574:生命の樹
彼らの言う“街”とやらに着くと、妙にざわついているのが目につく。
『おい、ここはいつもこんな感じなのか?』
俺を連れてきたプレイヤー達に話を聞くが、彼等も少し驚いたような顔をしている。
「あ、いや、いつもはもっと穏やかな感じなんですが……。
おい、ちょっと聞いてきてくれよ。」
彼等の仲間、ずっと語尾が安定していない彼が走ってどこかに行くと、少ししてまた走って戻ってくる。
「あ、聞いてきたでヤンス!」
しかしホント、見た目可愛いのに、その口調がなぁ……。
<勢大、今それを気にしている場合ではありません。>
おっといかん。
改めて、俺は語尾不安定の彼の話を聞く。
端的に言えば、この世界にいるラスボス的な奴の居場所が解り、そこに向けて出発したパーティがいる、との事だ。
それで、街中がざわめき立っている、らしい。
彼の口からそれが伝えられると、彼の仲間内も騒ぎ出す。
『……あー、何か、盛り上がってるところ悪いんだけどよ。
来る途中にここから抜け出せなくなった、ってのは聞いたが、俺にはそれ以外さっぱり状況が解らねぇんだ。
もう一回、1から説明してくれねぇか?』
「あっ、えっ!?
あの声聞いてなかったんですか?
えーと、セーダイヤーさん。」
“セーダイヤー”とは、俺のアバターの頭の上に表示されている名前らしい。
マキーナが付けたと思うのだが、これのネーミングセンスに関しては後で話し合わなければと思っていた所だ。
正直、彼等の名前を聞かなかったのもそれが原因だ。
頭の上に名前が表示されている。
ただ、語尾不安定の彼が“フランシーヌ”とか名前をつけていたりと、何となくあまり口に出して名前を呼びたくなかったのだ。
それに、どうせ本来の名前とは違う名をつけているのだ。
ここで覚える事に、大した意味は持たないだろう。
『声?いや、何も聞いてないが?』
「そうなんですか……。
まぁ、だからソロで回ってた、って事ですもんね。
全プレイヤーに届いてるって言っていたんですが、例外もあるのかな?」
彼等の話を総合すれば、いつも通りSOGAのゲーム施設でログインしたら、メッセージが流れたらしい。
“今ログインしている者はログアウト出来ない”
“最終ボスを倒せば、ログアウトする事を検討してやる”
“その間の生命維持はしてやろう”
“外部から無理して起こそうとすれば、全員毒が回って死ぬ”
というような内容らしい。
なるほど、それで、と、ようやく理解する。
彼等なりに、生き残る方法を模索しているという事か。
『……それでも、寄生行為はあまり感心出来ないな。
レベルだけ上がったところで、実力が伴わないだろう?』
「ホントすんません!!
……でも、体力ゲージが増えれば死ににくくなりますから!
それで、手頃なモンスターで経験つもうかな、なんて……ハハハ。」
まぁ、気持ちは理解できる。
遊びたい盛りにいきなり、言ってみればデスゲームに放り込まれたのだ。
そんな時にゲームの心構えもクソも無いだろう。
生き残る事で必死のはずだ。
それならまぁ、俺を利用しようとするのも理解できるか。
『あー、まぁ仕方無かったと言う事で、もうお互い忘れるべ。 それよりも、その“ラスボス”ってのは、どんなもんなのよ?』
「あざッス!!
ええと、このゲームのラスボスって、今までビジュもステも解ってなくて、ただ“カルパヴリクシャ”って名前だけが出てる状態なんスよ。」
カルパヴリクシャ……何かで聞いた名前のような……?
<インドに伝わる“生命の樹”の名称ですね。
ヒンドゥー神話に出てくる巨大な空想の樹であり、インドラの統括する楽園に生えている、と言われております。
その実は黄金に輝き、全ての願いが叶うとも、永遠の生命を得られるとも言われております。>
嫌な名前だ、と、素直に思う。
願望を叶える実がなる樹。
神の世界ならともかく、ここは人間の世界だ。
願いには、対価がある。
そんな名前の奴がラスボスだとしたら。
「あ、セーダイヤーさんも流石に知ってるッスよね?
前情報の設定でも、ソイツ倒すとアイテムドロップして願いを叶えてくれるとかって話らしいんで、皆躍起になってるんスよ。
ホラ、もしかしたらそのアイテムを拾った奴だけとか、そのパーティだけって言う可能性もあるッスから。
だから皆、“倒してほしいけど先を越されたくない”って噂してたみたいッス。」
早くも、負の願いが吹き出してやがる。
いくつかパターンがある。
例えば、この世界に留まっている奴から何らかのエネルギーを吸い取り、“黄金の実を製造する”のだとしたら。
或いは、この世界の奴等の思念を元に、“黄金の実を精製する”のだとしたら。
<生命エネルギーを吸収するタイプではなさそうです。
それであれば、今勢大にも何らかの影響が出ないとおかしいですから。
思念や感情のエネルギーを吸収、または何か別のエネルギーを吸収している線は否定できません。
この世界に入る前の空間の事を覚えていますか?>
マキーナに言われ、思い出す。
無数のケーブルが張り巡らされた、工場のような空間。
あそこで、何か光のようなものが一定方向に移動していた。
あれがもしかしたら、ここにいる若者達から吸い上げた何か、を運んでいるのだとしたら……。
『なぁ、ラスボスに向かったって奴等、どんな奴等かは知っているのか?』
「え?あ、えぇ、知ってるでヤンス。
最近頭角を表してきた5人組で、確かチーム名がチーム・エクスプレスとかってヤツです、あ、ゴンス。」
何となく、5人組と聞いてあの学生達を思い出す。
彼等もこの世界に囚われているはずだ。
なら、その可能性は高い。
『……良く解からないんだが、ラスボスってのはそんな簡単に倒しに行けるモノなのか?
これまで全く情報も出てこなかったんだろう?』
「そ、そうなんですが……。」
聞けば、彼等5人は“俺達なら倒せる!何せ能力使えるからな!”と息巻いて出発したらしい。
“能力”という単語にピンと来る。
そうか、彼等が転生者なのか、と。
ならば、自慢の不正能力とやらで倒せると自信があるのも頷ける。
まずは彼等と合流しなければならない。
『解った、最後に、そのボスの居場所みたいなものを教えてくれ。
あぁ、もし解らなければ最近実装されたエリアでもいい。』
見た目だけは美女の彼等から“最近実装されたエリア”の情報を聞くと、俺は一目散に走り出す。
後ろでなにか言っているが、相手にする暇はなかった。




