564:虹小隊のロク
「ロク!……おいロク!!」
小隊長に大声で呼ばれ、小銃の整備をしていた小柄な男がビクリと背を震わせる。
「は、ハイ!何用でしょうか小隊長殿!!」
「オメェももう分隊長なんだからよ、イチイチ呼ばれる度にビビるんじゃねぇよ、そんなんじゃ部下に示しがつかねぇだろうが。
……あー、まぁ、なんだ。
コイツがオメェの所の補充兵だ。
オイ二等兵、後の事はロクから聞け。」
小隊長はそれだけ言うと、ノシノシと何処かへ去っていく。
残された俺は、ロクと呼ばれた分隊長らしき男を観察する。
身長は俺よりやや低いから、170センチ台か。
黒髪黒目でやや平面的な顔立ち、そして細身だが筋肉質な体型。
しかも“ロク”と呼ばれている。
多分コイツが転生者だ。
とはいえ、まさかいきなり“お前転生者だろう?神との接続切らせろよ”なんて、最悪のコミュニケーションを取るわけにはいかない。
取りあえずは相手の出方を待つ方が懸命か。
「あぁ、始めまして、セーダイと言います。
こちらに補充として来たんですが……生き残りは私だけでして。」
「あぁ、あなたが例の。
スリーから話を聞いてますよ。
“運が悪い運の良い奴”ってね。
それに、僕自身も気になってたんですよね、セーダイって、僕が元いた世界の名前に近くて。」
やはりそうか。
中々にありがたい偶然もあるものだ。
異世界に降り立ってすぐの遭、で転生者と出会えるとは。
何となくの感じからしても、戦争中なのかこの世界も命のやり取りが軽そうな世界だ。
当然だが、こういう世界に長居したいとは思わない。
転生者がこの場にいるなら、サッサとあの“自称神”との接続を切らせてもらい、そこで発生する余剰エネルギーを分けてもらって離脱するに限る。
俺は少し安心しつつ、なんと言って説得するかを考える。
とはいえまぁ、変に転生者が勘違いして拗らせないようにするためにも、まずは全体の説明を始めるとするか。
「おぉ、それは良かった。
ちょっと君に話が……。」
「総員!移動準備をしろ!!
これからすぐに出撃するぞ!!」
ロクと呼ばれている彼に俺の素性やその他を話そうとした時、小隊長の大声で中断される。
何事かとそちらを見てみれば、怒りで般若のような顔になっている小隊長が見える。
ロクは“ヒッ”というと突然慌てたように装備の確認をしだす。
「ん?ん?な、なぁおい、一体これは……。」
ロクだけではない。
周囲にいた他の隊員達も大慌てで準備をしている。
「セーダイさん!アナタも急いで準備を!!
……って、そういや装備もまだ解いてなかったから大丈夫ですね!!
じゃあオモテに出て整列してください!!
小隊長、ああなると色々あるんで!!」
何だか解らないが、とりあえず危険を感じてすぐに外に飛び出す。
せっかくの話せる機会だったが、こうなっては仕方無い。
多分、小隊長殿は“鬼軍曹気質”なのだろう。
他の異世界でもよく見たタイプだ。
「気をぉー付けぇー!!」
嵐のような慌ただしさの後、俺達は整列して小隊長の号令を聞く。
俺達の前に、背が低めで丸々と太った中年が、ピンと伸ばしたヒゲを弄りつつ背筋を伸ばして、俺達の前に立つ。
将校服を着ているところからそれなりに偉い人間なのだろうが、そのキツそうな腹が歩く度に揺れて、酷く滑稽……いやユーモラスだ。
「諸君!栄えある“黄金の虹”大隊の精鋭である諸君!!
諸君等に新たな命令である!!
現在我が軍の主力が、主戦場側面に設置されている、敵軍のトーチカ群に苦しめられている。
諸君等の任務はこのトーチカ群の制圧である。
これには多大なる努力が必要となるだろうが、諸君等精鋭ならば必ず達成するものと信じている!!
以上、出撃準備せよ!!」
「総員、敬礼ィ!!」
苛立った顔のままの小隊長が怒鳴ると、俺達は一斉に敬礼をする。
「総員!!左向けぇー、左ィ!!
そのまま輸送車両へ!!進めぇ!!」
俺達は皆、黙って輸送車両が止まっている場所まで、一言も発する事なく歩き出す。
ホロがついただけのトラックの荷台に乗り込むと、定員になったトラックが次々と走り出す。
俺が乗ったトラックも走り出すと、それまで重苦しかった空気が少し薄らぐのを感じる。
「やれやれ、寄せ集めの兵隊に向かって“精鋭”だとよ。
あの野郎頭イカれてるぜ。」
俺の隣の兵士が胸ポケットからタバコをとりだし火を付けると、気だるそうにボヤく。
俺の目線を感じたのか、俺にも勧めてくれる。
「あぁ、ありがとう。
さっきのが指揮官ってところなのか?」
「そうなんじゃねぇか?
知らねぇけどよ。
俺は先週ここに来たばかりだ。
他のヤツだって似たようなもんさ。
この数ヶ月ここで生きてるのは、小隊長と分隊長と、後何人かだけだよ。」
聞けば、虹小隊は1個小隊2個分隊の構成で、分隊構成は定数通り12人程いるが、2〜3人を除きほぼ全ての人間が入れ替わっているのだそうだ。
“所属すれば生きて帰れぬ地獄の入口”と噂されているらしく、部隊の殆どの人間は覇気が無い。
周りを見渡してもここにロクの姿は無く、どうやら分隊12人、小隊で24人を3台のトラックで運ぶ為、ここには乗っていなかったらしい。
つまり今このトラックにいるのは、1〜2週間以内に集められた奴等、という事か。
「しかし、ここはいつもこうなのか?
何か、全体的な作戦の上で進んでいる様には感じられないんだが?」
「なんだオメェ、そんな事も聞かされてないのかよ。
ここはオマエの言う“作戦”の穴を突貫工事で塞ぐ、“日雇い労働者”の寄せ集めみてぇなモンだよ。
まぁ、お代もらった所で命を取られるがな。」
先程の指揮官らしき人物のあの説明を聞いていた時に薄々感じてはいたが、案の定“激戦区要員”だったらしい。
タバコをくれた彼が、“虹ってのはその内消えるだろ?俺等もそうって事よ”と皮肉げに笑うのが印象に残っていた。
“残っていた”というのは、そのすぐ後に過去形になったからだ。
「大体よ、トーチカが邪魔なんて、戦場見た時から……。」
風切り音、そして金属音。
次の瞬間には、目の前の彼の頭が吹き飛んでいた。
「敵襲!!」
俺達は飛び跳ねるようにトラックから飛び出すと、次々と発砲音が聞こえる。
一瞬で、乗っていたトラックは爆発炎上していた。
「何してる!!
総員戦闘配置!!」
他のトラックから出てきた隊員達が、必死に応戦する。
俺達は既に、目的ちに辿り着いていたようだ。
それを把握できていなかったトラックの運転手により、俺達はいきなり窮地に立たされていたようだ。
「早く制圧しろ!!
中隊長がここに来たら、お前等確実に生き残れねぇぞ!!」
小隊長の怒鳴り声が遠くに聞こえる。
やれやれ、マジでとんでもねぇ所に来ちまったようだ。




