567:ファースト・パーソン・シューティング
「お、お前!!
その……、体は大丈夫なのか!?」
夢中になって前進しながら銃を撃つロクを追いかけながら、俺は疑問を叫ぶ。
「あぁ?そんなもん当然でしょ!!
少し放っておけば自動回復するのは当然なんだから!!」
ゴメン、何言っているのか全然解らない。
銃弾喰らって腹の中身を撒き散らした奴が、数秒後にピンピンしながら俺の前を走り抜けて銃を撃つ、それの何が当然なのかをおじさんに解りやすく説明してくれ。
後ろ姿で観察したロクは、衣服や装備は確かに大きな穴が開いていて赤黒い血がこびりついているが、そこから見える肉体には傷一つない。
ほぼ致命傷で重傷だった傷は、傷跡どころか綺麗さっぱり無くなっている。
(転生者で確定か……。)
再生能力という修復能力は、ファンタジー色が強い異世界でも、希少ではあるがそれなりに見受ける事がある能力だ。
でも、こういった世界観を持つ異世界では、その手の能力は見たことがない。
まるでゲームの中の登場人物のような能力だ。
「クソッ!!
時間が足りないから!!
セーダイも早く!!」
何故か時間を気にしながら、ロクはトーチカの砲撃が届かない死角を器用に走り抜ける。
何が何だか解らないまま、追いかけようとした俺の肩に何かがべチャリと落下してくる。
「……泡?」
真っ白な、とても綺麗な泡だ。
最初は雪とか、何かの兵器なのかと思ったが、ジュワジュワと音を立てて泡が弾ける事と、俺の服を濡らす以外は何の特徴もない、本当にただの白い泡だ。
「あぁ!?時間が!?」
またロクが騒ぐ。
ロクの方を見ようと顔を上げれば、泡の塊が、それこそ雪のように降り注ぎ、少しずつ地面もトーチカも、そして倒れている人間達も覆い出す。
死の恐怖を感じていた砲撃の音も、段々と遠雷のように遠く感じ始める。
「……なんだ、これ?」
もうここまで来ると、現実感なんてものはとっくに消え失せている。
ただ立ち尽くし、次々と白い泡が大地を埋め尽くす様子を、呆けながら見ていた。
「クソッ!!
今回はゲームオーバーかよ!!
んだよ今回の味方!!
マジでカスしかいなかったじゃねぇか!!
俺は負けてねぇ!負けてねぇからな!!
その証拠に、お前等を屈伸煽りで煽るくらいは出来るんだからなぁ!!」
遠くでまた、ロクの悲鳴に似た叫びだ。
見るとほぼ白くなりかけた景色の向こうで、何か一生懸命銃を構えたまま屈伸している。
その姿は場違いで、酷く滑稽だ。
そう思った俺の視界を、泡が塞ぐ。
音は消え、何も映らない。
泡が目に入ったのかと思ったが、痛みはない。
ただ立ち尽くしていると、真っ白だった地面に、縦横の緑の線が走る。
まるで原稿用紙のグリッド線の様に規則正しいそれが広がると、少しずつ線は遊上、立体的になる。
立体化した線の間の白い部分に色が乗り始め、緑と茶色の大地が精製される。
その大地からまた別のグリッド線が伸びると、人の形を作り出す。
トラックや戦車、更にはトーチカ郡もだ。
最後に空が灰色に塗り潰され、そして音が戻る。
「突撃!突撃!!
総員!怯むな!突撃せよ!!」
突然、俺の後方から野太い怒鳴り声が聞こえる。
驚き振り返って遥か後方を見れば、カイゼル髭を蓄えた太っちょの将校殿が、軍刀を振り回しながら俺達に向かって怒鳴っている。
ここまで聞こえてくるのだから、近くにいる奴等は相当うるさいだろう。
「……はっ?えっ?」
俺は、状況についていけずにいた。
「おいセーダイ、そんな所でバカ面して突っ立ってるなよ!
