554:絶体絶命
<……を発動します。
この効果により、勢大はステータス1の状態でフィールドに戻ります。>
「……はっ!?えっ!?
ど、どうなったんだ!?」
マキーナと違う女性のような声が聞こえ、意識が戻る。
一瞬何があったのか解らず、周囲を見渡し、喉元に手をやる。
突き刺されたはずの槍の跡は無く、俺の体も問題はなさそうだ。
ただ、手元の槍は無くなっていた。
「……ど、どういう事だ!?
“決闘者を復活させるカード”なんて、今まで見た事は無かったぞ!?」
対戦相手の紫も焦ってるところを見ると、誰もこの状態を飲み込めていない。
<勢大、手元にあったあのカード、“キンデリックの想い”の効果です。>
ただ1人、まぁ1人でいいか、マキーナだけが冷静に状況を説明してくれる。
慌てて消えかけているカードを見ると、“キンデリックの想い”と書かれたそのカードの、見えなかった特殊効果が追記されていた。
(なになに……“このカードは一度だけ、フィールドにいる全ての対象からこのカードが選んだ1体を復活させる、但しステータスは1になる”か……。)
フレーバーテキストに、“我が心を救ったお前に、微力ながら力を貸す”と書かれていた。
馬鹿野郎、粋な事をしやがって。
カードが光に還る。
もう二度と、こんな幸運は訪れないだろう。
だが、それで十分。
これで十分だ。
まだ終わっていない。
俺にはまだフィールドに展開されているモンスターと、手札がある。
「このターンはうまくはいかなかったが、まだ勝負は終わっちゃいねぇぞ?
俺のターンは終了だ。
さぁ引けよ紫。」
「う、うるさい!
ぼ、僕のターン、ドローだ!!」
紫は先程までの冷静さはどこへやら、あからさまに動揺している。
“自分の知らないカードが存在している”という不安が、紫に動揺を与えている。
「フフ、見たこともないカードに焦りましたが、そんな珍しいカードは複数枚手に入れる事は至難の業!
ならば、結果だけを見れば、自滅したアナタのライフは1しか残っていないという事!!
オーバーキルも甚だしいですが、このカードの真の姿を見て、そしてもう一度死ぬといい!!
まずは生産コストにカードを投入し!」
紫はそう叫ぶと、手札から1枚抜き取り、高々と天に掲げる。
「生贄魔法!“悪食”発動!!
場にいるアント・アーミーを生贄に、僕は更に生産コストを得る!!」
フィールドの蟻が地面に溶けると、ムラサキの生産コストが更に1増える。
4ターン目にして、紫は生産コストが6にまで跳ね上がっていた。
コスト6クラスとなると、伝説級も呼び出せるコストになる。
遂に紫の方も、自身の切り札を場に呼び寄せる気か。
「来い!“アーマード・アース・ドラゴン・ジャイアント”!!
虫けらと馬鹿にされたお前の!!
真の晴れ舞台だ!!」
暗い空に、更に真っ黒な暗雲が立ち込め、ヤツのモンスターに雷が落ちる。
次の瞬間、雷を受けたモンスターは一軒家……いや、数階建ての雑居ビル程度の大きさまで形を変えながら膨れ上がる。
昆虫の分厚くて頑丈な外皮を維持しつつ、虫のような爬虫類のような特徴が混ざり合った巨大な竜が、轟音と共に着地し現れる。
そのステータスの表示は50,000。
1万でも珍しいのに、5万ともなると確かに俺も見たことはない。
恐らく、ステータス強化などの追加をしない限り、他のモンスターではコイツは倒せないだろう。
「フフフ、どうですセーダイさん?
これが僕の誇る最強の手札、アーマード・アース・ドラゴン・ジャイアントです。
しかもね、先ほど生贄にしたレッド・アント・アーミーの効果がこいつに乗ることで、こいつは青と赤の2属性持ちに変わっています。
更に、“攻撃力上昇”は、アナタだけの特権じゃない。」
紫は残った最後の手札を表示する。
そこに書かれている文字は“ステータス5倍”。
その効果は俺が一番よく知っている。
ノーコストで、ノーリスク。
完全にバグか不正能力の世界だが、確かにこの世界に存在するカードだ。
だが、本来このカードの入手は“超希少”に位置しているらしく、戦士モードの時の初期設定は、いわゆる“救済措置”にあたるらしい。
その超希少カードを当たり前のように持っている所も、この男のいやらしさか。
「あぁ、勿論このドラゴンは“貫通”を持っていますよ?
どうですか、セーダイさん?
これこそが純然たる暴力。
さぁ行け!
“全てを滅ぼす地獄の業火、レヴァンティン・ブレス”!!」
ドラゴンは息を吸い込むと、炎のような黄色いブレスを俺に向けて吹く。
ステータスが5倍化され、25万まで跳ね上がったその攻撃が俺を襲う。
「クッ!罠カード!“蝶の鱗粉”!!」
相手の攻撃ターンに使用することが出来、1度だけ全ての攻撃を無効化するこのカード、配置しておいて助かった。
だが、それだけだ。
結局のところ、“このターンは生き残れた”というだけに過ぎない。
相手の脅威は何も変わっておらず、俺の場にはジュエル・ワスプが所在なさげにいるだけだ。
「ハハハ、そういえばペリーノアがそんなカードを持っていましたね。
しかし、それでどうするのです?
このターンは凌げましたね、おめでとう。
他にやる事もありませんし、これでターン終了してあげましょう。
でも、次のターンはどうですかねぇ?」
紫はニヤリと笑うと、ターン終了を宣言する。
俺のターン、どう進めていいか悩むが、それでもデッキからカードを引かなければ始まらない。
「俺のターン、ドローだ!!」
“何か良いカードが出てくれ”
そう願いながらデッキからカードを引き抜く。
手にしたカードは“存在進化”。
紫の話では、ジュエル・ワスプを進化させたところでステータスは5,000程度とか言っていた。
しかも特殊な何かがあるわけでもないとも。
(……とはいえ、もう俺にはこれしか道は無いか。)
生産コストに1枚を投入し、存在進化のカードを場に配置する。
ジュエル・ワスプの存在進化に必要なコストが“5”と表示されている。
ちょうど条件も揃ったと言えば揃った。
次のターンには貫通で俺と共に撃破されてしまうだろうが、せっかく一番最初に手に入れたモンスターだ。
コイツの進化した姿を見てやるのも一興か。
「紫、俺も存在進化のカードを手に入れることが出来た。
だからせっかくだ、俺はこいつを“存在進化”する!!
来い、……えっと、“エメラルド・パラサイテック・ワスプ”!!」
進化先のモンスター名を呼びながら、存在進化の許可を出す。
緑の炎がジュエル・ワスプから噴き出し、緑の火柱となる。
火柱がおさまった後には、人間サイズまで大きくなった蜂がそこにいた。
思わず見とれてしまう程、エメラルドグリーンの外皮の輝きが美しい、空飛ぶ宝石のような蜂が現れてくれた。




