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異世界殺し  作者: Tetsuさん
光から呼ぶ声
586/832

585:血塗れの狂霊

丸盾と長剣を構えた血塗れの大男、ラームジェルグが咆哮し、間合いを詰めるとこちらに剣を振り下ろす。


解りやすい大振り。

剣術も何もあったものではない。

体を半身にしてかわすと、そのままステップで距離を詰める。


<……!?いけない!勢大!!>


マキーナの警告よりも早く、大男は振り下ろした長剣の軌道を変え、横薙ぎに振るう。

ステップで踏み込む、という事は、ほんの一瞬でも両足が地から離れるということに他ならない。

俺の体が浮いている一瞬。

その、瞬きよりも短い時間を、コイツは合わせてきやがった。

それも、剣術ではない。

ただの膂力で、だ。


『……!!』


強引に、左足で地を蹴る。

ヤツに近付くのではなく、剣の軌道に沿って外側へ。

手甲と肩の鎧で剣を受け、振るわれる勢いに任せる。

力に抵抗するのではなく、剣の軌跡が流れる方へ。


鎧から激しい火花が飛ぶが、切断されるまでは行かず吹き飛ばされるだけで済む。

いや、飛ばされるだけ、とは言うが、それは横に吹き飛ばされ、公園の遊具にぶつかり止まるまで進むほどの威力。

遊具はひしゃげたが、幸いにしてそれがクッションになってくれたようで、俺にそこまでのダメージは無い。

ただただ、猛烈な嘔吐感が襲ってきているだけだ。


『……ま、全く、これだから人間の形をした化け物は苦手なんだ。』


<あまり勢大から得意な相手を聞いた事はありませんね。

しかしご注意を。

先程剣が触れた部位から、状態異常を引き起こす何かが侵食しかけました。>


マキーナの小さな皮肉と共に、その効果が視界に一覧として表示される。

極端な肉体的疲労、睡眠障害、免疫低下、幻聴、幻覚等、これら全てが同時に発生し、肉体も精神も蝕んでいく。

そうして徐々に衰弱して死に至らしめるという、いわゆる“呪いによる死”と認識される事になるだろう。


『なんでぇ、ネタが割れれば呪いなんかじゃなくて、ただの状態異常の複合効果、ってヤツじゃねぇか。』


<しかし、対策が解らない一般的な人間には、これは呪いと同じでしょう。

ともあれ、例の複製“退魔の銀”を設定してあります。

多少の防御効果はありますが、あまり過信はしないようにお願いします。>


こういう時、無手の格闘術は便利だと思う。

武器格闘術ではヤツに効果のある武器と、ヤツの攻撃威力を減衰させる防具の2つは不可欠だ。


だが、俺のような無手格闘の場合は防具のみで事足りる。

防具がそのまま、相手への攻撃手段となるからだ。


『ご忠告どうも。

それなら、こちらもそろそろ反撃のターンと行こうか。』


無造作にラームジェルグに対して歩き出す。

それを侮辱と受け取ったのか、更に大きな雄叫びを上げると剣を振りかぶり、そして先程よりも早い速度で振り下ろす。


『いい線いってるぜ、ただ、まだ遅い(・・)な。』


手甲部分、裏拳の要領で剣の腹を叩く。

拳が振り抜かれ、剣は当たった所から甲高い音を立てて2つに割れる。


『やっぱ戦で量産されたような急造品は脆いなぁ。

随分簡単に真っ二つになりやがる。』


軽口を叩きながら拳を降ると、ちゃんと徴発と受け取ってくれたらしい。

ラームジェルグは自らの体に突き立っている剣を抜き、すぐにそれを振り下ろす。


だが、それ等も全て、振り下ろしと同時に剣を叩き割る。

体から剣を抜き取っては割られ、抜き取っては割られと繰り返し、遂には最後の剣も叩き割る。


『さて、どうするね?

お見受けしたところ、もうストックは無いようだが?』


“このまま降参でもしてくれれば楽なんだがな”

とは思うが、ラームジェルグも無策ではないらしい。

右手を横に伸ばすと、剣を握るかのような動作をする。

それに合わせるように、全身から吹き出している血が右手に集まっていく。


『血で作った剣とはまぁ、中々イカス趣味してるじゃねぇか。』


先程までの長剣と同じような長さになったところで、また馬鹿の一つ覚えのように振りかぶり、剣を振り下ろす。


『だから何度やっても……何っ!?』


血でできた剣、それの横腹に正確に裏拳を叩き込む。

確かに先程までのなまくらよりは強度が上がっているが、それでも割れない訳では無い。

叩き割った血の剣は先程までの金属と違い、まるでガラスの様に無数の破片になって飛び散る。


だが、ラームジェルグの体から吹き出た血が一瞬のうちに腕を伝い、剣を形成する。

更に、飛び散った破片は空中ですぐに液体となり、地面に落ちた後でまたラームジェルグに吸収されている。


振り抜いた拳。

復元した剣。

速度変わらず。


『こなくそ!!』


刃が肩口に触れた瞬間、俺は地に伏せるように沈み込みながら前転する。

肩の鎧から激しい火花が飛び散りながら、それを頬で受けながらも相手の懐にもぐりこみ、反動を利用して両足でラームジェルグの顎を狙い、飛ぶように蹴り上げる。


『へっ、超なんとか弾!ってな。

おー痛ぇ……。』


仰向けに倒れたラームジェルグに追撃しようと構えたときに、違和感を感じる。


『……ん!?右腕が……?』


防具を貫通し、肩口を薄く斬られてはいたが異常はないはず、と思っていたが、右腕がダラリと垂れ下がっていて言う事を聞かない。

いつもなら一瞬で治せるはずなのに。


<現状、痛みを最小限に抑える事が限界です。

ラームジェルグの“呪い”の効果を抑えつけるので限界となり、回復が進行しません。>


戦闘行動中では、ここらが限界ということか。


右腕が使えないのは痛いが、それでもまだ戦えない訳じゃない。


『マキーナ、右腕を固定しろ。邪魔だ。』


自分の体であっても、コントロールが効かずに振り回してしまうようでは予定が狂う。

マキーナは鎧の関節を動かし、背中側に回すとホールドする。


それと同時に、ラームジェルグが立ち上がり、また血の剣を振り上げて構える。


追撃出来なかったのはちょっと勿体無いが、それでも動きに追随しない右手も後々危険だ。

ここはトレードオフしたと思うしかないな。


『オラどうした?

かかってこいよハイランダー!

それとも、武器を持ってないワタクシめから行って差し上げましょうか?』


俺の煽りに、血塗れの大男は雄叫びで答える。

これまでにない最速の踏み込み。

最速の振り下ろし。


だからこそ、ようやくそれは完成する。


最速で踏み込み、左手の甲で剣を握る手に合わせ、軌道を変える。

軌道を変えつつ引いた左手の(たなごころ)を、ラームジェルグに向ける。


『白蓮拳・改、ってな。』


引いた腕から発射される掌底は、確実にラームジェルグの顎を捉える。


通常の戦いでも、脳が揺さぶられて気絶するか脳しんとうを起こす打撃だが、俺の全力だ。


ゴキゴキと何かが折れる鈍い音が連続でして、ラームジェルグの顎と頭頂部が逆さまになる。

そしてそのまま、糸が切れたように膝からドサリと落ち、倒れる。


『……クソッ、手間かけさせやがって。』


吐く息と共に、周囲の空間が元に戻っていくのを感じていた。

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