頭を撃ち抜かれるぞ!!」
誰かが怒鳴り、俺の服を引っ張り屈ませる。
「……おい、突撃バカがまた何か騒いでるぞ?」
「アイツ流れ弾にでも当たって死なねぇかなぁ。」
そんな俺にはお構いなしに、まわりの仲間達はあの太っちょ将校の事をぼやき、悪い冗談に釣られて皆でクスクス笑う。
「よぉしお前等、偉大なる突撃バカ様が騒ぎすぎて酸欠になる前に、もう少し前進するぞ。
手投げ弾用意!!」
小隊長の怒鳴り声が聞こえる。
「おい、大丈夫かよセーダイ?
早く手投げ弾準備しろよ。」
ロクが俺の顔を覗き込む。
「お、お前、……これは一体、どういう事だ?
何だこれ、……現実じゃないのか?」
俺が驚愕の表情でロクを見ると、最初は何の事を言っているのか解らない風だったが、俺の目を見てため息をつく。
次の瞬間、世界が止まる。
比喩表現でも何でもない、本当に止まったのだ。
飛び交う銃弾は空中で静止し、砲弾で跳ね返る土砂も王冠のような形のまま止まる。
駆け出した兵士達も、当然そのままだ、
音のない世界。
「あのさ、セーダイさんだっけ?
アンタも転生者なんだろうけどさ、ゲームに没頭しているのに“現実じゃない”とか冷める様な事を言うのは、ちょっとマナー違反じゃない?
マジ萎えるんですけど。」
知るかそんなマナー。
ただ、これはチャンスだと思い、俺の素性や目的を早口で話す。
「……はーん、異邦人ねぇ。
……って、嘘!この世界サ終する可能性あるの!?」
サ終……あぁ、サービス終了の事か。
リアルな異世界なのだから“サービス”とはちょっと違うんじゃないかとは思ったが、ここでそれを言っても拗れるだけか。
「あ、あぁ、そうだな。
お前を転生させたヤツは、少しずつこの世界からエネルギーを押収し続けている。
それを繰り返せば、遅かれ早かれ崩壊をす……。」
「マジで!?大問題じゃん!!
いいよいいよ、権限でもなんでも渡すからさ、サッサとメンテして崩壊しないようにしてよ!!」
次の瞬間、俺の目の前に世界のステータスを表示したウィンドウが現れる。
それを見たロクが“すげぇ、マジでデバッガーだったんだ”と、またも良く解らない発言をしている。
<勢大、すぐにでも接続を切りますか?>
「……あぁ、面倒だから、もうそれで良い。」
マキーナも、俺の様子を見て“この世界から(転生者の助けになるような事はしないで)すぐ立ち去るか”と聞いてくれる。
「これでもう安心なんだな?アンタはどうする?
もう一戦やっていくか!?
それとも、別戦区の戦いとかやってみる!?
マジで最高なんだよここ!!」
ロクは楽しそうに俺に話しかけてくれるが、正直俺はもうお腹いっぱいだ。
今もまだ、聞いてもいないのにこの戦場の素晴らしさを矢継ぎ早に語ってくれている。
「あ、あー、そうしたいのはヤマヤマなんだが、神を自称する悪いやつとの接続を切ったら、俺はまた別の世界に転送されちまうんだ。
……ところで、君はこのままで良いのか?
なんなら戦争のない平和な世界とか……。」
「冗談じゃないよ!!
このリアルFPSは最高だね!!
もう300年は戦っているけど、定期的に色んな世界にアップデートされるから、全く飽きが来ないもん!!
もういい?早く続きやりたいんだよね!!」
俺が頷くと、世界はまた動き始める。
ロクは、いや、本当の名もわからぬ彼は、他の仲間と共にまたトーチカ郡目指して駆けていった。
<……宜しいのですか勢大?>
「……宜しいもクソもねぇよ。
本人がアレだけ楽しそうなら、水を指すのもかわいそうってモンだ。」
マキーナもそれ以上何も言わず、静かに転送を開始する。
この世界に飽きてるならまだしも、300年やってもまだ楽しいと言うなら、それはもう本物なのだろう。
ならば、楽しい夢の中にいるのも、本人の為だろうさ。
そう呟くと、俺は光の粒子に包まれた。
年内の投稿はここまでとなります。
次回再開は少しお時間いただきまして、1月10日(水)の午前2時アップになります。
皆様、良いお年をお過ごしください。




