565:伝説の最先端
「何をしている!!
誰もこんな所で遊んでていいと命令を出した覚えは無いぞ!!」
はるか後方で中隊長の怒号が聞こえる。
どうやら後発の中隊長部隊も追いついてしまったようだ。
「今日中にトーチカ郡まで取り付くのだ!!
何を昼寝している!!
突撃!!突撃ィ!!」
「仕方ねぇ。
ロケットランチャー持ち!それぞれ照準準備!!
スモーク炊いたら、予め狙った所にブチ込め。
ブチ込んだら残りは突撃だ。
ちゃんと着剣しておけよ?
……よし、行くぞ!!」
中隊長の怒号を受けて、小隊長はすぐに指示を下す。
スモークの煙が広がりだしたのを合図に、ロケットランチャーを持っている奴等が一斉にそれぞれ撃ち始める。
「今だ!!」
慌てて着剣しながら、俺は煙の中を無我夢中で走り出す。
俺の周りに、いくつもの“質量を持った何か”が風切り音と共に通り抜けていく。
たまにくぐもった悲鳴とともに、誰かがドサリと倒れる音も聞こえてくるが、今は振り返れない。
足を止めれば、俺も仲間入りしてしまう。
そんな確信とも、強迫観念ともつかない何かが俺の頭の中を埋め尽くしていた。
「取り付いたぁ!!」
白煙を抜け、敵がいる塹壕に飛び込む。
飛び込むその瞬間、敵兵と目が合う。
俺を狙おうと持ち上がる小銃。
眼前に迫る銃剣の先を見る、絶望の表情。
開きかけた口。
全てがゆっくりと進む中、絶望と驚きが混ざった敵兵の表情が俺の目に焼き付き、そして銃剣が突き立つとその表情のまま固まる。
仰向けに倒れる敵兵の死体を踏みつけ、銃剣を抜く。
そのまま銃口を持ち上げると、理解が追いついていない隣の敵兵も撃ち抜く。
「て!敵兵が取り付いたぞ!!
レディスパイダーに報こっ……!?」
俺を見て逃げ出そうとした敵兵を、ロクが仕留めていた。
レディスパイダー?向こうの名前持ちか何かか?
「セーダイ、大丈夫か!?」
ロクも戦場においては性格が変わるのか、その語気は強めだ。
まぁ、階級的な立場もあるからな。
戦場で部下に敬語など使っていられないだろう。
「大丈夫であります!
それよりも敵の呟きが気になりますが!」
こちらもそれなりの言葉遣いになりつつ、気になる事を聞いておく。
ロクが転生者なら、それなりの情報を持っているのではないか、とも思うからだが。
「レディスパイダーか……。
我軍もその情報を完全には掴んではいないが、何でも最近頭角を表した凄腕の女指揮官らしい。
まるで未来を見通しているかのような兵の配置と勇敢な戦い方で、我が軍を何度も追い込んでいる、エース級の兵士だ。
この戦場にいるとは……、厄介だな。」
アレ?これロクが転生者じゃないのか?という疑問が頭に浮かぶ。
今聞いた特徴、例えばここが何かのゲームをモチーフにした世界だとしたら、先を知っていて当然だ。
ならばそれは、“未来を見通しているかのような”という表現になってもおかしくない。
「また敵軍かよ……。」
ここまでは順調だと思えたこの異世界。
ここに来てまさかの最難関の問題にブチ当たるとは。
転生者が敵軍にいると、本当に面倒だ。
そもそも接点が無い。
敵側の、大抵はエースになっている人間と交流するのは、毎回困難を極める。
投げ出したくなるが、そうもいかない。
(……いや、まだそうと決まったわけじゃ無いしな。)
まだロクが転生者という可能性も、転生者が二人以上いる可能性だってある。
諦めるのはまだ早い、……というか、諦めた所でやる事は変わらない。
そんな事を考えている俺の耳に、野太い男の叫びが聞こえる。
「突撃!突撃!!
総員!怯むな!突撃せよ!!」
俺の後方から野太い怒鳴り声が聞こえる。
振り返って遥か後方を見れば、カイゼル髭を蓄えた太っちょの将校殿が、軍刀を振り回しながら俺達に向かって怒鳴っている。
ここまで聞こえてくるのだから、近くにいる奴等は相当うるさいだろう。
俺は鉄カブトを被りなおし、敵陣地を睨みながら顎紐を締める。
「……おい、突撃バカがまた何か騒いでるぞ?」
「アイツ流れ弾にでも当たって死なねぇかなぁ。」
まわりの仲間達がぼやき、それに釣られて皆でクスクス笑う。
余計な事を考えている暇はない。
まずはその“レディスパイダー”とやらに遭遇するためにも、この作戦を遂行しなければだろう。
何、相手がこの戦場にいるなら、不意の遭遇は有り得る。
小隊長の号令と共に、俺も手投げ弾を投擲すると、爆発に合わせて塹壕を飛び出して駆け抜ける。
相手は蜘蛛の巣のように何重もの塹壕線を引いている。
爆発物を投げては進んで塹壕を制圧し、また前に進む。
流石に疲労が蓄積してきたと感じたところで、小高い丘にコンクリートで出来た豆腐のような建物がいくつか見えた。
「セーダイ、ここまで生き残ったか。」
声をかけられた方を向けば、同じく疲れた表情のロクがいる。
辺りを見渡せば、10人程度の味方の姿。
皆、疲労困憊となりながら塹壕の中で束の間の休息を取っている。
「航空支援は!?火力支援はどうなっている!?
こっちは分隊レベルの人数しか残ってないんだぞ!!」
ロクの背中越しに、小隊長が無線機に怒鳴っているのが聞こえる。
たまたまこの塹壕に辿り着いたのがここにいる奴等、という訳ではなく、どうやら本当にここにいる奴等以外はやられた、という事か。
しかも小隊長の怒鳴り声から察するに、これ以上の支援は望めないのだろう。
「セーダイ、その辺の死体やら何やらから、使えそうな武器と弾薬を集めよう。」
ロクも何かを覚悟したのか、周辺に転がる敵兵の死体から手投げ弾や撃てそうな銃、その弾薬を集め出している。
「解った。
…そういや、さっき突撃している時に、何か木箱みたいのを見かけたが。」
「何!?
マジか、ドロップボッ……あぁいや、敵の物資集積所かも知れねぇから、ちょっと見に行こうぜ。」
ロクは何かを言い淀んでいたが、爆発音が響いてよく聞き取れなかった。
たたまぁ、何か集積している場所なら、武器になりそうなモノがあるかも知れない。
「……コイツは、まだ俺達にもツキが残っていそうだな。」
俺が目撃したポイントに二人で向かうと、塹壕の中に少し広く掘られた場所があり、そこには木箱がいくつか積み上がっていた。
その木箱の蓋を外すと、中にはギッシリと重なった迫撃砲の弾。
ついでに言えば、その近くには持ち運び可能な中型迫撃砲がいくつか転がっている。
「やれやれ、火力支援まで自分達でやらなきゃとはね。」
そんな言葉を呟きながらも、これを使う方法を思い出す。
そう言えば生き残った奴等の中に、確か砲兵科の奴がいたはずだ。
敵の何とかというエースに会うためにも、この戦いは何とか切り抜けなきゃな。
俺達は、見つけた宝物を小隊長に報告しに行くため、塹壕の中を駆け出していた。




