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異世界殺し  作者: Tetsuさん
薔薇の光
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57:巡る季節

あの後色々と取り調べがあったが、第二王子の証言もあり俺達はすぐに解放された。

あの13号氏はその後色々と取り調べを受け、ある程度のことは解った。

13号氏が語った内容としては、学院の理事長が手を回し、迷宮に巣くう“謎の存在”を退治するべく、しかも秘密裏に行うために雇われた、ということらしい。


正直話半分程度しか信じてはいない。


あそこにいた化け物は“帝国万歳”と叫んでいた。

その他にも“迷宮を暴走”だの、“重要貴族の子息の確保”だのと言っていた。

それに、最後に俺達に牙をむいたことにも何の説明もない。

一応、俺を危険人物と認定して倒しておきたかったと言っていたが、俺から見れば取って付けたような理由だ。

まぁ、実際はキンデリックを通じて帝国と繋がりがあると言えばあるから、事情を知っていれば筋は通ってしまうが。


だが、そうでないとするならば、これも帝国の工作の一環だろうとしか思えない。

方針が変わったのか、あの化け物神父がコントロールしきれなくなりそうだったのか。

ともあれ、あの神父を倒すのが主目的で、恐らくはそのついでに公爵令嬢の命を狙った、という所なのか。

しかしだとすると、この学院の理事長も帝国側の人間という事になる。

何か、予想以上に闇が深い。


ふと、アタル君の世界での出来事を思い出す。

“学院の迷宮には魔導将がいるので、強くなる前に倒した”と、言っていなかっただろうか。

世界の根本として同じ出来事(・・・・・)が起きていると言うのだろうか?


そんなまさか、いやしかし、という疑念が胸中に渦巻く。


「あぁ、そちらにいましたのね。

それでは授業に出てまいりますね、お父さん。」


考え事をしながら庭の手入れをしていると、そう声をかけられた。

顔を上げると2階の窓から見える、リリィの笑顔。

だが、俺が何かを言おうとする前に、サッと引っ込んでしまう。


迷宮イベントから、リリィはまた少し変わった。

先生呼びから、お父さん呼びに完全に変わってしまっていた。

それだけではない。

夕食を共に食べるように変更された。

そして、夕食の時やリリィが暇なときには、学院での出来事の話だけでなく、彼女の母親の話を聞かされるようになった。


いや、変わったのはリリィだけではない。

俺にも、あまりありがたくない変化が訪れていた。


定期的にキンデリックには報告をしていたのだが、最初は組の若い連中が。

そして、リリィが2年生になる頃には、キンデリックまでもが。


俺を(・・)キルッフだと(・・・・・・)認識するようになっていた。


最初は“俺はセーダイだ”と訂正していたが、そうすると“あぁ、今はその偽名を使っていたんだな”と返答されるだけだった。

そんな設定は付けていないのにおかしいなと思っていたが、その内には“何言ってる、お前は昔からキルッフだったろうが”と返されるようになり、恐怖を覚えた。


決定的なのが、マキーナだった。

迷宮イベントから少し時間がたち、“そう言えば今の残量は何%かな”と思い変身しようとしたところ、


<error、登録者:セーダイ・タゾノを認識できません。>


と言う回答が返ってきた。


第二王子達や学院の人間は俺を“リリィの執事殿”としか呼ばないから、以前から今まででいつ認識が変わったのか解らない。

サラ嬢とリリィが、何故か俺のことを“セーダイ”のままで認識しているため、気付くのが遅れた。


そう、俺自身が、“世界に飲み込まれ”かかっている。

まるで、夢という方法で俺を書き換えられないことを理解した世界が、俺以外の記憶を改竄かいざんし、元からある存在としての合理化を図ろうとしているかのようだった。


俺は、いつまで俺でいられるのか。

この世界に来てから6年か、7年か。

あまり長く世界の流れに沿う動きをしていると、世界に飲み込まれる事になるのだろうか?

