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異世界殺し  作者: Tetsuさん
自由への光
559/832

558:邂逅

「あー、兄さん、俺は別にそこまで懐事情が寂しいって訳じゃなくてね。

別にアンタに奢ってもらわなくても、普通に飲めるんだわ。

それに、“見ず知らずの人からモノを受け取っちゃいけません”って、ママに言われているもんでね。」


誰だか解らないが、この手の輩は最初の一杯を奢る事でこちらに恩を着せ、その後奢った以上の何かをかすめ取っていく、そういう手合いが多い。

俺は注文を取りに来た店員に、つまみと蒸留酒を頼む。

すぐに琥珀色の液体が入ったグラスが目の前に置かれ、それを手に取った時にフードの男が隣に座る。

しつこい奴だな、と思いながら無視しようと思ったその時に、フードの男は口を開く。


「それは失礼を。

でも、今日は“僕”にとっても良い日なので、やっぱり一杯奢らせて頂きますよ。」


口元に持ってきていたグラスが止まる。

最初に話しかけてきていた時に発した声とは違う、若い男の声。

そして“僕”という一人称。


「ご注文は?」


「ギムレットは作れるかな?

出来るならそれを二つ。」


男は注文を取りに来た店員にそういうと、カウンターに硬貨を転がす。

店員も“出来ますよ”というと、すぐに奥に引っ込む。

周囲の音が消え、酒場の雰囲気喧騒がどこか遠くに感じられた。

今、この場にいるのは俺と彼の二人だけ、そう思える空間だった。


「……“どうやって?“と聞くべきだろうな、最初に言うべき言葉としては。」


俺は口元に持ってきていたグラスをカウンターに置くと、グラスの中で揺れる琥珀色の液体を見ながら呟く。

フードの男は肩をすくめて見せた。


「昔言ったじゃないですか、“僕にはプレイヤーに向かうダメージを一度だけ無効化出来るカードがある”と。」


そういえば、そんな話を聞いた気がする。

あれは“彼”だけが中央から単独で逃げてきた、と言っていた時だったか。


「そうか……、それを使ったのか。

だが、それが本当だとすると……。

お前、最初に逃げてきたと言った時も、本当にそれを使ってたって事か?」


考えたくない事だった。

それはつまり、彼も巻き込まれるほどの攻撃を受けたという事。

巻き込まれた(・・・・・・)誰かも一緒にいた、という事だ。


「だから言ったじゃないですか。

“皆で逃げてきて、僕だけが生き残った”と。

皆が悲鳴をあげながらバラバラになっていく様子は、セーダイさんにも見せたかったですよ。

追手には僕の正体は伝えてなかったんで、いやぁ、実にスリルある追いかけっこでした。」


何でもない様に、楽しげに。

彼は当時の思い出を語る。


「……キルッフは、そっち側だったのか?」


「まさか!

そんなワケ無いじゃないですか!

こういうのは秘密を知る人間が多くなると、興ざめするモノです。

あそこで事情を知るものなど、誰もいませんでしたよ。」


カクテルが待ちきれないという雰囲気で、カウンターのコースターを手で弄びながら彼は笑う。

その言葉に、少しだけ感じる安堵と、強い嫌悪。


「……つまりお前は、“一緒に逃げよう”とその場で仲間を集い、次々と仲間が殺されていくのを見続け、そうして一人あの場にたどり着いていた、と。」


「そうですよ。」


飲んでもいないのに、腹の中が怒りで燃えるように熱い。

ゆっくりと吐く息すらも、周囲に燃え移りそうだ。


ただ。


ただ、そうであっても、俺の頭の中は氷のように冷え切っていた。

正直に言えば、出来るならすぐにでも立ち上がってコイツの胸倉を掴み、その頭を殴りつけて吹き飛ばしてしまいたい。

決闘者(デュエラー)は防御が云々は、マキーナが世界のルールを書き換えた今であれば無効化されている。

そうする事も、もはや不可能ではない。


でもそれは俺の(・・)感情(・・)だ。


この世界の意志じゃない。


俺は異邦人。

俺は俺の目的のためにここに勝手に入り込んでいる。

ここで俺の正義を振りかざしたところで、それは俺の自己満足に他ならない。


「心底ムカつく野郎だな、おめぇは。」


「おや、殺さないのですか?

てっきり殴り飛ばされて殺されるものかと思っていましたよ。」


せめてもの留飲を下げるため、心に浮かぶ言葉を吐き出す。

やれやれ、この程度の言葉しか浮かばない俺は、やはりまだまだガキなのだろう。

もう少し大人になっていれば、もっと機知(エスプリ)皮肉(アイロニー)にあふれた言葉が伝えられたのだろうか?

俺のそんな考えとは裏腹に、彼はどこまでも軽く、むしろ俺が不快を口にした事で調子が出てきたのか、こちらを煽る口ぶりだ。


だが、俺はそんな彼の言動を無視して目の前のグラスを少し持ち上げる。

持ち上げたグラスをかすかに揺らし、中に入っている琥珀色の液体を弄ぶ。

窓から差し込む光を浴びて、琥珀色の液体はキラキラと色を変化させ、複雑な影をカウンターに写す。

美しい琥珀色の輝きと、カウンターに描かれる複雑な文様の影。


「お前がそれを求めるなら、そうしてやろう。

だが、それ以外で俺がそれをする理由が無い。」


ため息と共に、俺は疲れを感じながら言葉を吐き出す。

彼は、そんな俺が少し気に入らないようだ。


「何故です?

僕はあなたを殺そうとして、そしてあなたは僕を仕留め損ねている。

今なら、あの時の続きが出来ますよ?

理由としてはそれだけでも十分でしょう?

あぁ、後はそうだ、僕は仲間達の(かたき)ですよ?

“報復するは我にあり”なんて言葉もあるじゃないですか。

ホラ、今がチャンスですよ?」


上半身をこちらに向け、両手を開いて隙をさらけ出す彼。

俺はそれを横目でちらと見ると、またグラスを揺らす。


「……お前は、この世界で俺の前に立ちふさがった奴の中でお前だけは唯一、俺に(・・)刃を(・・)向けなかった(・・・・・・)からな。」


俺に刃を向けたなら、それはもうどこまで行っても俺の敵だ。

どちらかが降伏して服従するか、どちらかの死か。

そのどちらかしか道は無い。


だが、刃を向けていない場合は?


詭弁であり、気まぐれであることもわかっている。

異邦人だから、という理由もあるかもしれない。

自分でも本当の心はよくわからない。


「え?え?何で赦すんです?

だって、世界は敵か味方かしかいないじゃないですか。

だから僕は対戦相手を倒し続けて。

よりリアルを感じられる、命のやり取りを始めたんです。

ゲームには勝つか負けるか、それだけしかないんですよ?

“赦す”なんて、あるわけないじゃないですか。」


彼はどこか焦ったように早口にまくしたてる。

その言葉を聞いていて俺は、心のどこかで憐れみすら感じていた。

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