったらしい。
なら、今度は俺の番か。
ここで何かを叩けば、恐らくは“組織”とやらの目論見を潰せるはずだ。
石段を登りきり、石畳の先を見つめる。
先に登っていた2人は、何故か固まったかのように奥を見つめたまま、微動だにしない。
『何してる?何かやられたのか?』
「馬っ鹿オメェ、アレを感じねぇのか!?」
クロガネが冷や汗を流しながら見つめるその先に、俺も目をやる。
空から降り注ぐ赤黒い光の束、いや、液体のように見えるそれが一つ所に集まり、人間の形になっていく。
最初は空想科学で出てくる様な、宇宙人、グレイというのだろうか?
そんな小人を形作る。
それに次々と液体は降り注ぎ、その体は急速に成長していく。
その身長は俺を超え、細身だったその体には筋肉がはち切れんばかりに膨れ上がる。
最終的には、どこかの民族衣装のような服を着た、2メートルは越えようという赤黒い肌を持つ筋骨隆々の偉丈夫が、その場に現れる。
「……我、現世に帰還せり。
王の前に立つ愚か者共よ、“ひれ伏せ”。」
その言葉だけで、俺達に異常なまでの重圧が襲う。
あまりの圧力に、必死に抵抗しながらも、3人とも膝を着く。
「……ほぅ、少しは骨のある者もまだおるか。
良い、その不敬を赦そう。
その抵抗に免じ、この王自らが首をはねてやる。」
一歩、足を踏み出しただけで更に重圧が増す。
『グギギ……!?
な、何だありゃあ!?』
歯を食いしばりながらも、2人に向けて叫ぶ。
2人共この重圧に抵抗しているが、クロガネは笑っている。
「へ、へへ、流石“深淵を覗き見た人”ギルガメシュ王って所かねぇ……。」
ギルガメシュ王?スサノヲじゃねぇのか?
なんで海外の王様がこんな場所に?
<あの存在を本当にギルガメシュ王だとするならば、古代メソポタミアのシュメール初期王朝に存在したとされる、伝説の英雄です。>
そうだろうな。
俺でも知ってる有名な偉人だ。
ただ、俺が見たのはドゥルガーだか何だかの塔に挑んだゲームのキャラだったり、別のゲームではもっと優男で金ピカの鎧を着たキザな奴だった気がするが。
<あの塔を攻略するキャラは通称で“ギル”、バックストーリー内の正式名称で“ギルガメス”といい、モチーフではありますが別人ですね。>
え?そうなの!?
いやそんな場合ちゃうわ。
今は考えるよりも倒す方が先だ。
目の前には赤黒い肌を持つ2mを超える筋肉ダルマの大男が、ゆっくりとこちらに歩いてくる。
何とかしなければと焦っていると不意に体から重圧が消え、勢いよく立ち上がれる。
「やれやれ、不意打ちとは。
中々小賢しい王様だな。」
竜胆がスーツのホコリを払いながら、何事もなかったように立ち上がる。
どうやら、この重圧を何かで打ち消したらしい。
「フム、この程度で不意打ちとは。
この時代の民は脆いな、脆すぎる。
その罪、万死に値する。」
「そうか、ならお前はその、脆い現代の魔術師に敗れるんだ。
冥界で羞恥に苦しめよ。
来い、“ウィッカーマン”。」
竜胆が両手で印を切ると、黒い炎が全身から吹き出す。
そして吹き出した炎が人の形となり、ギルガメシュに抱きつくように纏わりつく。
黒い炎の巨人に纏わりつかれても、ギルガメシュはその歩みを止めない。
「どうした魔術師?この程度か?」
黒い炎はすぐに掻き消される。
気持ちの悪い汗が、俺の背中を伝っていた。




