553:切り札
「クッ、飲まれてどうする。
俺のターン、ドローだ!」
予定通り“倍化”のカードを引く。
それを即使い、ステータスを2万から4万に引き上げる。
これで次の5倍化がくれば20万にまで到達し、紫のSPを上回る。
そのまま、すぐには使え無さそうな高コストのモンスターを生産コストに回す。
そのモンスターに見覚えが無かった事から、恐らくはペリーノアとの戦い以降、マキーナがこっそりカードを入れ替えたのだと思う。
念の為残った手元にあるカードを見ると、どれもやはり俺の手札ではこれまで見たことのないカードばかりだ。
“蝶の鱗粉”という相手のターン時に攻撃を無効化する配置型カードと、コストを支払う事で手札を2枚ドローする魔法カードが見える。
ただ、その2枚ドローする魔法カードの方は、表示がグレーアウトされているようで今は使えない。
<こちらは強制ドローの弊害の様です。
強制的に引くカードを取り終わるまで、こういった手札加速化のカードは使えないようです。>
“何で使えない表示になっているんだろう?”と疑問に思った瞬間、マキーナが助言してくれる。
なるほど、こういう所でもデッキを揃えていないのは不利に当たるのか。
とりあえず、使えないものを考えていても仕方がない。
紫の言葉がハッタリでないとしたら、そろそろ攻め入られてもおかしくはない。
俺は念のためにと、先ほどの攻撃無効のカードを場に配置する。
「俺のターンはこれで終わりだ。
いいのか?早めに何かしておかないと、次に俺の番が回ってきたら、それがお前の終わりの時だぜ?」
少し余裕を見せねばと、紫に揺さぶりをかける。
だが、紫は俺の言葉に動じる事は無く、冷笑を浮かべたままベルトのデッキからカードを引き抜く。
「僕のターン、ドローです。
セーダイさん、あなたのデッキはあくまでもスターターに、恐らくはペリーノアのデッキから一部を抜き取っただけでしょう?
しかも、最初の数枚は未だ強制カードのまま。
正直、何故自ら不利な行動を選ぶのか解りませんが、それでもそれ以外はデッキのネタが割れている。
しかも、よりによってアナタが出したのはペリーノアが残したモンスターではなく、スターターに残っていたまだマシな、それでもあまり強くないジュエルワスプだ。
正直なところ、このままセーダイさんの切り札を見てからでも、僕の勝利はみじんも揺るがない。
なら、アナタが一生懸命集めているそのクズ手札、全て見切ってから倒してあげようかと思っているところですよ。」
紫は冷笑を顔に張り付けたまま、さして興味もないようにカードを展開する。
生産コストにまた1枚投入し、そして魔法カードで追加の生産コストを1つ増やす。
これで紫の総合コストは4まで増えている。
「さて、今コストを消費して魔法カードを使い、生産コストに+1するカードを使ってしまいましたので、残りはコスト2、おぉ、ちょうどこのカードが使えるじゃないか!
来い、“レッド・アント・アーミー”!!」
紫はわざとらしく説明口調で独り言のように呟くと、手札からモンスターを召喚する。
真っ赤な外皮を持つ大きめの蟻型モンスター。
それを見て、ヤバい、と冷や汗が出る。
俺のジュエルワスプは緑の属性だ。
緑属性は青属性には強いが、赤属性には反対に弱い。
しかもあの蟻型モンスター、ステータスが3,000とコスト2のモンスターにしては能力値が高い。
「このレッド・アント・アーミー、 “燃焼”という特殊能力を持っていましてね。
倒された時に発動するんですが、味方一体に自身の赤属性も付与する、っていう、ちょっと面白い能力なんですよ。」
紫は自慢気に、召喚したばかりのモンスターの説明をしてくる。
それを聞いても俺には“あぁそうかい”としか答えられないが、それでもヤバいことは解る。
つまり、次のターンにあの蟻で俺に攻撃を仕掛け、俺がそれを倒したとしてもあのゴキに赤属性を付与され、続く攻撃で俺のジュエルワスプは倒せるという事だ。
「いいですね、無表情を装っていても、僅かに見え隠れするその焦り。
さぁ、その表情をもっともっと僕に見せてくださいよ!
僕のターン、エンドだ!」
やっとだ。
やっと巡ってきた。
何とか凌いだ。
俺はデッキからカードをドローする。
“ステータス5倍化”
予定通り、想像通りに手元に舞い込んでくる。
「おや?ずいぶん自信がありそうですね?」
ようやく紫はいぶかしげな表情をし警戒するが、もう遅い。
この勝負、俺の勝ちだ。
<勢大、念の為にカードを展開しておいた方が良いかと。>
マキーナに言われ、手札を見れば先ほどの魔法カードが使えるようになっている。
まぁ、これをしなくても勝つのは目に見えているが、少しは紫の奴を焦らしてやるか。
「まぁな、それなりに自信はあるぜ?
まずは生産コストに1枚投入する。
その後コストを払ってこのカードを使い、デッキから2枚ドローする!」
もう勝ちの見えた消化試合のような気持ちでカードをドローすると、以前に入手したあのカード、“キンデリックの想い”が手元に来る。
何か不思議なモノを見た気持ちになるが、そういうめぐり合わせもあるだろうと思いつつ、手札から生産コストを+1する魔法を使う。
これで本命以外の出来る事は大体やったか。
さぁ、それでは本命といこう。
「ペリーノアの奴もそうだったが、お前も強い自分を過信したか?
そうして過信するから、足元をすくわれるんだ。
俺はこのカード、“ステータス5倍”を俺自身に使う!!
これで俺のステータスは20万!!
お前の目の前にいる雑魚諸共、お前のシールドをぶっ貫くには十分な火力だ!!」
「……そんな手が。
それが、ペリーノアを倒した奥の手、ですか……。」
紫が驚き、初めて表情を崩す。
紫の顔が歪み、焦りのような苦悶に満ちた表情を見せる。
俺は槍を構えると、ばねが縮むように身を低く構えて力を溜める。
「そうだ!
受け取れ紫!!
これが俺の全力“貫通撃”だっ!!」
全身全霊の力で飛び出す。
槍の穂先がきらりと光り、目の前にいるゴキ諸共、紫の喉笛に刃を突き立てようと進んでいく。
「……お断りします。
トラップ発動、“ミラーワールド”。」
声すら出せなかった。
紫は指を鳴らすと、伏せていたカードが光る。
その光は瞬時に人の姿を形どり、それは槍を構えて突撃する俺と全く同じ姿になる。
全く同じタイミング、全く同じ動作で、俺とソレは互いの喉に槍を突き立てる。
意識が、暗転する。




