557:フードの旅人
<そうですね、本来であれば転生者がいなくなった時点で私でも世界のパラメータを操作する事が出来ます。
可能性は2つ、まだ見ぬ“本来の転生者”がいるか、“彼が死んではいない”か、です。>
前者の場合は、正直お手上げだ。
今もまだ潜伏しているこの世界の転生者を探し出すなど、気の遠くなる話だ。
まぁ、結局はやるしかないだろうが。
ただ後者であった場合、そんな事は起こり得るのだろうか?
あの時、間違いなく跡形もなく消し飛んでいた。
カケラでも残っていれば、戦闘フィールドが解除された時に一緒に戻って来る筈だ。
あの時、間違いなく紫のSPは0になっていた。
あれがある限りはどんな攻撃からも身を守れるが、あれが無くなってしまえばただのひ弱な一般人と大差がない。
ブレスの余波で、余裕で消し飛ぶ。
「とりあえず、今は考えても仕方ねぇって所か。」
まずは復興をさせないと、だな。
マキーナの力で、この世界の地下には奇麗な水源と鉱脈があるように創り変えたらしい。
まるで風の谷のお姫様が活躍するストーリーの舞台だな。
とはいえ、この中央で仮初の王を演じなければならない。
まずはある程度の人員をまとめ上げて、マキーナが指定するポイントで地下採掘だ。
いっそ、勢大グループとか作って、こいつ等1,050年くらい地下労働でもさせるか。
いやいや、そんな現実逃避をしている場合じゃないな。
気は重いが、やるしかない。
復興を指示しつつ、いるかも知れない転生者探しだ。
やる事が目白押しだな、こりゃ。
<これでひと段落、という所でしょうか?>
「あぁ、まぁそうだろうな。
やれやれ、何で俺がこんな慈善事業をしなきゃならなかったんだか。」
紫に勝利した時から半年ほど、俺はこの世界の安定のために働き続けていた。
あの青とか緑とかの階級制度は廃止し、俺を中心とした王政に近い権力構造に変えていた。
その後は地下資源の発掘と周辺迷宮の攻略、そして農耕を実施する組織づくり、ついでに住居の立て直しと、もはやこの世界が安定するか俺が倒れるかの二択みたいな忙しさだった。
この場所の名称も暫定的に“中央都市”という名前に変更していたが、俺が権力を委譲すればそれも変わってしまうだろう。
結局、俺がこの中央都市で指揮する限り、忙しすぎて人探しどころでは無かった。
転生者を探そうにも、もしも前世の特徴である黒髪や黒目では無かったとしたら、後はマキーナの分析ぐらいしか役に立たない。
つまりは“人に探してきてもらう”という事が出来なかった。
なので、適当に有能そうなやつに引継ぎ、俺は旅に出ることにしていた。
ちなみにマザーコンピューターに関しては、不具合という事にして退場してもらった。
当初市民達はうろたえたが、何とか説得してここまで立て直らせた。
「セーダイ王、本当に行ってしまわれるのですか……。」
「王は止めろって言ってるじゃねぇか。
あー、えーと……、そうだ、デビット君だったな!
そんな訳だから、まぁ後は頼むよ。」
去り際に、後任の男だけが俺を見送る。
こうする事を見越して、極力表には出ないようにしつつ、何かある時は彼を表に出していた。
彼とは名前もろくに覚えていないくらいの間柄だが、それでも見た中ではマシな方だとは思う。
生き残りの元青の騎士達とか、正直マトモな奴が一人もいなかったし。
マジでペリーノア生かしとくんだった。
「はっ!お任せください王よ!!
アナタが築き上げたこの国を、私がもっと立派に発展させて見せます!!
……後、私は“ディビット”です。」
「あー、そうね、そうだったね。
じゃデビット君、後頼んだから!」
俺は適当に返事をすると、中央都市施設を後にする。
ずいぶん強固に作ってしまったから、もう少し増設したら城みたいな感じになるだろう。
デビット君が増設したそうだったし、俺がいなくなった後に好き放題するんだろうが、まぁそれはこの世界の選んだ結末だろうからな。
何が起きても仕方ないと思うしかない。
そんな事を思いながら、気持ち的にも身軽になった俺は、かつてあの老人がいた場所に向かう。
この世界の安定までさせて、全部終わらせたんだ。
今こそ、その時だろう。
「……にしても、我ながら風景変えすぎたな。
なぁマキーナ、こっちの方で合っているんだっけか?」
<位置としては通り一本向こうですね。
この道を曲がるのはまだ早いです。>
元々は土の道路に廃墟と残骸だらけだった薄暗い掃き溜めは、石畳と真新しい建物が立ち並ぶ居住区へと様変わりしていた。
流石にコンクリの道路、とまではいかなかったが、それなりに文明的な場所に変えられたとは思う。
感慨深げにかつてのバラック小屋にたどり着くと、そこには何もなかった。
ただ、空き地が広がるだけだ。
「……マジかよ、あの爺さん死んだのか?」
思わず愕然となる。
最後にあの爺さんとあってから、それこそまだ1年も経っていない。
まだまだ死にそうになかったと思ったが、急な環境の変化に耐えられなかったのか。
「あれ、セーダイの兄貴じゃねぇッスか?」
どうしたものかと途方に暮れていると、背後から不意に声をかけられる。
振り返ると、見覚えのある三人組…。
あ、あれだ、紫の母親を守っていた奴等だ。
「あ、お、おぅ、お前等か。
……何だかずいぶん、落ち着いた顔をしてるな?
しかもちょっと嬉しそうだし。」
三人組も、ずいぶん表情が和らいでいる。
衣食足りて礼節を知るというが、彼等の生活もかなり安定したらしい。
彼等が守っていた紫の母親は、新しく出来た施設に入れる事になり、今送ってきたところだったそうだ。
そうして無事に守り抜いた記念に近くの酒場で久々に飲もうと、ここを通りがかったという。
「……そうだ、ちょうどいい。
ここの爺さん、どこに行ったか知らないか?」
「あ、あぁ、ここのジジイなら、今から行く酒場にいると思うっスよ。
ちょうど俺等も目的地そこだし、案内しますよ。」
ずいぶんと印象が変わった三人組に連れられ、酒場まで辿り着く。
老人の姿は無かったが、彼らの言葉を信じるなら大抵これくらいの時間にフラッと現れて、少し飲んでは自分の過去の冒険譚を語り、そして夜更けにいずこかへと帰っていくらしい。
“少し飲んでいれば、多分そのうち来ますよ”と言われ、仕方なしにカウンターで酒を注文する。
幸い、これまでの稼ぎがあるから懐事情は余裕だ。
経済を回すためにいい酒でも頼んでやるか、と従業員を呼ぶ。
「すいません、良ければ一杯奢らせて頂けませんか?」
フードを目深に被った旅人が、気付けば俺のそばに来ていた。




