588:先手を打つ
<では勢大、これから向かうのは護社家、という事ですね?>
「いいや違う。
この、中心にある神社だ。」
俺は走りながらマキーナに答える。
移動手段に車両を、という事も考えたが、結局の所本気を出した俺の走りの方が早い。
多少エネルギーは食うが、それでも今は時間のほうが惜しい。
あの後、職員室に戻ると学生から帰宅の連絡、俺のスマホが繋がらなかったので学園にかけた、という連絡が多数あったようで、それの対応に一部の教師からは不満のようなものが出ていたようだ。
しかし、俺が学園長に呼ばれていた事が解ると、皆同様に神妙な顔で“それは大変でしたね”と同情してくれていた。
……どうやら、彼の演技はそれなりに上手くいっているようだ。
その演技力に感謝しなければならない様な気もするが、呼び出したのはあちらだから別に感謝するまでもないか。
まぁ、結果的に学生の対応をしなくて済んだのは感謝するポイント、か。
ともあれそうして同僚には平謝りしつつ、クラスの学生達の安全を確認し終わり、俺は学園を後にした。
すっかり夜もふけ、銀色の月が空に浮かぶ。
家の屋根から屋根に飛び移り、空を跳躍する。
向かう先の神社は小高い丘の上にある。
空から直接とも考えたが、どう見ても目的地らしき所には暗雲?黒い霧?のようなものが渦巻いている。
これは直接エントリーは危険だな、と直感し、素直に社の入口へと降り立つ。
周囲に人気はなく、鬱蒼とした雑木林に囲まれて、いかにもな雰囲気を漂わせていた。
<しかし、私にはまだ理解ができません。
タマキ氏の転送される先に向かうならSOGAの本社でしょうし、敵が次に狙うとしたら護社家との予測が高いのに、何故この場所に?>
俺は山道へ続く鳥居を見上げながら、マキーナを取り出す。
「こういう時、相手の方が動きが早い時は特にな、後を追いかけても相手の思う壷なんだよ。」
どう見ても、相手の方が先行している。
一手も二手も先を行っている。
先の予測ができない状態なら、どうしても後を追いかけるしか手はない。
だが、それこそが相手の想定通りの動きになるだろう。
マキーナの情報収集からある程度の予測がつき、相手の行動が読めるとしたら、なら相手の予測の上を行かなければ。
そうでなければ、イニシアチブは取れない。
「恐らくな、タマキが転送されたのはSOGAの本社かもしれないが、多分もうソコにはいないと思うぜ。
だからこそ、あいつ等は“太宮神社に行く”と言ったんだ。
一応なんだがなマキーナ、奴等が行くと言った太宮神社が何を祀っているか、解るか?」
<……スサノヲノミコト、のようです。>
何となくだが、頭の中で繋がった。
タマキを使い太宮神社のスサノヲノミコトに対して何かを行う。
そうする事で、ここにいる“何か”が目覚めるのか、或いはその封印が緩むのか。
「ともかく、連中の目的の、恐らくは根幹に関わる事がこの場所にあるんだ。
なら、それをぶっ潰せば慌てだすのが目に見えてるからな。」
マキーナを構え、通常モードへと変身する。
その姿のまま鳥居をくぐった瞬間、先程までいなかったスーツ姿の男がポケットに手を突っ込んだ体勢のまま俺を見下ろしている。
「オイオイ、勘弁してくれよ。
この結界、結構自信があったんだぜ?
なのにお前みたいな悪魔に入られちまうなんてなぁ。
さて?お前さんは何だ?モトか?チェルノボーグか?
まさかペルセポネーってわけじゃあるまい?
とりあえず名乗っておけよ、まぁどうせ元の冥界に戻ってもらうがな。」
スーツの男はポケットから手を抜くと、その手にはスマホらしきものが握られている。
「とりあえずどうするかな?
出てこいグレンデル。
腕比べには丁度いいだろう。」
男が呟くと、目の前の空間が割れて、緑色の苔に覆われた肌を持つ巨人が、ゆっくりと出てくる。
この空間の割れ方、あの着流しの外国人と同じ能力か?
『……どこの何でもない。
唯の人間。
名前は田園 勢大という。』
言い終わるが早いか、巨人が拳を振り下ろす。
左腕の無い隻腕巨人、それでも拳のサイズは俺と同じくらいのデカさだ。
そんなもの、受け止める事すら出来ない。
「えっ?人間?」
<勢大、お気をつけを。
グレンデルはベオウルフ叙事詩に登場する水魔です。
龍の皮で作られた篭手を付けた残虐な人食い巨人、という伝承があります。
ベオウルフを襲撃した際、左手を失ったという逸話があり、恐らく隻腕なのはその影響かと思います。>
なるほどね、今あんまり必要ない情報どうも!!
振り下ろされた拳は石段を砕き、その飛び散った破片ですら必殺の威力を持つ。
飛び退り、空中で回転しながら無事な石段に着地する。
『なん……!?カハッ!?』
着地したその瞬間を目がけて、グレンデルの回し蹴りが飛ぶ。
流石に着地した直後は身動き一つとれず、そのまま回し蹴りを喰らい横に飛ぶ。
残虐な人食い巨人の割にはよく動くし、器用だし、頭も回りやがる。
石段から外れ、雑木林の中に突っ込む。
数本の木を折ったところで何とか勢いが止まり、体を回転させると地面に着地する。
<勢大、これ以上のダメージは危険です。
回復しきれなくなります。>
んなこたぁ解ってるよチクショウ。
というか、マキーナで通常モードに変身していなければ、今の一撃でもうお陀仏だったろうな。
「あのー、君ホントに人間?
魔力無いけどグレンデルの一撃食らってピンピンしてるヤツ、俺初めて見たんだけど?」
スーツの男が不思議そうにこちらに問いかけてくる。
先程よりも殺気が感じられず、今も前に出ようとするグレンデルを制止している。
こちらの出方を伺っている、というところか。
『そうだ、ただの人間だよ。
お前さんみたいに不思議な力を持っているわけでもない、ちょっとこの世界に縁のない訪問者だよ。』
「お前、……まさか“異邦人”か?」
俺の言葉で、スーツの男の表情が変わる。
殺気は無いが、警戒は解かない、そういう姿勢だ。
『おぉ、よく知ってるな。
お前さんがウチの学生なら満点でも上げたい回答だがね。
さてどうするミスター?
俺の方はこのまま続けてもいいし、止めてもいい。
ただ、止めるなら俺はこの上にある社を目指すことになるぜ?』
俺の言葉に、スーツの男は少し考えるように沈黙する。
その沈黙を破ったのは、俺と彼の間に突如現れた、黒い炎だった。




