576:地下へと続く道
“百歩神拳”の応用で空間をずらし、地面に“データ的”なヒビを入れる。
『……しかしよぅ、なんかちょっと、脆くねぇか?』
<これは視覚的にわかりやすいだけですので、実際にはこの上で巨大なモンスターと戦闘したとしても、何一つ問題はありません。
ただ、……言いにくい事ではありますが、こちらの空間を保持しているシステム、確かに恐ろしく脆弱です。代わりに、下の空間の一部にかなり強固なエリアが存在します。
私も探知しきれませんでした。>
マキーナの言葉に驚く。
いや脆弱なのは解っていたのでそこじゃない。
マキーナでも探知出来ないという点だ。
マキーナは幾多の異世界を俺と渡り歩いてきた。
そこでのサマザマな特殊能力や、良く解らないコインの吸収からの新能力など、かなり強力な力を束ねつつある。
それは最早、“転生者の不正能力”に匹敵する力だ。
ただ、それでもやはり転生者の不正能力には叶わない。
権限の位相が違う、といえば良いのだろうか。
恐らく、あの“神を自称する少年”から転生者に直接与えられた不正能力は最上位の権限を持つのだろう。
その不正能力と現地の魔法と科学の技術によって生み出された“意志ある鎧”は、やはり権限として一段低いのだろう。
上位者である転生者には、やはり通用しないのだ。
<そうですね。“今は”ですが。>
ちょっと、回想シーンのセリフ読むの止めてもらっていいですか?
いやしかし、マキーナの言う通りいつか通用してしまうのではないかと、漠然と感じてもいる。
既にいくつかの不正能力は、マキーナが持つ類似能力や対抗能力で打ち消し合っていたりしているからだ。
『……よほど強い“世界の意志の力”なのか、或いは転生者の能力か。』
そんなはずはない、という思考を頭から外す。
あの5人の学生達が転生者だと思ったが、別の転生者がいる可能性だって十分ある。
或いは、世界が創造した“転生者を倒すための何か”が存在するのかも知れない。
ありえない事はない。
それに関しては常に警戒する必要はあるだろう。
しかし、と、考える。
マキーナは徐々に強くなっている。
今はまだ俺の筋力で、以前あったマキーナが乗っ取られて暴走しても抑え込めるが、これ以上になれば俺でも抑えきれないかもしれない。
いつかマキーナが転生者を超え、俺を超えたとしたら、それはいったい何と呼ばれるモノに進化することになるのか。
<探知できなかったエリアを表示します。>
マキーナの声で思考を中断する。
見てみれば視界の端に、緑の光でフレーム調になったマップが表示される。
わからない所は線が途切れ、その先がどうなっているか読み取れない。
『なるほどねぇ、じゃあまずはそこに向かって移動ってな。』
マップが表示されている分、何も迷う必要はない。
薄暗いコンクリートの床を、コツコツと足音だけが響く。
<足音を忍ばせないのですか?>
『あ?ここって要は現実空間とは違うんだろ?
本物のコンクリートに見えていても、全てがデータで作られたまがい物だ。』
柱の陰から、首から上が青い炎で出来た犬が現れる。
『データの中なら、どこにいても居場所はバレる。
無理に隠れようとする方が、返って予期せぬ不意打ちを招くからな。』
犬が飛びかかってくるが、体を半身にして交わすとがら空きになった犬の側面に、素早く手刀を落とす。
胴体から真っ二つに裂かれた犬のような魔物は、地面に付く前に光の結晶となって散っていく。
『なら、いつでも攻撃できるように、自然体で構えていた方がいい。』
立つ事、歩く事すなわち構えなり。
懐かしい師匠の言葉を俺は思い出していた。
<郷愁に囚われているところ大変申し訳ありませんが、間もなく探知不能エリアです。
お気を付けを。>
ちぇっ、最後まで格好つけさせてはくれないらしい。
何度かの魔物の襲撃を撃退しつつ、目的の場所まで到達する。
『……マキーナさん?』
<探知不能エリアです。
私は最善を尽くしています。>
マキーナが拗ねたような、ふてくされたような声で事実を呟く。
眼の前にあるのは地下へと続く階段。
そりゃ、このフロアには無いから“探知不能”だわな。
俺は思わず笑いそうになるが、“まぁ、マキーナも意外にお茶目な所があるな”と思い、地下に降りるため、階段に一歩足をかける。
『……!?』
全身を駆け抜ける悪寒。
吹き出す汗と動悸。
一歩足を踏み入れただけ。
地下に向かって降りるために踏み出した瞬間、それまでの空気が一気に変わる。
まるで肉体と精神を強制的にズラされたような不快感。
内側の温度は一定に保たれるマキーナを着ているはずなのに感じる、異様な寒気と重たい空気。
『……これは確かに、探知不能かもな。』
吐き気を我慢しながら、震える手足を筋力で抑え込みながら下へと降りていく。
降りるたびに悪寒や震えだけでなく、頭痛が激しくなる。
まるで、俺の肉体そのものが“この先に行くな”と警告を発しているようだ。
<勢大、肉体に変調をきたしていますか?
こちらでは何も観測されていません。>
だろうな、と思う。
恐らくこの空間は“異界”、或いは“黄泉の国”みたいな状態になっているのだろう。
死者の世界は、ただそれだけで生きている人間の精神を蝕む。
『マキーナ、“耐精神”をセットしておいてくれ。』
<状況は解りませんが承知しました。
1分ほどお待ちを。>
少し前の何かでバージョンアップしていたのか、セットするための時間が大分早くなっていたのか、とホッとする。
前のような5分は耐えられそうになかったからだ。
『な、何とか降りきったか。』
階段を降りきると、上の階よりも少し薄暗くなっていた。
マキーナの暗視モードにしても、先までは見通せない。
<……時に勢大、黄金の林檎とは何を指しているのでしょうか。>
ふと思い立ったように、マキーナが俺に質問を出す。
『あ?知らねぇよそんなん。
何かしらのエネルギーの塊なんじゃねえかってのは推測できるがよ。』
<では、黄金の林檎はそのままもぎって取るのでしょうか?>
言っている事がイマイチ要領を得ず、意味がわからない。
『いやそりゃ、そうなんじゃねぇの?
あの、輝くでかい木にでもなってるんじゃねぇか?
それをもぎ取る感じだろうよ?』
何を言っているんだと思いながら適当に返すと、マキーナが視界にロックオンマーカーを出してくる。
<やはり、そう簡単でも無いようです。>
マーカーの先には、何かが蠢いていた。
仕事やらなにやらでメチャクチャ遅くなりました……




