578:真実に近付く
『……なぁ、これ、また動き出したりしないよな?』
ピクリとも動かない黄金の龍。
ただ、時々ノイズのような、輪郭がデジタルの様にボヤケては元に戻るのを繰り返している。
本当に何となくだが、まるで“一時的に拘束されているだけで、しばらくすればまた動き出すのではないか”という恐怖感が拭えない。
<見た目は動きを封じているだけのように見えますが、この個体は完全にその活動を止めています。
いえ、“完全に侵食しきった”と言った方が良いですね。
この個体は既に、ハリボテと変わりません。>
俺が時間を稼いでいる間、マキーナはハッキングによって内部からこの龍を食い破っていたようだ。
俺もその言葉を聞いて、ようやく胸をなでおろす。
電脳世界はマキーナの独壇場だ。
この空間であるならば、それはもう神の授けた力、“不正能力”の領域に達していると言っても良いだろう。
それくらいには、俺は相棒を信用している。
<その感想は嬉しいですが、あまりのんびりも出来ないと思われます。>
やれやれ、すぐに人の考えを読みやがって。
とはいえ、マキーナの言う通りだろう。
俺は無数に伸びる黄金龍の首の脇をすり抜け、奥へと進む。
『……これが、あの龍の本体、って所かねぇ?』
たどり着いた先は黄金の龍、ラードーンの胴体がある場所。
巨大な胴体だが、それでも背面は尻尾の付け根まで首が無数に生えている。
どうやら本当に首が百本ある龍、だったようだ。
<勢大、その通りですが、今はあちらの方を。>
マキーナが指定する矢印を目で追う。
その龍の巨体の隣に、天井まで伸びる巨大で太い機械の塔。
その塔に向かって、透明なチューブの様なモノが無数に繫がっており、チューブを通って定期的に光の玉がその塔に流れるように吸い込まれていく。
『単純に考えればここが動力源、ってヤツだろうな。』
見上げながら、塔の側面に近付く。
マキーナが何かしたのか、近付いたところの一部が形状を変え、コンソールらしきものが出現する。
<止める前に、少しだけ確認したい事があります。
また、左手の人差し指を近付けてください。>
また吸い込まれる嫌な予感がしたが、今度はそういう事は無いらしい。
それを聞いて安心した俺は人差し指を近付けると、指先から細い線のようなものが伸び、コンソールに侵入していく。
<勢大にもわかりやすいように、視覚的に情報を表示します。>
マキーナがアクセスし、次々と情報が画面上に表示される。
『……なるほどねぇ、上にいるカルパヴリクシャにエネルギーを供給しているワケか。』
どうやら、この装置を使い、どうやって吸収しているのかわからないが、人間の強い感情、例えば怒りだったり悲しみだったり、そういったモノをエネルギーに変換し、集めて溜め込むのがこの装置の主な機能らしい。
そうして上にある生命の樹、カルパヴリクシャという名の造られた神、このデータ上では“造神”と呼ばれていたが、そこにエネルギーを届けているようだ。
ここでエネルギーを供給される限り、カルパヴリクシャは永遠のライフゲージが存在するため、実質的に“倒せないボス”として君臨し、プレイヤーに絶望を与える存在、という事らしい。
そうして“倒せそうで倒せないボス”を演出しつつ、効率よくプレイヤーから希望と絶望のエネルギーを回収するのが目的と表示されている。
読み終えたこのデータファイルの名称が“養豚場”というのは、もはや怒りを通り越して気持ち悪いモノを見た時のような、不快感しか湧かない。
『……何とも、グロテスクな計画だな。』
<そう思います。
ただ、そちらが後付の計画書?なのでしょうか。
こちらには、また別の計画書が眠っていました。>
マキーナがピックアップしたデータを見ると、そこには“咲玉異界化計画”と銘打たれたファイルが表示される。
先程の“養豚場”計画にはSOGA社の社印が押されていたが、こちらの計画書は社名も決済印も何も無い。
ついでに言えば、データそのものもマキーナが残骸の中から復元したものらしく、所々文字が怪しくなっていて全容は読めない。
『……何々。
“咲玉の……何とかの力を借りて、えーと、何とかを、解放”?
解りづらいな、これ。』
何とか文章をつなげて読もうとすれば、どうやら謎の組織?みたいなものがあり、それが全面的にSOGAと手を組んで、この咲玉市で何かを復活させる儀式?だろうか、そういうモノを計画しているようだ。
グリシアだのシュメルだのと良く解らない言葉が紛れ込んでいて全貌が解らない。
ただ、俺がここに転送される前、この学園に着任する前に、教師を1人送り込み、学園の生徒を使って“人間の感情をエネルギー化”する実験を行ったらしい。
……恐らく、林間学校の事か。
そこでの実験は結果的に見ればうまく行かなかったようだが、ただ基礎理論は構築できたらしい。
基礎理論を“製品化”するためには莫大な研究開発費が必要となるため、そこでSOGAと手を組み、理論を現実化する為に近付いた、という事らしい。
当時のSOGAはライバル企業の進出によりゲーム業界から弾き出されつつあり、かなり焦っていたようだ。
その心の隙間をこの組織に付け込まれた、というのがここまでの出来事らしい。
『やれやれ、ヒデェ話だな。
まぁ、こんな所か?ならもういいな。』
マキーナが静かに了承すると、吸い上げられ続けていた光が止まる。
再開されても面倒だからと、この塔に繋がる光の玉を送っているケーブルも、全て接続を解除していく。
最後に、塔に自壊するプログラムを走らせる。
[馬鹿なぁ!!?この私が!!この私がぁぁぁ!!?]
地下の施設にいてもハッキリ聞こえるくらいの声が、頭上から響く。
まぁな、無尽蔵にあると思っていたエネルギーの供給が止まるんだ。
自分が神だと信じ、そう振る舞っていた存在には、何が起きたか理解も出来んだろう。
とはいえ、アイツ等。
中々粘り強く、戦い続けていたらしい。
エネルギーの供給が止まった瞬間に力尽きる声を聞いたという事は、それまでも“倒し続けていた”という事だろう。
『やれやれ、子供とは言え、覚悟を決めたなら、それはもう一人の戦士だな。』
ちと、アイツ等にも優しくしてやるか。
そんな事を考えながら、俺はこの電脳空間を後にする。
後の事は俺の仕事じゃない。
まずは、世界を救った勇者達の帰還を祝わなければな。




