55:過去からの贈り物
神父の絶叫が響く。
ヨタヨタと数歩後ろによろけたと思うと、ピタリと動きを止める。
「グググ、まさかただの人間に私を止められるとはな。
……褒美だ、受け取れ。」
危険を感じ、左腕で顔をカバーする。
神父の体が爆発し、吹き飛ばされて転がる。
「お……あっ……。」
至る所をぶつけながら転がり落ちる。
起き上がろうとするが左腕に力が入らない。
右腕だけで体を起こすと、左胸が息をするだけでも激痛が走る。
左耳も音が聞こえない。
立ち上がり、左腰に何か当たると思ったら俺の左腕だ。
触れてもまるで別人の腕のように、感覚が無い。
ブラブラして邪魔なため、左手をジャケットのポケットに突っ込んだが、もはや痛みすら感じていない。
左腕全体が、生命が発する危険信号の向こう側に行ってしまっているようだ。
その他のダメージの状況から見ても、多分長くは保たない。
呼吸する度に胸が痛い。
あばら骨も折れているのだろう。
“ちっ、あばらが何本かイカレたか”とかマンガで見たことあるが、現実はそんなレベルじゃない。
呼吸したくないくらい、痛くて動けない。
それでも、フラフラになりながら右前に構える。
神父は辛うじて人間の形を留めているが、闇色の何かに包まれ至る所から目やら口やらが出ているその姿は、もはや人間とは呼べないだろう。
「グ、グ、グ、人間ヨ、喜べ、この姿ヲ見せタのはオ前が初めてダ。」
俺は右の拳を顔前に上げ、人差し指をクイクイと動かして、挑発する。
何か言ってやりたいが、言葉も上手く出せそうにない。
立ってはいても、それだけだ。
何処か遠い出来事のように感じる。
「その意気やヨシ、この一撃で死ヌが良イ。」
真っ黒な腕が伸び、拳が眼前に迫る。
“あぁ、右手で払い受けしなきゃな”と考えながら、ノロノロと腕が動くのを感じる。
何か、こんなことあったなぁ。
“いいかリリィ、突きは受け止めるのでは無く、……。”
『突きは受け止めるのでは無く、受け流して相手の体勢を崩す、ですわね。』
銀の籠手が、俺の顔面に向かうはずだった拳を受け流す。
霞む目で見れば、俺の前に、白銀の鎧に包まれた存在が立っていた。
懐かしいな、あれはランスの鎧か。
いや、少し細身に形状が変化しているか。
そこで限界が来たのか、膝から崩れて座り込む。
膝で着地したときにも全身に激痛が走り、かえって意識がハッキリする。
……ん?あれはリリィか?
よく見ればランスの鎧に似ているが、やや形状が変化しており、より女性的なフォルムになっている。
『貴方は私の大切な人々を傷付けました。
しかし、法の裁きに従うならばそれを認めましょう。
大人しく裁きを受けますか?』
左足をやや前に、右膝を締めて僅かに腰を落とす。
左手は軽く開き腰前に、右拳は軽く握り肘を体に付けるが、拳は相手の顎に狙いを定める。
心を静め、相手の全体を見る。
綺麗な中段一字構えだ。
「グ、グ、グ、ワかっタ、法ノ裁きに従ウ。」
化け物は拳を下ろし、リリィに歩み寄る。
男三人は剣を納め、13号氏の介抱しに行く者とサラの元へ歩き出す者とに別れる。
リリィも左前の構えを止め、両の足を肩幅に開き立つ。
重心は両足親指の付け根、膝は軽く遊びが有り、左手の開きと右拳の握りは止めていない。
リリィのやつめ、あれは俺がよくやる開足立ちの変形構えじゃないか。
だが今はそれでいい。
“立つこと即ち構えなり”
俺達の流派に隙は無い。
「馬鹿メッ!」
間合いが詰まったところで、化け物が先程よりも早い右拳を繰り出す。
「卑怯なっ!?危ないリリィ!!」
第二王子の叫びが響く中、リリィは右足を半歩前に出しながら左手手甲を化け物の拳に沿わせ、突きを左下へ受け流す。
右足が大地に触れるや、両足親指付け根を軸に右旋回。
