56:シナリオテキストの外にあるもの
本来であれば、第三階層のボスを倒すと迷宮から脱出出来る転送陣が解放され、そこから地上に戻れるハズだったらしい。
なるほどね、だから後先考えずに大技をぶっ放してた訳か。
まぁこの世界、冒険者的なモノは無いから、それで別に困らないんだろうなぁ、と、第二王子の話を聞いていた。
ただ、現状第三階層はあの化け物に書き換えられており、地上への転送陣は消失していた。
とりあえず使えるか解らなかったが救援の鈴を使用したところ、ちゃんと通じた。
まぁ、あの化け物からすればそれを使われたところで、余計な存在は無限ループに陥るからどうでも良かったのかもしれんが。
俺の回復も終わり、リリィも意識を取り戻したので、最後の技のことを聞いてみたが、あまり覚えていなかった。
握りつぶされかけてからは、意識があるような無いような状態で頭に浮かぶイメージの通りに体を動かしていた気がする、と言うことだ。
もう少し詳しく聞こうともしたが、赤面されてしどろもどろで、今はそれ以上のことは解らなかった。
まぁ無理もない。
一時は死にかけていたのだ、これ以上はもう少し落ち着いてから話を聞くしかないだろう。
それ以上は特に何をするでも無く、その後リリィとサラは俺達から少し離れて何やら話していたのだが、騎士団が到着するまでの間、迂闊に周囲を探索して罠でも作動させたら危険だからと、全員固まって休息しようという事になった。
皆が何となく腰を下ろした所で、13号氏が周囲を警戒するといって立ち上がり、自然な風に剣を下げていない右腰に手を当てた。
だから俺も、自然にトンファーを抜き取り、サラ・ロズノワル嬢の顔前に突き出した。
「ひゃっ!?何をなさいますの!?」
「貴様!何をしている!」
王子達も慌てて立ち上がり、剣に手をかける。
そして、俺を除く全員が、トンファーの先に刺さっている投げナイフを見つめていた。
「いやぁ助かるよ、落としたナイフを拾っておいてくれてありがとう。
……でも、返す相手間違えてるよ?」
13号氏は即座に距離をとり構える。
少し前までぶっ倒れていたとは思えない、軽快な動きだった。
「何故私の目的がお解りに?」
ゆっくり立ち上がり、トンファーに刺さった投げナイフを抜き取り、ベルトに戻す。
「何だろうね?勘、かなぁ?
アンタ、皆が弛緩してるこの瞬間でも、妙に緊張してたからねぇ。
それと、いくら隠密行動が得意とはいえ、“暗殺職”の人を護衛には雇わないと思うんだよね。
その装備、王様の所のアレな事する部隊の人の装備なんでしょ?」
そこまできて、第二王子が何かに気付く。
「むっ?よく見れば確かに父上専属の特殊部隊の装備だが、見ぬ顔だな?
一体其方は何者だ?」
13号氏がクスクスと笑いながら両手を広げる。
その表情は何処か余裕がある。
「良いでしょう、冥土の土産にお教えしましょう。
私の本当の目て……。」
次の瞬間、俺は一気に間合いを詰めて、13号氏の鳩尾に爪先を埋める様に、順蹴りで蹴り込む。
「必殺!トンファーキック!」
スローモーションのように、口から吐瀉物を吐きながら倒れ込む13号氏の口に、トンファーの先端を突っ込む。
「な、何ふぉ……。」
「もう一度テンダレスなトンファーキック!」
素早く足を引き、同じ位置へ追撃の順蹴り。
そのまま地面に倒れ込む13号氏に、更に追撃を加える。
「ダウンからのトンファーキック!更にトンファーキック!オマケに追撃のシェルブリッ……トンファーキック!」
13号氏の意識を完全に飛ばし、彼が隠し持っていたワイヤーで手足を縛り、ハンカチで口に猿ぐつわをする。
奥歯に何か仕込んであるのが見えた。
その後、念のため手袋を取りブーツを脱がせ色々確認したが、こちらには何か仕込んである感じでは無さそうだ。
「その……、リリィの執事殿、そろそろ訳を説明いただけるとありがたいのですが。」
第二王子が何故か敬語でこちらにそう言ってくる。
「殿下、これは失礼を。
このような賊が、この状況で真実を話すとは思えませぬ。
ならば彼は我々を混乱させるような戯言をのたまい、そして自爆するのが関の山でしょう。
御身に何かあってからでは遅いと思い、このような手段に出ました。
火急の件にて失礼をば。」
超ドヤ顔でそう説明すると、“いやそれもそうなんだが、トンファー使ってないさっきの技とかも……”とかゴニョゴニョ言っていたが、俺の圧に負けたようで、狼狽えながらも感謝の言葉を言っていた。
よし!大体上手くいった。
今言ったのも本心ではあるが、13号氏が帝国の回し者で、下手にリリィの素性をバラされでもしたら面倒だ、と言う思いもあった。
後はそれなりにイケメンだった13号氏のドヤ顔に腹が立ったのもあるが、それはまぁ些細な事だ。
その後無事に騎士団が到着し、事情は第二王子が騎士団長の息子のアルフレッドを通じて説明がなされた。
13号氏はまだ気を失っているが、狸寝入りの可能性もあるため厳重に捕縛され運ばれていった。
リリィも回復したとはいえ瀕死の体験をしたからか、疲れて眠ってしまっていた。
三馬鹿だけならず騎士団長の息子のアルフレッドまでもが、自分がリリィを運ぶ!と主張したが、保護者兼執事と言うことで俺が背負っていくことにした。
誰がウチの娘をお前等に触らせるか!
