584:組織
「……はい、はい、そのようにいたしますので。
えぇ、これで中止してすぐに学園に戻ります。
……やれやれ。」
学園長にこれまでの状況を連絡し、スマホの通話を終える。
状況を説明し、まずはSOGAへの抗議文を送るのか、或いは何もしないのか。
何となく、何もしない空気感だなぁ、と思いながら集めた学生達の方に顔を向ける。
「お前等、聞こえたと思うが見学はこれで終了だ。
ちょっとこれからタマキ君を探さなきゃならない。
駅までは集団行動で、そこからは各自解散だ。
お前等まで行方不明にならないように、今日はまっすぐ家に帰ること、それと、家についたら俺に連絡すること、いいな。」
学生達からまばらに返事が返ってくる。
まぁ、楽しい時間がこうして終わった事が不満でもあるだろうし、クラスメイトか行方不明になる、という異常事態を体験したのだ、反応が悪いのも当然か。
「それでは、引き続き館内を探していただき、何かありましたら私に連絡下さい。」
コンパニオンにも圧をかけ、従わせる。
まぁ、ここで見つかる事などどうせないと思うが。
とりあえずここで出来る事はあまりない。
サッサと学生達という荷物を退けなければ、だな。
そう思い学生達を連れ歩いて電車に乗る。
地元の駅についた時に、ヨシジ君から着信が来た。
[あー、センセ?俺だけど。
やっぱタマキのヤツ、まだ家に戻ってねぇわ。
俺、他に調べてぇ事あっからよ、これで良いか?]
顔を見ないと意外に饒舌なのか、ヨシジ君から割と強気な連絡がある。
その声質から、タマキへの心配と、“何か事前に用意したかのようなセリフ”という感じを受ける。
「……そうだな、ありがとう、助かった。
ただ、今日はどこかに行くなら、その前に俺に連絡を入れてくれ。
俺が間に合えば、多少の事は手助けしてやれるハズだ。」
[……何だよ、教師として俺等がそんなに信用ならねぇか?]
その言葉に、少し考える。
信用とは、難しい言葉だ。
それを感じる程、学生としてのヨシジ君の素行は良くない。
だが、その正論を言ったところでこじれるのは目に見えている。
「……いや、違うな。
大人として、子供に危ない橋を渡らせる気がないだけだ。
大人には大人の役割がある。
俺を上手く使えと、仲間にも言っておけ。」
[……へっ、何だよそれ。
まぁ、その言葉は覚えといてやるよ、じゃあな。]
信頼とは、信じて相手に頼る事。
信用とは、信じて相手を用いる事。
では、そのどちらにも足らないとしたら?
“利用する”
ただそれだけだろう。
「……まぁ、子供に利用されて出し抜かれるなら、俺って存在が、それだけたった、って事だろうしな。」
「せんせー?
どうしたんですかー?皆もう集まってますよー?」
学生の言葉に考えを中断する。
“何でもない”と答えると、点呼を取って班に分け、解散させる。
さて、俺は学園に戻るかと、少し回り道をして人気のない道を通る。
<勢大、変身を推奨します。>
いや、まだだ。
ギリギリまで手の内は見せたくない。
マキーナの提案を蹴ると、人のいない公園に入り、タバコに火をつけ、一息吸う。
「……さて、お膳立てはしてやったぞ。
そろそろ姿を見せたらどうだ?」
あの、SOGAの施設を出た時から感じていた視線。
マキーナのセンサーにも引っかかっている追跡者。
マヌケなのか、それともよほど自信があるのか。
「オォ、気付いていたならもっと早く声をかけていただけレバ。
アナタはお人がワルイ。」
俺の背後、公園に隣接する雑木林の影から、一人の男が姿を表す。
独特なイントネーション、ホリの深い顔立ち。
その病弱な程に白い肌は日本人には見えないが、その男は着流しを着ていた。
夏前とはいえ、その姿はまだ寒い気もするが、本人はさして気にしていないようだ。
「そんだけ殺気を振りまいてたら、気付かねぇ方がどうかしてるレベルだぜ?
お前みたいな不審者を学園に入れさせるわけには行かねぇからなぁ。
まぁ何だ、こういう時の定番セリフを言っておくか。
“お前何者だ?お前の裏には何がいる?”ってな。」
着流しの白人はクスクス笑っていたかと思うと、声を上げて大笑いする。
そして、両手をわずかに広げたかと思うと、空間が何かに包まれるのがわかる。
<警告、結界が張られました。>
とっくに解ってるよ。
マキーナは変身するように促してくるが、まだ早いと直観が告げる。
「ククク、どうせここで終わるのデス、説明してあげまショウ、……と、言いたい所デスが、残念ながら我々の組織に名前はありませんデス。
私のコトは、“ストレングス”とでも呼んで頂けレバ。」
名前のない組織。
SOGAとは別の立場にいる、という事が解るだけでも大きな情報だろう。
あの、電子の空間で見た機密文書。
SOGAが立てた人造の神を作り上げる計画の下に隠れていた、内容がよく読めなかったアレを計画したのが、多分コイツの後ろにいる奴等なのだろう。
(マキーナ、やっぱり変身は無しだ。
その代わり、コイツの生体情報を徹底的に解析しろ。)
「“ここで終わる”ってのは、穏やかじゃ無いねぇ。
具体的に教えてくれよ?どうする予定なんだ?」
着流しの男には少しだけ“おや?”という感情が目に浮かぶが、すぐにニヤついた表情に戻る。
「随分自信がお有りデスねぇ。
ならば私がお相手をしたいところですが、今は少々時間がありまセーン。
この子にアナタのお世話を任せまショーウ。」
着流しの男は、懐から短刀を取り出すと一度抜き放ち、空を斬る。
斬られた空間が歪むと大きく開き、中から体中に剣が突き立ち、血塗れの兵士が一人出てくる。
「ではコチラで失礼ヲ。
ラームジェルグ、やりなサイ。」
血塗れの兵士は自分に突き立っている剣の1つを抜くと、俺に向けて吠える。
その咆哮に顔を歪めた瞬間、着流しの男の姿が消える。
「マキーナ、解析は出来たか?」
<申し訳ありません、完全には不可能でした。>
まぁ、この程度の遭遇なら、こんなもんか。
俺は切り替えると、マキーナを通常モードで起動する。
<お気をつけを。
ラームジェルグ、とは、スコットランドの伝承に伝わる狂気の亡霊です。
男性を見ると戦いを挑み、例え勝ったとしてもその後原因不明の死を遂げると言われております。>
ただの戦闘狂ってだけでなく、ちゃんと呪いのオマケ付きかよ。
『やれやれ、面倒くせぇ野郎だな。
負けたらスパッと諦めろってんだよなぁ。』
言葉は通じてなくても、俺の嘲る空気は伝わったのだろう。
ラームジェルグはもう一度咆哮すると、俺に向けて走り出す。
『さて、どれほどのものか。』
俺は、静かに構えると腰を落とす。