今のところ、この砂地獄から逃れる方法が見えない。


それでも、日々の日課はある。

その日も買い出しのために街の市場で食材を購入していると、向こうからキンデリック組の若いのが他人の振りをしながら歩いてくる。


「おっと、失礼。」


「おぅおっさん、気を付けろや。」


ぶつかりざまに紙片を手渡される。

珍しいな、この渡し方は緊急以外では使わないはずだ。


(“巣から連絡あり、確認されたし”か。)


紙片を開いてみれば、暗号化されたその文章が目に入った。

意味としては“帝国から情報の更新があったので、タイミングを見て確認しに来い”と言うことだ。


俺はもう一度内容を確認すると、近くの焼き串屋で串を注文しつつ、気付かれないようにかまどに紙片を入れて燃やす。


女性が転生者の世界だからだろうか、世界観として酷く衛生的だし、何より食い物の味が旨い。

店主が言うには、この串もいつもは豚肉だが、今日はたまたま牛を手に入れられたので、いつもより少し高いが牛肉の串焼きを出しているらしい。

完全に当たりだ。

ナイスだ、伝令君。

そしてナイスチョイスだ、俺。


現代だって牛の霜降り肉が好きなのは日本人くらいな物だが、そこは流石の異世界サマ。

受け取った串肉を一口頬張れば、程よく焼けた牛肉に甘辛いソースが絡まり、口の中で溶けるようだ。

異世界サイコー!乙女ゲーの世界サイコー!


アタル君の世界で食っていた、“安さだけが取り柄の謎肉の固め焼き”とは、この世界の屋台と比べても味に雲泥の差があるなぁ、いやしかしあの謎肉も妙に後を引いたんだよなぁ、と、最近の面倒な出来事を忘れ、そんなどうしようもない事を思いながらも、ご機嫌で家路を急いだ。



「次の土曜日の午後、またサラ様のお屋敷にお呼ばれされましたの。」


夕食にリリィから、そう嬉しそうに告げられる。

迷宮の後も定期的に呼ばれていたから、別に驚くようなことではない。


「そうかそりゃ良かったな。じゃあ夕食はいつも通り向こうでごちそうになるんだな。」


と言いながらも、“じゃあ、その間にキンデリックの所に顔を出すか”と考えていたら、ジト目でこちらを見られていることに気付いた。


「今回は珍しく、“お父様も宜しければご一緒に”だそうですわよ。」


何となくピンと来る。

確か2年生の時は疫病イベントだったか。

あの後もサラ嬢との手紙のやり取りは続いている。


確か、発生イベントは2年生の時の初夏、スラムを中心に疫病が発生し、公爵令嬢を説得しきれず公爵領の備蓄が提供されなかった場合は王都が大ダメージを受け、第二王子が決別の意を固め、後の婚約破棄と断罪イベントに繫がる。

また、説得できて公爵領の備蓄を提供させた場合は、令嬢の恨みを買い更なるヒロイン虐めが加速し、尚且つ後の帝国侵攻イベントで公爵家が帝国側に内通する事になり、後の断罪イベントに繫がるという感じだった気がする。


いやぁ、悪役令嬢はいつも詰んでるなぁ。


ただゲームとは違い、現在スラム一体は公爵令嬢と第二王子の発案で、再開発計画が進行している。


街路の整備と城壁の修復などの国家事業を行っており、スラムの人間を中心に雇用しているため、それにより経済的困窮の改善、栄養・衛生状況の改善と、色々と復調しつつあるのが現状の筈だ。

俺が最初に降り立った時ならいざ知らず、今あそこで疫病が発生するとはあまり考えづらい。


ただ、サラ嬢の視点では、まだ何か懸念事項があるかも知れない。

街道整備など、俺の知らない所で手を尽くしている彼女から呼ばれると言うことは、直接会って話したい事なのだろう。


そう考え、“了承した”という旨の返事を返したが、リリィはジト目のままだった。


「そうですわよね、大好きなサラ様にお目にかかれるんですものね、そりゃ行きますわよねー。」


ハッハッハ、こやつめ。

何故かサラ嬢の話になるとリリィはムキになる。

今までは、なるべく俺とサラ嬢を会わせないようにしていた節もある。

年頃の娘さんは難しい。


その後、リリィの機嫌を直すためにアレコレと話題をふったが、今一つ良い効果は得られなかった。

屋台で買い食いしていた幸せな時間が、既に恋しい遠い昔になっていた。

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