571:潜入
「入れない?何でだ?」
「ですから、本日は店内の改装工事のため、急遽閉店となりまして、大変申し訳ありませんが。」
ちょうどSOGAのゲーム施設に到着した時、若い男性と店員が押し問答をしている風景に出くわした。
例の学生達とは違うが、あの学生服はウチの学園の生徒だ。
「何でだよ?俺は中にいる……。」
「オイ、ここで何やってるんだ?」
俺が声を掛けると、学生は“やべっ”と小さく呟きその場から去ろうとする。
どうやら新任とはいえ、俺の事をちゃんと教師と知っていたらしい。
逃げようとする学生の首根っこを掴み、顔を寄せる。
「オイ、別に学校に言ったりはする気はねぇが、何があった?」
声を潜め学生に聞くと、学生はパッと顔を上げる。
「そ、そうなんだよセンセー!
俺、トモの奴に言われたんだ!
“何か出口がなくて出られない”って!
“助けてくれ”って!」
聞けば、学校終わりに彼の友人は先にこのゲーム施設に行っており、彼は家の用事を終わらせてからここに来ようとした時、SNSにそういった内容のメッセージが入ったらしい。
それ以降、どれだけメッセージを送っても既読になる事は無かったそうだ。
それで心配になり、急いで来たら閉店と言われ中に入れない状態であり、中にいた客達の事を聞いても“全員帰った”の一点張りだったという。
「なぁセンセー、トモの奴大丈夫だよな?
アイツの既読スルーなら良くある事だけど、既読にもならないのこれが初めてなんだよ。」
いや既読スルーはあるんかい。
心の中でツッコんでしまったが、心配そうにする学生を見て、時代の変化を感じる。
やはり今の時代、ちょっと連絡がつかないだけでも、こんなにうろたえるモノなのか、と。
俺の若い頃にこんな通信機器は存在しなかった。
何時にどこに集合で、それで事足りていた。
<勢大、まるで老人のような顔をしていますよ。>
マキーナに言われてハッと我に返る。
あぶねぇ、気持ちまで老け込んでどうする。
学生を離すと、ここは任せて気を付けて帰るように伝える。
「すいません、私、咲玉学園で教師をしている田園という者ですが、まだ帰宅していない学生がいまして、それがどうやらこの施設に行くと言っていたらしいので伺ったんですが、今日は閉店?なんですか?」
先程学生を止めてた店員に声をかける。
店舗のシャッターをおろしていた彼は、面倒くさそうにこちらを見る。
「え?あぁ、あそこの先生サンッスか。
オタクの生徒さん、面倒なガキ多いんで何とかしてくださいよ。
っつか、見てわかんでしよ?
もう閉店ッスよ。」
態度そのままに適当な対応をしながら、閉店作業を進めている。
多分、コイツにこれ以上話しても無駄だな。
「あー、そうですか。
まぁ、何かあったら通報してください。」
同じように適当に返し、店をぐるりと一周回る。
「どうだマキーナ、侵入できる場所はありそうか?」
<裏手の4階、そこの窓が開いていました。
恐らくはそこから侵入が可能です。>
店の裏手に回り見上げると、マキーナの指定する矢印が浮かんでいるのが見える。
「……一応聞くが、他の進入路は無いんだよな?」
<……?これくらいの高さ、それも凹凸のある建物なら、勢大であれば余裕かと思いますが?>
まぁ、そうなっちゃうよな。
マキーナから見れば、無数にある異世界の1つだもんなぁ。
剣と魔法の世界にある宿屋の2階に侵入するのも、遊興施設の4階に侵入するのも大した差はないよな。
どちらかといえば俺が、元の世界の倫理観に引っ張られているだけだ。
「まぁ、やるしかないよな。」
周囲に誰もいない事を確認し、地面を蹴って壁の突起に飛びつく。
近代的な建物だからこそ、木と藁ぶきで出来たような宿屋とは取り付く場所も体を支えられる突起も多い。
(やれやれ、まるで大盗賊の末裔にでもなった気分だな。)
音もなく壁を登り、開いている窓から中に体を滑りこませる。
<警告、結界のようなモノの内部に侵入しました。>
マキーナに言われる前にも、侵入した瞬間に感じた違和感。
全身の産毛が立つような、そして逆さに撫でられるような寒気と不快感。
(解ってる。
……こりゃ、あんまりよろしくない企業なのかもな。)
周囲を見渡せばここは物置なのか、古い筐体やら、良く解らない基盤が無造作に転がっている。
(荷物室か倉庫……って感じかな?)
極力物にぶつからないように、足音を立てないようにドア付近まで移動する。
薄くドアを開けると、誰かの怒鳴り声が聞こえる。
「はぁ?アナタそんな事も出来ないの!?
アタシもね、暇じゃないのよ!?
この後講演会も控えてるんだから!!
……子供?それがどうしたのよ?
何か適当に実験に使って、その内何処かに分散して捨ててくればいいでしょ!!
次のバージョンアップは来週なの!!
急いで頂戴!!」
女性言葉を使ってはいるが、その後ろ姿はどう見ても男性だ。
革ジャンにジーンズ、銀のアクセサリーをジャラジャラとつけて格好つけているようだが、頭頂部はやや寂しい。
一生懸命髪の毛を立たせてごまかそうとしているらしいが、その大きくて光る額が、髪をだいぶ後退させていることを物語っている。
「全く……どいつもこいつも使えない。
アタシの立場を何だと思っているのよ!!」
スマホらしき端末を乱暴にジャンパーのポケットにしまうと、その男は不機嫌そうに歩いていく。
コツコツとコンクリートの上を歩く足音が響いていたが、ゆっくりと遠ざかり、そして消えていった。
「……歩く歩幅やフォームから見て、あれはかなりの厚底だな。」
<勢大、今重要なのそれじゃないです。>
いや解ってるよ。
ただ町中であんなん見てみろ。
俺絶対吹き出す自信あるぞ?
そんな事をマキーナと口論しながらも、1つ1つ丁寧に部屋を見て回る。
ゲーム施設の筈なのだが、このフロアはどこかの企業、それも研究関連をやっているような空気を感じさせる。
俺が侵入した部屋以外、どの部屋も整頓されており、いくつかのPCが並べられたりもしている。
(鍵がかかってるな、ここ。)
そのうち、フロアの中央あたりで鍵がかかった部屋を見つける。
ご丁寧に物理施錠と電子施錠の両方だ。
<恐らくはサーバールームの類いかと思われます。
ここでなくとも、どこかで端末を使って侵入は可能です。>
なるほど、と思いながらも、やや不穏な単語に気付く。
「“侵入”ってお前、……いえ、マキーナさんがおやりになるんですよね?」
<おめでとうございます勢大。
念願の、“2次元の世界にダイブ”する事ができますよ?>
いや、そんな夢持った事ねぇわ。
思わずマキーナにツッコまずにはいられなかった。