足の回転を膝に伝え、力は腰へ。
腰の回転は背骨を通じて肩に。
左拳を引くことで更に肩を加速させ、肘から発射される右拳。
先程の受け流しからの“崩し”で、小柄なリリィでも化け物の顎が届く位置まで体勢を崩している。
『きっと貴方は、そうすると思ってました。』
斜め下から突き上げるその一撃には、光の魔力が込められている。
一閃と共に、化け物は頭部を失い仰け反る。
「「「マダマダァ!!」」」
体中の目が一斉にリリィを見、体中の口が一斉にそう叫ぶ。
頭部を失っても仁王立ちになり、更に肥大化し両手でリリィを掴み上げようと広げたその姿は、二本の腕と二本の足を持っていても、まさしく悪魔そのものだ。
「くっ!動け!」
膝立ちから立ち上がり、何とかリリィを守ろうと歩き出すが、この体は既に言うことを聞かず、間に合わないこともわかっていた。
化け物の両腕が、攻撃直後で隙だらけのリリィを捉え、握りしめる。
“砕かれる”と思った瞬間、その両腕は13号氏によって切り裂かれていた。
「貰っ……。」
返す刃で胴体を刺す前に、化け物の蹴りで13号氏は吹き飛ばされる。
クソッ!こんな事になるなら攻撃後の引きも含めて、リリィにちゃんと教えておくべきだった!
<オートモード、起動します。>
突如マキーナの声が聞こえた。
瞬間、両手の残骸から抜け出したリリィが鋭く踏み込むと、左の掌底を化け物の喉元へ打ち込み、右の掌底を重ねて打ち込む。
<No.0 water ring>
打ち込んだ位置を軸に、光の輪が顕れる。
続けて右斜め下に右手、左手の順で掌底を叩き込み、更に右斜め下へと左手、右手の順の掌底の重ね当てが続き、光の輪が顕れ続ける。
<No.3 wave>
まさか、そんなはずは。
今度は左斜め下、左斜め下へと続き、化け物のへそ上辺りへと続く。
<No.6 yarai>
そこから左上へと上がる。
<No.9 checkered>
そんな馬鹿な、という気持ちでいっぱいだ。
これを俺はリリィの前では使ってない。
<No.11 chrysanthemum>
クレセンテマム?菊の英語名なのだろうか?
だが、顕れている光の波紋は菊波紋だ。
アタル君の世界で使った、あと一歩で世界のルールを越えられそうだった必殺の奥義、“乱れ菊波紋十三撃”。
マキーナが覚えていて、リリィの体を使って再現したのだろうか。
『我が友の危機にこの技を贈る!今一度輝け、ガエ・ブルク!』
リリィの声だが、その口調は懐かしい彼のものだ。
リリィの手の中には、懐かしいあの銀の槍、いや光の槍が顕れていた。
馬鹿野郎、死んだ後まで格好つけやがって。
『乱れ菊波紋十三撃・雷槍!!』
白銀の鎧に身を包んだリリィが、十三撃目を掌底では無く光の槍で貫く。
「「「グオォオォ!!テ、テいコく万歳!!!」」」
俺の技、彼の技が入り交じった、恐らくこの世界最高の一撃だ。
破裂することも吹き飛ぶことも許さず、化け物は分解され、断末魔と共に消滅していた。
白銀の鎧がこちらに向かって歩き、目の前で止まる。
<オートモード、解除します。>
その声と共に、崩れ落ちるリリィを右腕で抱きとめる。
激痛を思い出し、俺も一緒にヘナヘナと座り込む。
「マ、マキーナさんや、リリィの様子はどうかね?
そろそろこっちも回復して欲しいんですが……。」
<リリィ・フルデペシェ、回復完了しました。>
鎧化が解け元のケースに戻ったので、急いで掴み上げて通常モードを起動する。
左下の数字を見ると、俺の回復分も数字が下がっていき、最終的に42.15で止まる。
頑張って結構温存してたんだけど、一気に減ったなぁ……。
そんなどうしようもない事を思いながら、俺はリリィの寝顔を見下ろしていた。




