575:どこにでもある闇
『……何か、気持ちわりぃ雰囲気だな。』
俺は解禁されたという、新しいエリアへの入口に立っていた。
一応、オープンワールドの世界ではあるが、やはりどこかで読み込みは必要らしい。
そのため、新しいエリアに侵入できる道は極端に狭い。
俺が今立っているここも、巨大な岩を縦に割ったような2つの石が並ぶ、人間2人位が横並びで通るのがやっと、という狭い道だ。
割れた石同士が並ぶそれはまるで門のように見え、尚且つ石より向こうは不気味な薄闇に包まれている。
『まるでこの世とあの世の境界線みてぇだな。』
<あながち間違ってはいないかも知れませんよ?
古来より、2つ並ぶものは現世と冥界を結ぶ門であり境界線、という話もあります。>
マキーナがそう、真面目に語るのを聞いていて、思わず吹き出してしまう。
「おいおい、止めてくれよマキーナ。
不思議の塊みたいなお前に怪談話されると、怖くて夜中にトイレに行けなくなっちまうぜ。」
<何を今更。
今まで散々幽霊だの屍鬼だのと戦っているではないですか。>
それもそうか。
ましてやここはゲームの中だ。
それこそ幽霊だろうと神様だろうと、創造し放題ってヤツだろう。
<そうですね、創造するのは簡単だと思います。
ですが、こういった混乱を引き起こすほどの何か強い存在、それこそ神魔に匹敵するレベルとなると、コンピューターシステム程度に出来ると思いませんね。>
『……どういう事だ?』
閉ざされたネットワーク内ではあるが、マキーナは今もこのシステム内を調べているようだ。
そこで解ったのは、このSOGAの施設にあるフルダイブシステムも、フルダイブシステムと言いながらVRゴーグルをつけて全身をトレースする装置がついたベッドに寝転ぶだけだった。
もちろん両手には、それぞれコントローラーも握っている。
どういう事かと言えば、例えばよく小説やマンガにあるような、半睡眠状態やサイコダイブ、もしくは催眠状態という訳ではない、という事だ。
つまり、抜け出そうと思えば抜け出せるはずなのだ。
所詮はただのテレビゲーム。
テレビゲームの最中に、“自分の意志でレバーを離せない”なんて事は起こり得ない。
でも今、ここに囚われているプレイヤー達は“この世界に取り残された”と言っているし思っている。
集団幻覚を疑いもしたが、俺とやり取りをしていたプレイヤー達を見ていて、そうではない事はマキーナが判別していた。
結局のところ、“ただのゲームなのに意識が抜け出せない”という謎の現象が起きている。
『まぁ、結局のところ、“行ってみなけりゃ解らねぇ”って事だ。
それじゃ行くぞ。』
ある程度調べ終えた俺は、2つの石の間を通り抜ける。
歩いているうちにどんどんと視界が暗くなっていき、歩ききってみると、周囲は完全な闇に包まれていた。
『こういう真っ暗なフィールドは、あんまりプレイヤーウケはしない気がするけどなぁ。』
謎の薄ぼんやりした光のおかげで、数メートル先は辛うじて見える。
だがその程度の視界では、全体を見渡すのは難しい。
この手の親エリアとか新コンテンツは、それこそグラフィックデザインの凄さだったり、景色の奥行きに感動させるモノではないかと思うのだが……?
<マップのソースコードにメッセージが埋まっています。
“まだ誰もやってなかった斬新な事を”と書いてありますが……。>
マキーナが黙るのも無理はない。
これは“まだ誰もやってなかった斬新さ”ではない。
“先人も思いついたが、ユーザーがつまらないだろうからやらなかった、没アイデア”というヤツだろう。
しかもそれを、“さも自分が真っ先に思いついた”かのように、ソースコード内にまで自己主張しちゃうのは、最早痛いを通り越して危うい。
<……裏を返すと、そういった過去を教える先人がいなくなっており、歴の浅い人間がこれの制作に取り掛かっている、という事でしょうか?>
マキーナの言葉を聞いて、ここに潜入した直後に見た、女言葉を使う額がかなり後退した、革ジャンのオッサンの事を思い出す。
『あぁ、それはありそうだな。
このゲームを管理する重要な役職の人間が、自身の好き嫌いで人事権を振り回した結果、マトモなヤツがいなくなっちまった、ってオチかもな。』
アイツがプロデューサーか何かの役職持ちで、あの電話のように気分で周囲に当たり散らしていたら、多分まともで優秀なやつからいなくなるだろう。
それでこのゲームに問題が発生するのは因果応報だが、巻き込まれた子供達はたまったもんじゃない。
『マキーナ、ここにいる子供達を無事に帰すには、やっぱりあの何とかっていう樹を叩く以外に無さそうか?』
<……その前に勢大、あちらをご覧ください。>
マキーナが指定した方向を見上げると、暗い空の中で、唯一輝く大きな樹が見える。
その樹は無数に伸びる枝葉がザワザワと動いたかと思うと、無数の竜の首に変化していく。
巨大な樹から生える、無数の竜の首。
この姿が、生命の樹という事なのだろうか。
『アイツ等、もう辿り着いたって事か。
やべぇな、急ぐぞマキーナ!』
<お待ち下さい勢大。アレをよく見てください。>
焦って駆け出そうとする俺を、マキーナが引き止める。
あの下でアイツ等が戦っているのかと思うと気が気でなかったが、いくつかある竜の首の1つが、突然巨大な炎に包まれる。
『ヒュウ、中々やるもんだなアイツ等。
これなら救援に向かう必要は……ん?』
見ていると、確かに竜の首の1つは燃え落ちていく。
だが、また無数の枝葉が伸びてきて集まり、同じようなサイズの竜の首を形成する。
『……どうなってやがるんだ?
永遠に生えてくる、って事か?』
<その可能性があります。
竜の首の1つが破壊された際、地下から何かしらのエネルギーのようなものが大量に移動しました。
恐らくはそのエネルギーの供給を止めないと、あの竜は無限に出現するものと思われます。>
マキーナがご丁寧に、俺の視界に重ねるように図解してくれるが、それが解った所で俺には何の手立ても……いや。
『このゲームの中に入る前に見た、よくわからない工場みたいなところがあっただろう?
あれの位置、このゲーム世界の座標と重ね合わせて見ることはできるか?』
マキーナはすぐに先ほど通った工場のような場所の座標を割り出し、俺の視界に重ねるように表示する。
『……ここまでドンピシャってのも、逆に珍しいもんだな。』
先程の工場の座標。
それはほぼ、生命の樹の根本から更に下、地中を指し示していた。
色々な不都合が重なり、保存しきれていなかったところを再度作成して上げ直しました。
失礼いたしました。




