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異世界殺し  作者: Tetsuさん
旅の途中⑨
564/832

563:召集令状

「突撃!突撃!!

総員!怯むな!突撃せよ!!」


俺の後方から野太い怒鳴り声が聞こえる。

振り返って遥か後方を見れば、カイゼル髭を蓄えた太っちょの将校殿が、軍刀を振り回しながら俺達に向かって怒鳴っている。

ここまで聞こえてくるのだから、近くにいる奴等は相当うるさいだろう。

俺は鉄カブトを被りなおし、敵陣地を睨みながら顎紐を締める。


「……おい、突撃バカがまた何か騒いでるぞ?」


「アイツ流れ弾にでも当たって死なねぇかなぁ。」


まわりの仲間達がぼやき、それに釣られて皆でクスクス笑う。


「よぉしお前等、偉大なる突撃バカ様が騒ぎすぎて酸欠になる前に、もう少し前進するぞ。

手投げ弾用意!!」


小隊長の掛け声で、俺達は自分達のやるべき事を思い出す。

マガジンベルトに挟んである手投げ弾を引き抜くと、木製の()を片手で持ち、安全ピンのリングにもう片方の指をかける。


第二次大戦中にドイツで使われたという柄付手榴弾、俗称で“ポテトマッシャー”と呼ばれたそれとよく似ている。

ついでに言えば、今俺が手にしているこの手榴弾も“ポテトマッシャー”と兵士の間で言われている。

偶然の一致というよりは、人間は大体同じ事を考えるような生き物だ、という事なのだろう。


「ピン抜け!カウント、1、2、3、今!!」


ピンを抜いてから5秒後に爆発するため、場合によっては投げ返される。

それを防ぐためにも、少しカウントしてから投擲するのだ。

流石に、投擲時に狙い撃たれるような奴はいない。

一斉に放り投げられた手榴弾に、相手陣地で慌てふためく空気を感じる。


「今だ!!前進!!」


小隊長の号令の直後に、破裂音がいくつも鳴り響く。

まるで、短距離走のスタートを知らせる合図のようだ。

短距離走と違うのは、ゴールから鉛玉が飛んでくる事くらいか。




俺は今、戦場のど真ん中にいた。





転送直後に周囲を見れば、俺は炎が少し残る廃墟に出現していた。


「ここは……?

災害……いや戦闘後か?」


廃墟といっても、破壊の後が真新しい。

かろうじて残っているいくつかの家の壁には無数の穴が開いており、まだ火がチラチラと燻っているのが見える。


「こいつはラッキ……いや、不謹慎か。」


この手の世界は、文明社会でありながら身分証の入手が簡単だ。

何せ、“入れ替われる対象”がそこかしこにいるからだ。

現に、周囲を見渡せば統一された枯草色の軍服に身を包んだ奴らがゴロゴロ転がっている。

この中から一人選んで入れ替わるなど、造作もない。


ただ、だからといってこれを喜ぶ事はやはりよくない事だろう。

そこまでおかしくなっちゃいけないと、自分に言い聞かせる。


<ほどほど綺麗な衣服は、あそこの個体と……、それからそこの個体ですね。

勢大の体型にも合いますので、急ぎ着替えてください。

また、装備類はそこの個体とあちらから表示された装備を抜き取ってください。>


マキーナはこういう時、恐ろしく冷静だ。

ただ、俺もあれこれと死体漁りの真似は御免被るところだから、おとなしく指示に従う。


周囲の亡骸から少しずつ装備を集め、一人前の兵士の姿になる。


(小銃は単発式か……。

身に着けた装備から見ても、第一次……いや、第二次の世界大戦みたいな感じだな。)


小銃のボルトを引くと金属のクリップに装てんされた弾薬を手元の小銃の上から押し込む。

ガチャガチャと音がして、弾が次々に押し込まれ入っていく。

空になったクリップを弾いて落とすと、最後にボルトを戻す。


「準備完了、っと。」


<こちらも完了しました。

勢大は帝国西部方面軍の、虹小隊という小隊の所属で情報を更新しておきました。

ここでの勢大の名前は“セーダイ・ジョン・ドーズ”という名前になります。

階級は二等兵で、他の設定として“小隊着任のために移動中に敵襲を受けた”というストーリーが、一番信ぴょう性があります。>


ドッグタグもマキーナが加工したらしい。

それを首から下げると、マキーナが指定した友軍の方向へ歩き出す。


「なるほど、上出来だ。

……だが、“(にじ)”部隊?」


<具体的には解りませんが、人的損耗率80%以上の部隊の様です。

もしかすると、“虹のようにはかなく散っていく”から、その名が付いたのかもしれませんね。>


おい!んな所にシレっと俺を突っ込むんじゃねぇよ!

ただまぁ、贅沢が言えないのも事実か。

人的損耗率が高く人の入れ替わりが激しいという事は、それだけ個人を覚えている人間も少ないという事だ。

長く一緒にいることで出るボロも、それだけ入れ替わりが激しければほぼ気付かれないだろう。

それに、80%という事は、裏を返せば20%は生き残り続けているわけだ。

仮に俺が生き残り続けていたとしても、それは“非常に運のいいヤツ”という事で片付いてしまう。

うってつけの場所、と言えば聞こえがいいが、しんどい事には変わりない。


「……やれやれ、とっとと転生者を見つけてこんな世界とはおさらばしたいぜ。」


<その前にこの世からおさらばしない様に気を付けてください。>


この野郎、いやこのマキーナめ、誰のせいで……と思ったところで、銃口を向けられる。

正直その存在は把握していたが、ここは素人を演出するためにも気づかなかったフリをし、大きく驚いて見せた。


「動くな!ここで何を……って、味方か?」


まだ若い青年、いや少年といってもいいかも知れない。


「おう、どうした“ディンゴスリー”?食い物でも見つけたか?

……って、なんだ友軍か。

おいアンタ、他の仲間はどうした?」


左頬に大きな裂傷痕がある、恐らくは俺と同じくらいの年齢の男がヌッと現れる。

俺を見た瞬間、怪訝な目をしながら問いかけてくるところを見ると、ひとりでいる俺を脱走兵か何かかと思ったらしい。

襟元につけている階級章は軍曹、分隊位をまとめている、といったところだろうか。


「失礼いたしました軍曹殿!自分はセーダイ二等兵であります!

“虹小隊”に配属される途中で敵の攻撃にあい、生き残りは自分だけであります!」


敬礼しつつ、マキーナの考えたカバーストーリーを話す。

顎をさすりながら考え事をしていた軍曹は、俺の話を聞くとニヤリと悪い笑顔を浮かべる。


「おぉ、そうだったか補充兵。

ようこそ虹小隊(じごく)へ。

短い間だろうが、歓迎してやるよ。」


その笑顔は、どうせ明日にはいなくなる、と書いてあるような皮肉げな笑顔だった。

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