587:勢大の予測
<勢大、先程の指示による情報を集め終わりました。>
マキーナの声にフッと思考の海に沈んでいた意識が浮上する。
そうだ、今はまだ見ぬ竜胆の事を考えていても仕方ない。
それよりも、ヨシジ君達の行動も気になる。
改めて学園長を見れば、考え込んでいる俺に対してもう話す事は無いし時間まで暇だと思ったのか、筋トレマシーンを使いだしている。
いやオッサン自由か。
まぁ、こうしてゆっくり考える時間と場所が取れるのだから、無駄にせずに活用させてもらうとしよう。
(解った、情報を見せてくれ。)
ソファーに沈み込みながら座り、腕を組んで天井を見上げる。
パッと見は暇すぎてボンヤリしている風に見えるだろう。
その姿勢を維持しながら、視界に映る地図に意識を向ける。
<まず、全体に表示されているのが咲玉県の地図となります。
点滅している各ポイント、例のヨシジ氏が向かった場所を含め、この県には5箇所の有名な霊的なスポットが存在します。>
マキーナが指定するポイントが、順々に赤く光りながら点滅する。
マキーナが説明してくれる場所をまとめると、咲玉県の地図で北を上と見ると、左上のポイントに表示されている宝登山神社。
上にある新宮神社。
右上には鷹野宮神社。
左下には四ツ峰神社。
そして右下には太宮神社と、県内を包むように配置されている。
(5箇所……なんだろうな、無理矢理この光点を繋げると、歪だけど星型になりそうな配置してるな?)
星型の図形。
頭の中で五芒星がイメージされる。
日本では陰陽師、安倍晴明の家紋じゃなかったか。
海外ではスピリットシンボルとかで、まぁどちらも魔除けの意味合いがあったような気がするな。
<概ねは勢大のイメージの通りです。
陰陽五行など、様々な場所で広く普及されていますね。
ただ、一説には海外での起源は古代バビロニア文明からと言われております。
しかし、海外での五芒星は逆位置にすると悪魔のシンボルともなります。
地形にそれを意識して描く場合、“どちらを上”としてみるかで見解が分かれそうではあると思われます。>
それはそうだ。
北を上と見たのは俺の感性だが、南を上と見る事も出来るだろう。
実際、オーストラリアだかの地図上では、俺達が見慣れた日本列島は逆さまに描かれてると聞く。
五芒星もそれと同じ、北を上と見るか、京都やかつての首都を上と見るかで吉凶の意味が変わってしまいそうだ。
(なら、普通はバランスの取れた形状にするよな。
……例えば、六芒星とか。)
自分で思いついておきながら、少し無理があるか、とも思う。
六芒星など、日本であまり見たことがない気もする。
<そうとも言えません。
六芒星も日本では籠目紋と言われ、それこそ晴明紋とも言われております。
五芒星は魔除けであり逆五芒星が悪魔のシンボルであると言われていますが、六芒星はその安定感から魔除けというよりは、霊的なモノや“魔力の増幅・調和”などを目的として描かれる事が多いようです。
古代イスラエルの王、ダビデの盾に描かれていた、という話もありますし、シュメール文明時代の建物には数多くのこのマークが描かれていた、という話のようです。>
シュメール文明ねぇ、と思った時に、ふと心に引っかかるものを感じる。
はて、どこかでシュメールという言葉を見た気がする。
いや、まぁ歴史の授業か何かでやったかも知れんな。
学校の先生をやっていると、今更歴史の知識やら国語の表現やら、こっちまで学生に戻った気分になるからな。
(まぁでも、盛り上がった所でこの県には名の知れたその手の建物は5つしかないんだろ?
それともあれか?
6つ目は他県にあるってオチか?)
それなら理解もできる。
今と昔では、県境の考え方も違うだろう。
<いいえ、6番目が設置されるとしたら、位置的に考えて咲玉県内部に無いと形状がおかしな事になります。
ただ……。>
マキーナが言い淀む。
変に思わせぶりな言い方だ。
“何だよ、ハッキリ言えよ”と、俺はその先を促す。
<6番目の位置、には、いわゆる地方の名家がある事を確認しております。
最近、その家で唐突に養子を迎えた事も同様に確認できました。>
何だよ、回りくどい言い方しやがって。
そんな事言われても、ピンと来る訳がねぇだろう。
養子を迎えたから何だってんだ?
<その養子とは、最近過疎地の村から転入してきた一人の少女であり、転出先の農村は消失しています。
例の、前任教師の地元、といえば勢大でも解りますでしょうか?
そこの村で、唯一生き残った少女のようです。>
思わず立ち上がってしまう。
急に立ち上がった俺を見て、偽の学園長殿が驚き、“ど、どうしたんですか急に立ち上がって?”と聞かれるが、それに答える事なく俺はもう一度ソファーに座る。
<まだあります。
その、保護した名家の姓は“モリヤ”。
旧名を護社家という、古くから存在する家のようです。
モリヤ・タマキの、本家筋の家、のようです。>
(マキーナ、もう一度各地と所在を表示しろ。)
マキーナが素早く地図を表示する。
そして、5箇所の名所とモリヤ家を線で繋ぐ。
上向きの三角と、下向きの三角。
完全にキレイな、というわけではないが、それでもギリギリ六芒星の形状を保っている。
(……この、中心にある点は何だ?)
それらを繋いだほぼ中心点に、グレーアウトしている点がある事に気付く。
線を繋ぐまでは気付かなかった点だ。
<今は参拝客も減った、寂れた神社があります。
元は……元はスサノヲノミコトを祀っていた神社のようです。>
静かに、ソファーから立ち上がる。
もう、だいぶ日も落ちた。
夜の闇が辺りを支配し始める。
「あ、もう良い時間ですね。
田園先生、お疲れ様でした。
あ、一応なんですが、僕がこんなんだってのは、他の先生方には内緒にしておいて下さいね。」
俺は曖昧な笑顔を返すと、そそくさと執務室を出て行こうとする。
しかし扉を開けたその時、何かを思い出した偽学園長から声をかけられる。
「あ、そうだ、一つお伝えし忘れてました。
その、先程説明した竜胆さんからなんですけど、帰り際に“今日はまっすぐ帰れ”との事です。
まぁ、確かに本日は飲み歩いたりしないで、そのまま帰られた方が懸命だと思いますよ。」
そう言われて、黙っていると思うなら、随分竜胆とやらは傲慢だな、と思う。
或いは、俺のこれからの行動を予知した上で、かも知れないが。
俺は偽学園長に適当な返事をすると、急いで歩き出す。
執務室を出た途端スマホが振動し、着信が多数入っていた事が表示される。
<帰宅した学生達からのようですが、あの執務室内では鳴りませんでしたよね?
しかし、外部への電波等は問題なく拾っていたのですが……。>
マキーナが不思議そうにスマホを調べるが、異常はない。
やれやれ、とんでもねぇ世界に来ちまったようだ。