そんな一悶着を終え、前を騎士団、真ん中にリリィを背負った俺とサラ嬢、後ろを第二王子達という隊列で帰り道を歩く。
サラ嬢はリリィの頭を撫でていた。
内緒の話が出来るのは今くらいだろう。
「第一の死亡フラグはへし折った、って事で良いのかね、これ。」
穏やかだったサラ嬢は、真剣な顔に戻る。
「恐らくは、ですが。
でも、ゲームでは解らないことが起こりすぎてますわ。
この迷宮イベントだって、本来のゲームではリリィの攻略対象キャラの格好いいシーンを、サラが影から見て惚れてしまうイベントスチルが一つ。
怪我を負った対象キャラが肌を露出させて、リリィに回復してもらうシーンを見てサラが嫉妬してしまうという、ちょっとエッチなイベントスチルが一つ入手できるだけ、ですのよ。
ついでに結末は“第三階層のボスは手強かったが、(攻略対象)の活躍で切り抜け、その勇姿はリリィの心に深く刻み込まれていた”という一文だけだったはずですもの。」
真剣な表情でゲームの話題を話していることが何となく面白くなり、“ではお嬢様、どなたかに嫉妬されましたかな?”とふざけて聞いたところ、“中身は27+8年ですよ?16歳の子供にときめいたり嫉妬したりするわけ無いじゃないですか!”と、怒られてしまった。
口調まで変わったその変化に、思わず笑ってしまった。
「あぁでも、嫉妬はしたかも知れませんね。」
「へぇ?そりゃ一体どなたで?」
先程の話で三馬鹿に嫉妬する要素は感じなかったが、俺が知らないときに何かそう言うイベントでもあったんだろうか?
チラと振り返りサラ嬢を見ると、優しい表情でまたリリィの頭を撫でていた。
「格好良かったですよ、お父さん。」
意表を突かれた。
そう言えば、散々アレコレ叫んでたなぁ。
“よせやい”と言いながら、恥ずかしくなって前を向く。
「生前の私の父は、以前お話しした様な人間でした。
転生してからの父は、公爵家の仕事で忙しく殆ど顔を合わせたこともありません。
だからあの時、本気でリリィを羨ましいと思いました。」
この世の中は正解の出せない問題ばかりだ。
ゲームのように、選択肢が出てくれたならどれだけ楽だろうか。
今この瞬間、この子を勇気づけられる正しい答えがあるなら、誰かに教えて貰いたいくらいだ。
「俺は、こうなる前に子はいない。
だからちゃんと子育てをしたことはない。
前世の君のお父さんは、確かに少し辛い人だっただろうが、その中で君をちゃんと育てたお母さんには尊敬の念しかない。
それは、今世の君を育てた公爵家のご両親にも言える。」
サラ嬢を改めて見る。
真剣な、しかし氷のような表情に見える。
「前に言ったとおり、今は成り行きでこの子の面倒を見ている。
それが成り行きだと言うならば、一人も二人も大差ない。
何かあれば頼りなさい。」
「いつの日か、いなくなるのに?」
感情のない声。
この子の胸にある暗闇の部分が、垣間見える。
それでも、一緒に暗闇に堕ちてやるほど、俺は優しくも無い。
「あったりめぇだろう?
子は親から巣立つモンだ。
“いつまでも、あると思うな、親と金”、っつってな。
昔から言われてんだろうが。」
少し驚いた表情の後、サラ嬢が笑う。
心からの笑顔だった。
「うん、君はそっちの方が良い。
君の笑顔はあれだ、咲き誇る薔薇だ。」
ちょうど迷宮が終わり、出口から日の光が差し込む。
やれやれ、やっと帰って来られた。
立ち止まる俺を、サラ嬢が追い抜かす。
「ちょっと頼りないですが、期待してますわね、お父さん。」
追い抜かし際に、薔薇の様な笑顔と共にそう告げられる。
リリィを背負いながら、苦笑いを浮かべて立ち尽くすしか出来なかった。




