572:電子の世界
通路に誰もいないことを確かめると、ノートパソコンが数台おいてあるオフィスルームに忍び込む。
ノートパソコンを開き、電源を入れる。
当然、動作ができるような画面に行く前の、セキュリティ警告が出てくる。
「で、ここからどうするんだマキーナ?
俺には“すーぱーはかー”みたいな、プロテクト解錠技術なんて無いぞ?」
<勢大、変身してください。
それで私の機能が使えます。>
物理的に破壊する気だろうか?
それでは結局、不法侵入して器物破損して回った不審者じゃねぇか。
そう言いかけたが、まぁマキーナにも考えていることがあるんだろうと割り切り、胸ポケットから名刺サイズより少し大きな金属板を取り出す。
「オーケーマキーナ、通常モードだ。」
<通常モード、起動します。>
へその下くらいに当てた金属板から赤い光の線が無数に伸び、俺を取り囲む。
赤い線の、さながらワイヤーフレームの様なそれ等が俺を囲むと、線と線の間に薄い光が広がる。
光がおさまると、全身をラバーのような素材が覆い、肩当、胸当、手甲、足甲が現れる。
最後に、俺の頭を髑髏の様なメットが覆い隠し、全ての変身が完了する。
『さて、コイツでどうするんだ?
ぶん殴って物理解錠でも試みるか?』
<そんな無駄な事をする必要はありません。
左手の人差し指を画面に近付けてください。>
なんだそれ?と思いながらも、イチイチ聞いていても時間の無駄だと指を近付ける。
すると、指先から黒い粒子へとほどけていき、画面の中に吸い込まれていく。
『ちょ!?えっ!?ま、マキーナさん!?』
慌てて手を遠ざけようとするが、何か凄い力で吸い込まれ始めている感覚があり、体を動かせない。
そうこうしている内に、もう肘まで黒い粒子化して画面に吸い込まれている。
<だから言ったではないですか。
“2次元の世界に入れる”と。
そうですね、こういう場合は私もこう言った方が良いですか?
“キャハハ、行くよ、勢大”と。>
そりゃ魂をハッキングするあの名作ゲームに出てくるヒロインじゃねぇか!と叫ぼうとしたが、ほぼ全身が粒子化されていたのか、俺は声を上げる事は出来なかった。
それでも視界はハッキリしたままで、自分がノートパソコンの画面に急接近していき、光の中に入る。
眩い光に目をしかめそうになるが、まぶたを閉じる事すら出来ないのか、それを見続けるしかない。
そうしてまばゆい光を越えると、先程画面で見ていた黒い背景のセキュリティ画面へとたどり着く。
(……何だこりゃ?ハリボテか?)
周囲を見渡すと、良くモニターに表示されるようななだらかな草原があり、そこにポツンと黒い板がおいてあり、そこに“パスワード:”という表示がされているだけだ。
振り返れば、ポッカリと空いた黒い空間が浮かんでいる。
<先ほどモニターに表示されているセキュリティ画面です。>
いやそれは解るわ。
こんなに簡単に入れたら、セキュリティの意味がなくねぇか?
試しに黒い板の脇を抜けてみようとすると……出来てしまう。
グルリと一周し、俺は元の位置に戻る。
いや、こういうのは俺と一緒に移動して、すり抜けは防止したりするんちゃうん?
<それだけここのセキュリティが甘い事を視覚的に象徴している、と考えてください。
それと、ある程度の書き換えが完了しています。
もう声も出せるはずですよ。>
『あ、あー、……あ、ホントだ。』
声が出せないという事に、地味にストレスを感じ始めていたから助かった。
少し安心すると、俺は周囲を見渡す。
地平線が見えるほどの草原が続いている。
<勢大、まずはこの空間を破壊してください。
あの技、百歩神拳で結構です。>
『お?あ、あぁ、まぁ何だか解らねぇが、やりゃいいんだな?
……シッ!!』
腰を落とし、左側を前にした中段の構えを取る。
かなり過去、異世界に飛び込む前に何度も鍛え定着させた技。
気体である空気を固体と認識し、その空間の空気を“押す”事により空間をずらし、百歩先のロウソクの火を消すこの奥義。
短く息を吐き、拳を押し出せば、過去に何度もやった通り問題なく空間を押し込む。
『お?ヒビ割れ?』
数メートル先の空間がバキリと音を立てると、突然何も無い空間にヒビが入る。
<これで問題ありません。
では勢大、あのヒビ割れを広げて先に進みましょう。>
言われるがまま割れた空間に手を突っ込み、掴もうとするとパラパラと風景が崩れ落ちる。
『どれどれ、次はどんな世界だ?』
空間に飛び込むと、薄暗い工場?の中のような無機質で、壁にも地面にも天井にも無数に配線が伸びている。
配線は透明なケーブルなのか、時々光がアチラからコチラへと通り抜けている。
『……何か、変な部屋だな。
でもまぁ、ここには何もなさそうだな。
次行っていいかマキーナ?
……マキーナ?』
<え?
……えぇ勢大、ここではなかったようです。
次へ向かいましょう。>
マキーナにしては珍しく歯切れが悪い。
何か感じ取るものがあったようだが、まぁ次に行って大丈夫なようだ。
同じ様に空間を割ると、次はまた草原のような場所だった。
ただ、最初の場所と違うのは、そこでは戦っている人間がいた、という事だろうか。
「そっち行ったぞ!」
「解ってる!オラッ!“シールドバッシュ”!」
「動き止まった!今よ!」
「オッケー!“炎の矢”!!」
見ていて一瞬、また別の異世界に転送されてしまったのかなと思ってしまった。
それほどに見慣れた光景であり、そして違和感を覚える光景でもあった。
剣と魔法の異世界も、それこそ嫌になる程渡り歩いてきた。
ただ、どの世界でも、倒された魔物が光になって消え、アイテムがその場に落ちている事は……いや、あったような気もするか?
とはいえ、そういった世界ともちょっと違う気がする。
<予定通り、ムービング・アナザーライン・クエストの中に入り込むことが出来たようです。
この世界における勢大の情報を修正しました。
目立たぬよう、それなりに強い装備一式に外観を変えます。>
俺の周囲に光が舞うと、先程までの髑髏の意匠は消え、全身鎧の様な格好になる。
視界の四隅に、体力や魔力などの各種パラメーターが表示される。
『おぉ!すげぇ!
何か強そうな感じのステータスじゃねぇか!』
<このゲームの基本的な上位職仕様に書き換えました。
これなら大抵の事は対応できる筈です。
まぁ、いわゆる不正能力ですね。>
何と便利な。
先程魔物と戦っていた人間達が、俺を見つけると声をかけてくる。
どうやら彼等は、何か目的があって俺のように“まだ全体と合流していない野良プレーヤー”を探していたらしい。
何を言っているのか良く解らないが、ついていけばきっと事情は解るか。
俺は彼等に着いていく事を快諾すると、彼等の言う“街”へと向かうのだった。
頭の何処かで、“人生初のチートプレイヤーごっこ”に心躍りながら。




