562:オンリ・ハジメの華麗なる冒険譚④(2/2)
「……申し訳ありませんが、チャンプ様はアポイントのある方かジムリーダーの方以外はお会い出来ません。」
「だから、俺はジムリーダーだよ。
ホラ、これ見ろよ。
オンリジムのリーダー、“ハジメ・オンリ”だ。」
“ジムリーダーのあかし”という、何故か“証”の文字がひらがなで書かれているカードを見せる。
この“ポコっとモンスター”の世界では、総合チャンピオンになると“チャンプ”という称号で呼ばれ、この世界で一番高いビルに住む事が出来、しかもジムリーダー以外は勝手に対戦を申し込めなくなるのだ。
その為に俺もわざわざ“一人ジム”みたいなモノを立ち上げる羽目になったのだが、まぁこれも不正能力コピーの為には仕方無い。
こんなキテレツな世界なのだ、きっと面白い不正能力に違いない。
それに、この文明力だ。
もし不正能力で組み上げているとしたら、他の世界で転用できるかも知れない。
もうなんか、住みやすい世界がないなら自分で作ればいいじゃない、パンが無ければケーキを食べれば良いじゃない!の精神になってきたのだ。
この世界も非常に文明的で過ごしやすく、居着くならこんな世界だな、と思える快適さなのだが……。
「いかんせんエロがなぁ……。」
性欲だって、発散させたいじゃない!じゃないじゃない!
っつーか、マジ不健全だと思うんスよ、自分。
抑圧されすぎたエロは、いつか爆発しまっせ、ヤマオカはん。
フフ、下手っぴさ、ここの転生者は下手。
欲望の解放のさせ方が下手っぴ。
……あぁ、イカンイカン、昨日の夜セルフプレイすら出来なかったからか、俺もちょっとおかしくなってきたわ。
いやさぁ、マジ聞いてよちょっと!
ナニをナニしてゴシゴシしようと思ったらさ、“プレイエリア外です”とか出てきてさ、握る事すら出来ねぇでやんの!!
洗ったり排泄の時は普通なのに!!
しかも洗うフリしてゴシゴシしようとしたら即“プレイエリア外です”ですってよアータ!!
何この仕様?設定した奴ぶっ飛ばすぞ?
あぁ、やべぇ、この無機質な受付嬢すら見てるだけでムラムラしてきたわ。
「……あの?
オンリジムリーダーさん?
チャンプがお会いするそうです。」
「あ、あぁ、それでは案内してくれたまえ、受付のキミ。」
考えを誤魔化す為に、ちょっと尊大な感じで受付嬢に対応する。
ちょっと不機嫌そうな顔をした受付嬢は立ち上がると、ビル中央にある側面が全てガラス製になっているエレベーターまで案内してくれる。
「こちらがチャンプへの直通エレベーターになりますので。」
うわ、ムダな構造してるな、これ。
なんだよ直通って。
まぁ、ファンタジー空間ならこれも仕方ないのか。
諦めて乗り込むと、僅かに不快な重力を感じながら音もなくエレベーターは上っていく。
静かにエレベーターが止まり、微かなノイズ音と共に扉が開く。
「……誰さん?
ここはチャンプの部屋だよ。」
痩せて青白い肌、ボサボサの髪に目の下のクマと、不健康を絵に書いたような青年がそこにいた。
「アンタがチャンプさん?
手っ取り早く言うけどさ、アンタ転生者だろ?
その不正能力、俺にコピーさせてくれよ。」
「あぁ?アンタ何者だ?
……まぁ、何者でもいいや、この碌でもない能力くらい、いくらでもコピーさせてやるよ。
……俺に勝てたらな。」
青年はニヤリと笑うと、見たことのない真っ黒なポコモンボールを取り出す。
まぁ、あれこれ説明するよりは手っ取り早いなと思った俺も、ポコモンボールを取り出して放る。
「こい、ミャースリー!」
「……まさか、実際にミャースリーを捕まえる奴がいるなんてな。
なら、俺はこれだ!
こい、“ミャーフォー”!」
いやいやいや、待て待て待て。
ミャーフォーとか、アニメにもゲームにもいなかったじゃねぇか。
その事を抗議するが、青年はニヤニヤ笑うだけだ。
「……なるほど、その黒いボール、怪しいな。
“鑑定”!」
別世界で手に入れた不正能力を使い、ヤツの能力を覗き見る。
“良い勝負”
相手のモンスターよりも少し強いモンスターを必ず呼び出すことができる
このバトルの後、対戦相手が“名前持ち”の場合、その健闘を讃え能力所持者に心酔する
この能力所持者がバトルに負けた場合、対戦相手にこの能力は移譲される。
この能力が移譲された場合、世界は一旦常識的で平凡な世界へと再構築される
再構築後に、新たな能力所持者が世界の方針を決定する
※当異世界における限定能力
見ていて、“ん?”となった。
モンスター云々は別にいい。
問題はその後の文だ。
……これ、下手したら俺も心酔して、コイツに取り込まれるって事か?
しかも、必ず俺より強いモンスター出してくるって事は、普通に考えたら俺じゃ絶対勝てねぇじゃねぇか。
努力?根性?創意工夫?
んなもん、不正能力の前じゃ霞むだけだ。
挙げ句に“バトルに負けたら”とか、条件達成型の効果は結構強制力が強い。
例えば仮に“火炎攻撃を無効”という不正能力があったとしよう。
他方、“じゃんけんに負けた場合、火炎攻撃でダメージを負う”みたいな不正能力があった場合、効果を発揮するのは後者の方だ。
つまりこの例の場合、無効持ちもじゃんけんに負ければ火炎ダメージを食らう。
“条件達成型”は、難易度が上がれば上がるほど、その威力が先鋭化されていく、というイメージだ。
“この世界限定”で“勝負に負けた場合”という条件、特に“世界限定”は、その場所においてほぼ最強の強制力に近い。
それなら。
頑張ったって結果が伴わないなら、頑張り損だ。
このオンリ・ハジメ、“やる前から無駄だと解りきっている事はやらない主義”なんだよぉ!
「あ、やっぱいいや。
その世界限定の能力とか、俺興味無いし。
賭けが不成立だから、この勝負無効ね。」
三十六計逃げるに如かず、という言葉があるように、ここは逃げの一手だ!
俺はミャースリーをポコモンボールに戻すと、脱兎の如くエレベーターに駆け出し、下ボタンと閉まるボタンを連打する。
「待ってぇぇぇぇ!!!
勝ってよぉぉぉ!!!
勝ってこの能力奪ってぇぇぇぇ!!!
もうエッチなのが無い世界嫌だぁぁぁぁぁ!!!!」
物凄い勢いで転生者が追いかけてきたが、何とかギリギリエレベーターのドアが閉まり、静かに下に降り始める。
あっぶねぇ、下手なホラー世界よりホラーだったわ。
[ククク、絶対に逃さねぇぞぉ……。]
エレベーターが急停止し、何故か上昇を開始する。
しまった、あの部屋からコントロール出来るのか。
「てんっ……転送だっ!!」
俺は胸から下げたペンダントを握りしめると、別の異世界へと転送を開始する。
扉が開き、転生者が俺を掴む寸前、ギリギリで転送が間に合った。
危ねぇー……。
次からは、こういうのも警戒しないとだな。
オンリちゃん反省。
まぁ、あの転生者も何か叫んでいた気がするが、望んだ世界にいるんだ。
これからも楽しく過ごすだろう。
俺はサッサと忘れると、次の世界を楽しもうと、降り立った異世界を歩き出すのだった。




