570:怪しい奴等
「じゃあ後は出してほしい課題がこれと……あ、後この、進路表も書いてくれるか?
どうやら君だけが出してないみたいでな。」
俺は目の前にいる、おとなしそうな男子学生に決められた課題と資料を渡す。
確かこの子の名前はセンジュ エイト。
例の林間学校の日も含めて、何かの病気で休んでいた子だ。
「おーい、エイトー、終わったかー?」
教室の扉が開き、複数の男子学生が侵入してくる。
「お前等、全く……。
今終わったところだ。
……センジュ君、課題は遅れずにな。
後、イジメられてる様ならすぐに言えよ?」
「センセー、そりゃヒドイッスよぉー。」
グループのリーダー格の男子学生が気さくに話しかけてくる。
確か名前はヤシオ トウマだったか。
ヤシオ道場とか言う剣道場の息子だったはず。
武道を嗜んでいるせいか、おどけた態度と違い身のこなしに隙はない。
仮に今俺が突然殴りかかったとして、反撃まではいかずとも躱すくらいはやってのけそうだ。
「少ない青春時代を、友好に使おうとしておりますので、ご安心を。」
生真面目そうな態度で俺に話しかける彼はアオイ キョウスケとかいう名前だったはず。
アオイ神社の一人息子、という変わった肩書なので、結構覚えやすかった。
「まぁ、俺はそんなに厳しい事を言うつもりはないがな?
最近は物騒な事件も多いと聞くからなぁ、あんまり遅くまで遊び呆けてるんじゃねぇぞ?」
「さすが先生、話が解る!
んじゃ行こうぜエイト!
もうヨシジとタマキはSOGAに向かってるらしいしよ!」
この3人、いや正確にはヤシオとアオイの2人は、例の扇動の件で最も怪しいとされている人物だ。
怪しい4人を含んだ5人組が仲良くどこかに遊びに行こうとしている。
こんなに解りやすく不自然な事もないだろう。
生徒達が去っていった後の教室で、書類をまとめる。
「……密偵モドキは気に入らんが、一度、真面目に調べるべきだろうな。」
<地図データと照合しました。
恐らく彼等はここから少し離れた“SOGAゲームス”という施設に向かうモノと推測されます。>
マキーナからの報告に“だろうな”と返す。
先程、ヤシオが言葉を発した時に一瞬だけ俺の方を見たのは解った。
アレは何かを期待した目だ。
すぐに後を追ってくる事か、或いは自分達が戻らなかった時の保険か。
その真意はどちらかは解らないが、“そういう事”を期待していたのは解る。
「……仕方ねぇ。
夜回りならぬ、夕方回り先生と行こうじゃねぇか。」
俺はため息と共に職員室に向かう。
やれやれ、面倒事の予感しかしねぇ。
[SO〜GA〜♪]
[SOGA井〜島駆郎〜♪SOGA井〜島駆郎〜♪SOGAウラヌスー、しまくろ〜♪]
職員室に入ると、つけっぱなしのテレビからCMソングが流れてくる。
最近発売されたゲーム機のCMのようだ。
他のゲーム機とは違い、パソコン回線と同じネットワークを使った、元の世界で言うオンラインゲームが出来る、最先端のゲーム機らしい。
元の世界ではありふれたハードだが、この世界ではSOGAという会社の独占技術らしい。
テレビをつければSOGAのCMが流れない時間はない、そう思えるくらいには発展している企業のようだ。
「……やれやれ、こんなのばっかりテレビでやって。
ウチのガキも今度の誕生日プレゼントにこれ欲しいとか言い出してるんですよ。」
「あぁ、おたくも。
ウチもそうなんですわ。
子供の頃から外にも出ずにこんなのばっかりで遊んで、大人になって、マトモな……。」
他の教師の会話から、ここが少し元の世界よりも文化が遅いのか?とも感じる。
カード式決済やら個人支給のノートパソコンや3D技術やらは当たり前にあるのに、ゲーム分野だけが妙に遅れているような違和感すら感じる。
<確認しました。
正式名称を株式会社SOGA技術研究開発、略称でSOGA技研と言うようです。
多国籍企業のようで、本社はここ日本、代表はヤマナミ・ナガレという人物のようです。>
さすがマキーナ先生。
これから調べようとした事を先回りして調べてくれていた。
<だから先生ではないと……いえ、もういいです。
ナガレ氏は24歳という若さにしてSOGA技研を立ち上げ、新技術にて業界参入、破竹の勢いで海外企業を買収して、ゲーム分野ではトップを走っているようです。
ただ、同時に黒い噂がいくつか検出されました。>
そりゃあそんな勢いのある会社だ。
妬み嫉みから悪い噂を立てる奴等もいるだろう。
労働条件とか最悪そうだしな。
<そちらは当然なのですが、不思議な事も数点。
何かオカルトじみた風習がある、や、人体実験に関する噂等があります。>
どうせゴシップ紙か何かのくだらんネタだろう、と思ったら、それなりにこの世界で権威がある機関からの報告らしい。
オカルトじみた風習に関しては詳細は解らなかったが、人体実験の方はいくつか記事があった。
(……“精神の転送”?)
その記事は、“精神を別世界線へ!?SOGAが挑む新たな挑戦!”というインパクトある見出しで書かれていた、それなりに部数が発行されている科学誌の記事だ。
読み進めてみると、精神とは電気信号に変換する事が可能であり、それは既存のネットワークだけでなく、別次元の並行世界へも転送する事が可能である、という様なオカルトを、大真面目に解説している記事だった。
(……これがゴシップ誌だったら、笑って済ます内容なんだがなぁ。)
ただ、もしかしたら記事としては不評だったのか、それ以降の記事が掲載されている様子はない。
<他にも、いくつか黒い噂を持つ組織がグループ内にあるようですが、その組織の情報は不自然なまでに確認出来ません。>
「“ムービング・アナザーライン・クエスト”、ねぇ……。」
マキーナの報告を聞きつつ、支給された個人端末でSOGAを調べる。
すぐに画面には、ここ最近の社会現象となるほど大人気となったゲームのタイトルが表示されていた。
直訳すれば“別の線への移動を探索する”とか、そんな意味だろうか?
ゲームとしては元の世界でよく見た箱庭タイプで、大まかな方針はあるが基本はそこにいるプレイヤーが自由に出来るという、何でもありのオンラインゲームだ。
これは家庭用ゲーム機とゲームセンター等の施設で遊べる用とで垣根がなく、一つの世界をマルチプラットフォームで遊ぶ事が出来るらしい。
まぁ、家庭用よりもゲームセンター等に置いてある筐体のほうが、より直感的で細かい行動が取れるなど、メリットが大きいらしい。
<この近隣にも、SOGAのアミューズメント施設はありますね>
言わずもがな、例の生徒達が向かう所だ。
「あ、お先に失礼します。
一応、遊興施設とか帰りに見回りしますね。」
「あ、田園先生お疲れ様ですー。
いやー、真面目ですねぇ。
そんな事ばかりだと疲れちゃいますからね、今度飲みにいきましょう!」
適当に挨拶をしつつ、学校を出る。
まぁ、こんなもんか、という感情を残しながら。




