583:失踪
「せっ、先生っ、早く!!
これ!!タマキちゃんが!!」
女子学生に引っ張られ、カプセルの前に連れて行かれる。
そこには動作を停止し、元通りの透明になった空のカプセルが鎮座している。
「……?
いや、タマキはどこにいるんだ?」
てっきり意識でも失って倒れているのかと思ったが、そこには誰もいない。
ただ、周りの学生がパニックに近い狼狽えを見せているだけだ。
「だぁーかぁーらぁー!!
カプセルがもとに戻ったら、タマキの姿が何処にもないの!!」
言われて、辺りの学生を見渡す。
それぞれザワザワと近くの者と話をしている担当クラスの学生達。
彼等を一人一人見渡しても、確かにタマキの姿が見えない。
「ん?え?トイレとかではなくてか?
ん?どうなってるんだ?」
俺を引っ張ってきた女子学生に、トイレを見てきてもらう。
だが、そこには誰もいないという証言が返ってきた。
「あの、これはアトラクションの続きなんでしょうか……?」
コンパニオンに問うが、彼女もこんな事は予定に無いと言う。
(マキーナ、タマキの生体反応はあるか?)
<この建物全体をスキャンしましたが、それらしい生体反応はありません。
先程の悪魔らしき幻影を倒した瞬間に、大量のデータの転送を確認しております。>
マキーナの発言が正しいなら、これは推測だがタマキは“データとしてどこかに転送された”のではないか。
問題はそんな技術がこの異世界に存在するのか、だが、どうにもここはアンバランスな科学技術の世界だ。
それがあってもおかしくはない。
「あのー、ウチの学生が一人行方不明でして。
ここの、責任者の方はいらっしゃいますか?
或いは、この機械に詳しい人とか。」
(マキーナ、転送先を調べろ)
「は、はい!すぐに呼んでまいります!」
コンパニオンとやり取りしつつ、マキーナに指示を飛ばす。
コンパニオンは急いでどこかに駆け出すと、すぐに一人の男性を連れて戻って来る。
(あ、コイツは……。)
面倒くさそうに連れられてやってきたのは、例のオカマ口調の男。
ジーンズに革ジャン、腰回りや指にはシルバーのアクセをジャラジャラと身につけているが、だいぶ後退した額と、短いながらも無理やり立たせた髪型がミスマッチな、無理して若作りしてる感が否めない妙な男だ。
「あー、センセ、この度は何やら大変そうでござーまして、アタシに何の用かしら?」
ついでに言えば、社会人としてもまるでダメそうな男だ。
「あ、えぇ、はじめまして。
私は本日こちらの施設見学の引率をしております、咲玉学園で教師をしております田園と申します。
こちらの設備を体験中に、当方の学生が一人行方が解らなくなりまして。
捜索にご協力いただきたいのですが?」
一応、どんな相手であれこちらとしては外聞があるからな。
社会人としての対応をしないと、後で何を言われるかわかったモンじゃないしな。
それに、見えない位置ではあるがヨシジ君がスマホをいじっているのは察知している。
多分この会話を録画しているはずだ。
なら、尚の事下手な事は出来ない。
「アラ、トイレか何かじゃないの?
いるのよねぇ、試遊中は開けるなって言ってるのにカプセル開けてトイレに行ったり、立ち入り禁止区域に勝手に入ったり、何なら勝手に帰ったり。
ウチもコドモには迷惑してるのよねぇ。
特に学生とか、自分勝手でワガママ放題に動くんだから、どうせ帰ったんじゃないのぉ?」
手が出そうになるのをグッと堪える。
これは動画に撮られてるんだ、落ち着け、落ち着け俺。
「そうだとしても、その物言いは当学園としても御社に正式に抗議させて頂きますよ。
いなくなった女学生が帰った可能性も確かにありますが、それはこちらで調べます。
そちらには、この施設内を調べていただきたいのですが?」
努めて落ち着いた口調で話しかける。
ただ、それを見て目の前のオカマはイヤらしい笑いを浮かべるだけだ。
「どうせ無駄だと思うけど、抗議でも何でも好きにしたらいいんじゃない?
アタシはヤマナミ会長から“特別な御寵愛”を受けているのだから、アンタみたいな木っ端教師、怖くもなんとも無いわよ?
あ、アタシの名前を言っていなかったわね?
アタシはこのムービング・アナザーライン・クエストの開発総責任者、サカグチよ。
まぁ、アナタみたいな田舎教師には言っても解らないでしょうけど?
アタシ、結構凄い地位のニンゲンなの。」
その名を聞いても確かに俺にはピンとこない。
ただ、学生達が先程までの怯えから、“すげぇ、本物だ”とか“本物のタートルサカグチだ”等と口々に言っているのを聞くと、どうやら本当に凄い人物のようだ。
「まぁ、アタシは次のイベントの盆踊りの振り付けで忙しいんだから。
そこの女にでも適当に苦情でも投げておいてね。」
サカグチという男はそれだけ言うと、腰をクネクネと揺らしながら施設の奥に向かって歩いて行ってしまう。
<解析完了しました。
あのカプセル、回線がSOGAの本社に繋がっている様です。これは推測の域を出ませんが、あのカプセルで人間を電子データへと変換し、SOGA本社に転送しているのでは無いかと。>
同時に、スマホをイジっていたヨシジ君が表情を変えたのが解る。
先程までの俺とオカマのやり取りを撮影した後に忙しなくスマホをイジっていたのは、何かを確認していたのだろう。
<彼のスマホにも、私の調査結果の一部を転送しておきました。
タマキが持っていた機械、アレは発信機の役割も持っていたようで、その信号を辿ることで私もタマキの転送位置を特定できましたので。
その報酬です。>
この野郎、とマキーナに悪態をつく。
聞けば、タマキの機械はそこまで高性能ではなく、マキーナの能力を最大限に使ってようやく発見できるような、言わば子供の玩具のような機械だったようだ。
本来ならヨシジ君はここでタマキの信号を見失って八方塞がり、これ以上は何も行動できなかったはずだ。
なのに、マキーナが探索結果を伝えてしまった以上、彼等は動く。
俺はこれ以上彼等を巻き込む気はなかったが、マキーナは巻き込む気満々のようだ。
「センセー!俺、タマキの家知ってっから、見に行ってこようか?
さっきからタマキのケータイに連絡しても全然出ないからさ、直接行って見てくるわー。」
普段人と目を合わせて喋らないヨシジ君が、珍しく強気で発言してくる。
それ自体が異常だと気付けていない辺りは、まだ子供だからか。
「……解った。
先生の連絡先は知ってるな?
タマキ君の家についたら、連絡をしてくれ、ヨシジ、頼んだぞ。」
この施設、咲玉市から電車で3駅くらいの場所だ。
高校生くらいならば、別に一人で帰しても問題ない距離ではある。
俺はヨシジを真っ直ぐに見据えると、そう真剣に伝えて頼む。
それを見たヨシジ君は、いつも以上に真剣な顔つきになると、“任せとけよ”と呟きすぐに駆け出す。
それを見届けながら、俺もスマホを出す。
社会科見学中に学生の行方不明とか、俺の失点は相当だな、こりゃ。
そんな風に、どこか他人事のように思いながら。




