579:事情聴取
「……よーし、席着けー、授業を始めるぞー。」
安全だと言われていた、フルダイブ型VRゲームに取り残された子供達。
「今日は46ページのー……。」
一夜明けて、事態を知った世間は騒然となっていた。
「……で、あるからしてー……。」
“フルダイブ型VR機に欠陥!?”
“規制が存在しない!?政府に抗議の声”
“ゲーム業界大手が批判!SOGAのシステム解明を求める署名も!”
どうやら、SOGAはあまりにもこの市場を独占しすぎていたらしい。
新聞やその他メディアではショッキングな文字が踊り、世間を煽る。
そしてこれ幸いと、様々な方向から批判や不満、そして同カテゴリの企業からは解析や規制を求める声が噴出してきている。
「じゃあ、この先に続く回答を……、なんだお前等、もう少し授業に集中しろよ。」
「田園センセー、アイツ等も巻き込まれたって本当ですかー?」
今教室にいないクラスメイト。
例の5人組。
仲間を心配する級友と言えば聞こえはいいが、その実はそれぞれの内側にある好奇心からの発言だろう。
ひそひそ、ザワザワとクラスの中は波紋が広がるように噂話が広がっており、誰も彼もが浮足立っている。
「もしかして、修学旅行の時の続きなんじゃ……。」
「シッ!」
微かなつぶやきと、それを叱責する小さな声。
そちらを見ると、俺に見られた事に気付いたのか、目をそらして教科書に目を落とす。
そのまま周囲を見れば、まるで連鎖していくように教室の全員が口をつぐみ、教科書へと目を落とす。
先程までのざわつきが嘘のように、針を落としても聞こえるくらいに、教室はシンと静まり返っている。
「……ちょうどいい。
先生はずっと気になっていた事があってな。
……この後の授業は、道徳の時間とでも行こうじゃないか。」
こいつ等は何かを隠している。
それが何かは解らないが、俺のような部外者には話せない、“彼等の中だけでの戒律”みたいなものがあるのだろう。
「フム、それじゃあどうだ、先生は最近楽しいことが無くてな、お前らの楽しい話でも聞きたいところだ。
どうだ青井、お前等が行ったっていう、“林間学校の楽しい思い出”でも語ってくれないか?」
空気がより一層凍り付く。
俺が名指しした生徒は、泣きそうな顔で俺を見る。
「えっ、えっ?
……そ、それは先生、普通で、楽しかっ、たよ。
な、なぁ皆?」
周囲に同意を求めるが、誰もが自分に被害が及ばない様にしているのか、誰も青井君を見ようとはしない。
これはこれで、弱い者いじめをしているようで気が引けるが、ここで引く事は出来ない。
「そうか、“山一つ無くなる”なんて、中々できない体験だもんなぁ。
そりゃあ楽しい経験だろうなぁ。
……で、何があって、そうなったんだ?」
「センセー、今その話題は授業と関係ないと思います!」
眼鏡をかけたおさげ髪の少女が、挙手をして俺に意見する。
その表情はやや青ざめているが、正義は自分にあると思っているのか、目の力は強い。
「おぉ、そうだな。
さっきまで、その“関係ある授業”とやらをやっている時には口が軽かったようだが、今は随分口も堅くなって、勤勉な態度になるもんだ。
じゃあ緑野さん、それは何でなんだい?」
「ですから先生、今は……。」
「それが答えか?」
少女の声を遮り、冷たく言い放つ。
こちとらいくつもの異世界を渡り歩き、命のやり取りをしてきた身だ。
ロクに人生経験もない子供に、威圧感で負けるわけがない。
「あの……、それは……。」
しどろもどろになりながら、目を泳がせる。
俺はため息をつくと、教壇に寄りかかるように腰掛ける。
「この学校、林間学校は各教師が行き先を選べるっていう、不思議なシステムなんだな?
まぁ、教師が行きたいところをチョイスするが、結局行き先はくじ引きらしいな。」
クラスを見渡す。
“何を当たり前のことを言っているんだ”という不思議そうな顔をしている学生が数人いる。
いや、これも大分異質なんだが、小さな世界にいる子供にはそれが異質かどうかなんて解らないか。
「このクラスが行った先は奥地にある山村、それで間違いないね、緑野さん?」
俺の問いかけに、慎重になりながらも地味な少女が頷く。
「他のクラスが伊豆やら京都やらに行ってる中、名も無い過疎地の山村……。
ちと、不思議だよなぁ?」
「でも、毎年1つくらいハズレの行き先があるって、先生が……。」
髪を明るい茶色に染めた男の子が茶々を入れようとしたのかつまらなさそうに意見を言いかけ、俺の睨みに怯えて途中で口をつぐむ。
「そうかもしれない。
ただ、その行き先がこのクラスの前の教師の、それも出身地だとすれば、そりゃ随分な確率だと思わねぇか?
第三者の俺から見れば、まるで自らそこを指定したかのように見える。
あからさまに作為的だ。」
クラスに動揺が走る。
恐らく前任の教師は、それなりに生徒から信頼を得ていたらしい。
だが、俺の言葉でその信頼に楔が入る。
あと一押しか。
「何であれ、生徒を危険な目に合わせたであろう事には違いないだろう。
現にその教師は今も行方不明と聞いている。
今回の件もそうだ。
もしかしたら、今回の件も、何か繋がっているのかもしれない。
先生は……いや、“俺”は、そういう事が許せない。
何でも良い、君達の情報を教えてくれないか?
“俺”は、あの5人の助けになりたい。」
お涙頂戴の適当話だ。
こんな熱血担任、普通は首を突っ込んだらすぐに消されて終わるだろう。
とはいえ、感触は半信半疑。
あと一押し、何か欲しい所だが。
「……せんせー、本当は何者なんだよ?」
お、良いねぇ、そういう“フィクションを願う”幼い心を待ってたよ。
俺は生徒の問いに、意味ありげにニヤリと笑う。
数人がそれを見て、僅かに目を見開くのが見える。
きっと、“教師として潜入してきた捜査官”みたいな、面白い想像をしてくれたらしい。
俺は何も言っていない。
勝手に生徒達が妄想し、勝手にフィクションの肩書を俺に付けるだけだ。
<……たまに思いますが、勢大には良心の呵責の様なモノはないのですか?>
マキーナの問いに、俺は心の中でだが、鼻で笑う。
世間知らずの子供を騙す芝居は、こんなモンで良い。
あの5人が転生者なのかそうでないのか、俺にはその方が重要だった。




