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異世界殺し  作者: Tetsuさん
光から呼ぶ声
582/832

581:異変

「……で、ありまして、このように当社は技術革新の新たな一歩として、フルダイブ型の……。」


近未来的なコスチューム姿のコンパニオンが、自信満々によくわからない機器の説明をしている。

展示されている人形はHMDヘッドマウントディスプレイをつけ、液体のような何かに身を横たえている。


液体に見えるが個体の集合体であり、浸透性が高いのに衣服を濡らさない、不思議な素材だ。

コンパニオンに言われるままその液体?に手を入れてみたが、生暖かくて柔らかいスライム?の様なぐにゅぐにゅとした何かに腕を入れた感触がある。


取り出してみると何もついておらず、何なら腕を突っ込んだ時に袖が少しこの物体の中に入っていたが、引き抜くときには全て落ちており、袖口には何もついておらず、濡れているということもない。


(……これ、どこかで体験したことがないか?)


手を突っ込んだり引き抜いたりしながら、何か覚えのあるその感触を思い出そうと考え込む。


渡り歩いてきた異世界で、これに似たものを俺は見た気がするのだ……。


<成分を分析しました。

最も近い成分としては、“スライム”の体液が近しいと思われます。

例の、イエロースライムです。>


それを聞いて、俺の頭の中で“あぁ!あのエロスライム!!”と、合点がいく。

渡り歩いた異世界の中で、転生者の趣味なのか“衣服だけを溶かすスライム”に出会った事がある。

アレの質感が、まさしくこれなのだ。

そして、あのスライムの体液は、これと同じく肌に触れても何かが残ることはなく、サラリとした感触なのだ。




……何故俺がそれを知っているのかは、ここで言及するのは止めよう。

ただ一言言えるとしたら、俺の尻は無事だ。




<勢大の尻はともかく、これは多少の成分調整が施されている様です。

結果、衣服にも被害を出さず、ただ電気信号のみを通す素材のようです。>


尻はともかくとか言うな。

結構大事な話なんだぞ?


いや、まぁ確かにそれはともかくなんだが。


「どうですか?先生もかなり不思議に思っていらっしゃる様ですが、こちらで体験コーナーがございます。

皆様ご体験されますでしょうか?」


考え込んでいる俺の空気を変えようとしてか、コンパニオンが明るく笑いながら体験を勧めてくる。

多分、端から見ると“新技術が理解できず、学生に教える手前悩んで考え込んじゃった先生”に見えたのだろう。


「あ、あぁ、そうですね。

……ま、私よりも、未来の担い手である学生達に体験してもらった方がいいと思いますので!

よし皆、折角の機会だ。

順番に体験するんだぞ。」


“新しい技術”に興味を惹かれていたのか、男子学生達は我先にと体験コーナーに群がる。

まぁこういうのは男の子大好きだもんねー。


「こぉらー!男子達ー!

女の子だって試乗してみたいんだから、全部占拠するんじゃないわよー!」


例の、タマキの怒号が飛ぶ。

我に返った男子学生は、女子用にと試乗機を半分明け渡している。


「……準備はいい?」

「あぁ、大丈夫だ。」


タマキと、ヨシジ君か。

何やらヨシジ君が持っていた小さい機械を、俺やコンパニオンに見えないようにタマキに渡す姿が見える。


(……なんだろうな、ハッキング装置か何か、って所なのかな?)


手のひらにすっぽりと収まるサイズの、銀色の長方形の箱。

ヨシジ君が渡すものだから、てっきり最初は折りたたみ式のナイフだろうと思ったがどうも違うようだ。

いわゆる中折れ式でもバタフライ式でも無く、かと言ってボタンを押すと刃の部分がせり出してくる飛び出し式、というわけでもない。

というか折り返す部位はなく、ただの箱に小さなコードらしきものがついているのが見えた。


(マキーナ、アレ、何だと思う?)


<外観からでは何とも。

ただ、ひどく単純な装置のように見えます。

恐らくは電気的な何かを放出するような機械かと。>


なんだそりゃ?

スタンガンか何かを持って入るって事か?


俺が見ている事に気づいたのか、タマキは素知らぬ顔で手の中に銀の何かを俺に見えないように包み隠し、試乗機に入っていく。


「それでは!不思議な体験へご招待ー!!」


コンパニオンがそう元気よく叫ぶと、何かのスイッチを押す。

学生達が入ったカプセルに首まで例の物質が満ちていき、そして透明なガラス張りだったカプセルが、通電されたことによる影響か真っ黒に変色する。


(まるで棺桶みてぇだな。)


<もしかしたら、そのための装置かも知れませんね。>


マキーナと無言でやり取りをしていたが、しかし機械は普通に機能したようだ。


巨大なモニター上には、不思議そうに辺りを見渡す学生達数人の姿が表示されている。


[おぉ、すげぇ!]

[やっほー!見えてるー!?]

[マジで現実世界と同じじゃん!!]


モニターの中の学生達が大はしゃぎしている。

地面の雑草に触り、その感覚に驚いている者。

身長以上に、それこそアニメの主人公のように飛び上がり、空中で回転しながら何事もなく着地して決めポーズを取る者。

手からエネルギー波を出して、隣の学生にぶつける者や、それを受けて平然としている者など、実に楽しそうだ。


「あちらからも、こちらの風景は見えておりますので、是非皆さん手を降って見てくださーい!」 


……エヲ……


コンパニオンが元気よくそう言うと、画面のこちらとあちらで学生達が興奮気味にやり取りをしている。

この光景だけ見ると、ネットと現実が繋がったような、不思議な感覚を覚える。


……ニエヲヨ……


やはり、元の世界よりは幾分科学技術が進んでいるのだろう。

元の世界でも、こうしてリアルとネットが繋がり、垣根を超える日は来るのだろうか。


……ニエヲヨコセ……


<勢大、何か異常値が出ています。

学生達を至急退避させた方が良いかと。>


マキーナの言葉を聞いて、素早くコンパニオンに目をやる。

何か焦っているような、端末をカチャカチャと素早く動かしている姿が目に入る。


「いやー、凄いもんですね。

ただ、時間的にも全員に体験させるには、そろそろ交代をお願いしても良いですか?」


気づかないふりをして、コンパニオンに話しかける。


「あっ、えぇ、そうですね。

ちょっと停止させますので、係の者を呼びますので少々お待ち下さい。」


慌ただしく走り出すコンパニオン。

警備室らしきところに駆け込んだ時に、館内の全ての電源が落ちる。


[贄を、贄を寄越せぇ!!!]


どこからともなく聞こえるその声に、俺はポケットの中のマキーナを握りしめた。

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