566:プレイヤーは知らない戦場に降り立つ
「弾着ぁーーくっ!今っ!!」
「何だよこのメモリ!!
これだから王国式は使えねぇんだよ!!」
観測手が角度修正を伝える中、俺達は調整に四苦八苦していた。
まず、敵である王国の文字を読めるのが俺しかいない。
そして、王国と帝国で長さの単位が違うのだ。
元の世界風に言うなら、メートル法とポンドヤード法レベルの違いだ。
そのため、観測手は帝国基準でこちらに伝え、俺達は王国のメモリを弄って間接砲撃をする。
そのため、中々命中弾が出せずにいた。
「おい!セーダイ、まだ当てられないの!?」
ロクがイライラするのは解るが、こっちもイッパイイッパイだ。
“ならお前がやれよ”と言いたくなるが、身分は奴の方が上だ。
反論も出来ずにもたついていると、流石に痺れを切らしたのか、ロクがこちらに近付いてくる。
「……んだよ、今回の味方はマジで使えねぇ。
邪魔だからどけよ!!
迫撃砲ってのは、こうやって当てるんだよ!!」
何か変な事を言われたような違和感があったが、ロクの手際の良さに驚く。
まるで何年も使い慣れた武器かの様にメモリを動かすと、榴弾を放り込む。
「命中!命中!敵トーチカ、1基沈黙!!」
観測手が叫ぶ。
ロクが放った榴弾はモノの見事に、いや、少し出来すぎている位に致命弾となった。
コンクリで四方を固めたトーチカにある、唯一の弱点。
砲を動かすためにどうしても必要な、横一文字に空いた銃眼、そこに榴弾を滑り込ませ、内部で爆発させたのだ。
狙ってやったとしたら、それはもう神業のレベルだろう。
「ホラ!何してる!!
相手が体制を立て直す前に前進して!!」
ロクが怒鳴ると、俺達も我に返ったように自分の役目を思い出し、塹壕から飛び出て前へ駆け出す。
しかし聞いていて、ロクの口調に妙に違和感を覚える。
冷静な時はそれなりに年相応の話し方だったが、徐々に興奮状態になったからか、幼かったり乱暴だったりと、不思議な話し方だ。
そんな事を思いながら上を見上げる。
複数あるトーチカ群は、正面には全ての火力を叩き込めるように配置されているが、それ以外の死角は各トーチカが互いを補い合っている状態だ。
なら、1基でも破壊されればそこに死角が生まれる。
俺達はそこを見極め、必死に駆ける。
他のトーチカから激しい機関銃の音、更には破壊されたトーチカに走る敵兵の姿も見える。
向こうも必死だ。
何とか攻撃されたトーチカに人を送り、取りつかれない様に防衛しようと抵抗してくる。
「オイ!まっすぐ行くのはダメだ!!
もっと左側から迂回するように前進して!!」
誰かの怒鳴り声が聞こえる。
正面には上り坂ではあるが土埃が立ち込めており、しかも地形もやや複雑で墜落した飛行機や撃破された戦車の残骸もある。
他方、俺から見て左側は、確かに稜線らしきものはあるが、見晴らしがよく障害物などは何もない。
どう見ても安全なのは正面で、左側に行くのは死にに行くようなものに見える。
ただ、こういう時に聞こえた言葉は割と無視できない。
“俺の視点からは安全そうに見えても、誰かの視点から見ると危険”な事はザラにあるからだ。
まぁ、その逆もあるが。
とはいえ、なんとなく“この声には従った方が良い”と直感で感じた俺は、すぐに進路を変えて左手に迂回する。
俺と一緒に破壊されたトーチカに向けて走っていた仲間は、皆躍起になっていたのかまっすぐ走り、斜面を駆け上がる。
「あっ!?バカ!!」
迂回している最中、ロクの叫びが聞こえる。
どうやら先ほど叫んだのもロクだったらしい。
斜面を駆け上りだした仲間達は、しかしその進軍スピードがすぐに遅くなり出す。
それはそうだ。
結局のところ複雑な地形、多数の障害物、そして上り斜面。
それらに足も体力も奪われ、まるで止まっているのと変わりない進軍速度になる。
そうして土埃が晴れると、近くにあるトーチカの方針と無数の銃口が仲間達に向けられてた。
「撃ぇ!!」
トーチカの砲身が火を噴き、即座に着弾した榴弾は周囲の障害物を吹き飛ばし、隠れようとした仲間達を次々と引きちぎる。
ダメ押しに電動のこぎりのような機関銃の音が響き、かろうじて息のある奴も次々とバラバラになっていく。
小さな爆発と共に、仲間達がいた所に粘つくような炎がまき散らされる。
確か対防御陣地用に、火炎放射器を背負っている奴もいたはずだ。
それに引火したのだろう。
生き残っていた数人も、それに巻き込まれたのか悲鳴が上がり、人型をした炎が砲弾の煙の中から飛び出してきて踊り狂う。
炎を纏って踊り狂っていた彼は、慈悲深い敵の銃弾でこと切れると踊りをやめ、パタリとその場に倒れ伏していた。
それを見ながら、あの死に方だけはしたくないと生唾を飲む。
「クソッ!何だよ、今回はマジで外れ回じゃん!!
noobはこれだから邪魔なんだよ!!」
仲間の死を悼むわけでもなく、ロクは暴言を吐く。
イライラした態度を隠すこともなく、稜線を雑に進み始める。
「オイ、ここまで戦ってきた仲間だろう。
そんな言い方は……。」
文句を言おうとして、銃弾の嵐が周囲を襲う。
思わず頭を下げて稜線の陰に隠れるが、ロクは一歩だけ動きが遅れた。
次の瞬間、銃弾がロクの腹部を貫く。
俺自身のアドレナリンからだろうか、周囲の時間がゆっくりと流れ、まるでスローモーションのようにロクが倒れる。
「ロク!ロクッ!!」
叫んだところで傷が治るわけじゃない。
倒れながら稜線の向こう、敵からも俺からも見えない位置に倒れていったロクを助けようと飛び出しかけるが、マキーナから警告を受けてすぐに身をひそめる。
身を潜めた瞬間、甲高い音とはじける土が、先ほどまで俺がいた位置で音楽を奏でだす。
「クソ……、クソッ!!
どうすりゃい……いや、どうこう言ってもしょうがねぇ、やるしかねぇんだ。」
身をひそめながら、小銃の弾薬を確認する。
ちゃんと装てんされている。
コッキングして薬室に弾を送り込むと、地面に伏せた状態で銃口をトーチカに向ける。
<アシストは必要ですか?>
「……いらねぇよ、と言いたいが、頼むわ。」
トーチカから伸びた砲身がこちらを向く。
マキーナのサポートで、砲身の内部に弾が命中するようにアシスト、ついでに、砲撃される瞬間に弾丸をぶち込む。
<命中しました。敵トーチカ、追加でもう1基撃破です。>
これでこちら側はほぼトーチカの死角になった。
後は歩兵だけに気を付けて進めばいい。
見てろよロク、俺が仇を……。
「すげぇじゃんかセーダイ!
これならここも攻略できるんじゃねぇか!!」
え?
え?
驚いて振り返ると、笑顔のロクが中腰で立っている。
「何してるんだ!?
敵は爆発ダメージで動きが止まってるから!!
今が好機だ、早く来て!!」
思考が止まった俺を無視して、ロクは前進する。
何を言われているのか解らないまま、俺はロクの後を追っていた。




