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異世界殺し  作者: Tetsuさん
光から呼ぶ声
569/832

568:どこかで見た名前

本日より再開いたします。

「きりーつ、気をつけー。」


椅子がガタガタと騒がしい音をたて、数十人の生徒が一斉に立ち上がる。

彼等は俺を見ながら、学級委員の号令を“早くしろよ”と思っているのだろう、退屈そうに待っている。


「礼っ!」


散々溜めた学級委員の子が、そう号令をかけると、衣ずれの音と共にバラバラとお辞儀する。


「最近この辺物騒らしいからな、皆気を付けて帰れよー。」


俺の言葉を聞いてか聞かずか、そのまま荷物を鞄に詰めて皆いそいそと帰路につく者、雑談を始める者、部活へ向かう者と様々だ。

“やれやれ、まぁこれくらいの年齢ならこんなもんか”と遠い目をしながら子供……といっても相手は高校生だが、まぁ俺から見れば子供でいいか、彼等の楽しそうな空気を横目に教室を出る。


我ながらどうしてこうなった、という気がしなくもないが、俺は今高校で教師をしている。

もちろんモグリ……とはいえ、マキーナの偽造と知識を使っているのだ、その辺の教師に比べても見劣りしないレベルの平凡さにはなっている。


「先生―、ちょっと教えてほしいんですけどー?」


職員室に向けて廊下を歩いている最中、生徒に呼び止められる。

善良な教師なら、ここで立ち止まるべきか。


「ん?なんだい?」


内心では“面倒くさいな”と思いながらも、俺は笑顔で振り返る。

声をかけてきた生徒を見て、俺はほんの少しだけ気を引き締めた。






「よっと、周辺状況、ついでに不正能力(チート)関連はどうだ?マキーナ?」


<どちらもオールグリーン。問題ありません。>


マキーナの言葉に少し安心し、俺は周囲を見渡す。

俺が降り立った場所は、周囲は薄汚れた雑居ビルに囲まれていて日陰になっているせいもあるが、薄暗い。

地面を見ればコンクリートに舗装されているが割と古びており、ひび割れも目立つ。


「何だ?また元の世界に近い感じだな?

……もしかして、また生ける屍的な奴が出てくる世界じゃないだろうなぁ?」


恐る恐る物陰から顔を出し、周辺を見回す。

以前の恐怖が頭をよぎるが、今回はそうでは無い様だ。

どこかで事故が起きているわけでもなければ、建物から煙が出ているわけでもない。

普通の街並み、普通に車が通り、普通に人が歩いている。

普通であることがどれだけ嬉しいか。


「なぁマキーナ、実は元の世界に戻ってきた、なんて事は流石に無いよな……?」


<誠に残念ながら、そういう幸運は存在しない様です。

あちらの看板の地名をご確認ください。>


マキーナに指示された方角を見ると、道路の上に青い看板が有り、白い文字が見える。


(……さきたま市、か。)


聞いたことのない地名、市だ。

少なくとも元の世界でも、これまでの異世界でも聞いたことはない。

多分、ここ独自の地名の気がする。


(……って事は、“オリジナルに近い世界”なのかも知れねぇなぁ。)


どこかで聞いた、異世界の複製。

世界が劣化すればするほど、修正出来る範囲や条件が狭まる。

あの神を自称する存在が異世界を無数に作り出している最中に、失ってしまったとされるオリジナル、言わばベースとなった異世界。

オリジナルに近い複製世界であれば、こういう風にかなり細部まで修正がかかっている。

ここがベースとなった異世界と断定はできないが、かなりベースに近い異世界である事は間違いない。


「おぅ、お兄さん、そんな所に突っ立っているなら、何か買ってくれないか?」


周囲を見渡していると、不意に下から声を掛けられる。

目線を下げると、どう見てもホームレスのような汚い風貌の男が、地面にビニールシートを敷いて雑誌を並べている。


それを見て、あぁ、まだこんな人いるんだなぁ、と遠い目をする。

駅のゴミ箱や入場券だけで環状線に乗り込み、網棚に捨てられた雑誌などを拾い集め、駅近くで販売するホームレス。

元の世界ではゴミ箱に細工をするなどしてそれらを撲滅してしまったので、もう見なくなった風景だ。


「なぁ、にいちゃん、さっきからそこに突っ立てて商売の邪魔なんだ、何か買ってくれよ。」


凄い言いがかりだが、ふと“有用なのではないか?”と並んでいる雑誌類を見る。

本日発売らしき漫画雑誌、少しアダルトな漫画雑誌、全国版の新聞紙、このさきたま市の地方新聞紙……。


「今手持ちないんだけどさ、このキャンディバーとその地方紙交換しない?」


久々に転送先が元の世界に近かったからか、鞄をしまっていなかったのだが、今回はそれが功を奏した。

鞄の中を漁ったら、底の方に一本で満足できる高カロリーのキャンディバーが転がっていたのだ。


……ちょっとだけ、最初にこれだけ抜き取っておけば、これまでの世界で一回だけは食事問題が解決したんじゃないか、と頭を抱えそうになった。

まぁ、たった1食分がどうこうなったところで、あまり役に立たない世界ばかりだったな、と思い直し、凹みかけたテンションを元に戻す。


「ん~、……まぁ、今腹減ってないんだけどなぁ。

しょうがない、それでいいよ。」


ホームレスの男はどう見てもこれを食べたくてしょうがない表情をしていたが、値を吊り上げようとしたのか興味ないそぶりを見せる。

ただ、俺も俺で元営業だ。

その程度の駆け引きに揺らぐ事はない。

ホームレスの男が興味ないフリをし始めたところで、“仕方ないな”という顔をしながらキャンディバーをしまおうとする。

どうやら一瞬で決着はついたようで、ホームレスの男は言い終わる前に前言を撤回してくれた。



「へへ、まいどあり。」


前歯が抜けた歯を見せつつ笑顔を作るホームレスの男に適当な返事をしながら、地方紙を持ち上げてその場を去る。


地方紙を開こうとしたとき、間に封筒が挟まっている事に気付く。

封筒を開いて中を覗くと、免許証カードのようなものが入っていた。


(……松坂(まつざか) 斬布(きりふ)さんねぇ。不用心だなぁ。)


何か引っかかる、変な名前だなぁと思いつつも、免許証を眺める。

どうやら高校教員用の免許の様だ。


<その身分証は使えそうですね。>


マキーナがすぐに反応する。

ゼロから身分を偽造するのはかなりの困難だが、あるものを改変するのはマキーナは簡単にできる。


「変な風に改変して、いつかご本人様とバッタリ、なんて事は勘弁してくれよ?」


<お任せを。>


マキーナがそういうと、黒い靄のようなものが俺の手にある地方新聞ごと包み込み、吸収する。

しばらくすると、俺の手元に黒い靄が集まり、先ほどの教職員免許カードが、俺の名前と顔写真になって出現する。


「え?俺教職員になるのか?」


<ええ、そういうカードですから。

先ほど吸収した地方紙で、ちょうど高校教師を募集している求人を見かけましたので申請しておきました。

明日、面接に行きましょう。>


しれっと凄い事してやがる。

俺は天を仰ぐと、松坂氏には何も起こらなければいいなと祈るばかりだった。

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