552:滑り出し
<先行、アークトゥルス。
後攻、勢大。
いざ、汝ら魂を高めあえ。
決闘、スタート!>
天から聞こえる女性の声はそれだけ告げると、いつもの位置にポイントが表示される。
俺の方は20,000と表示されている。
これはあれか、ペリーノアを倒した分の経験値が入って、初期値が2万まで増えた、って事か。
こいつはありがたいと思いながら紫を見れば、そこに表示されている数字は100,000。
……いやバカ言え。
そんな筈が。
「いち、じゅう、ひゃく、せん、まん、じゅうま……。
やっぱりマジで10万なのか……?」
「アハ、どうしたんですかセーダイさん。
そんな“どうしようもない絶望”にぶち当たったような顔をして?
このゲーム、元の世界ではアニメ化もされてたんですがね、そこの主人公はいつも言ってましたよ?
“俺は負けない!例え勝負で負けても、気持ちが負けを認めない限り、何度でも立ち上がる!”
ってね。
ホラ、この10万という壁を見ても、諦めずに戦いを挑んで下さいよ。」
紫はニヤニヤと笑いながらそう言うと、デッキから最初の5枚を引き抜く。
ともかく、俺のステータスとしても2万はある。
ここに槍と倍化と5倍が入れば、20万の攻撃力と貫通が付くから、奴が大抵のモンスターを出してもヤツ毎撃破してなお、十分なお釣りが来るはずだ。
そう考えながら、俺も手札として5枚を引き抜く。
手元に来たカードの中身を見ながら、“この5枚があの手札だったら、本当に1ターンでケリがつくのに”と思わざるを得ない。
なんで毎ターンのドローカードに仕込まれるのか、本当に面倒くさい。
確かにこれなら、デッキを完成したほうが効率は良いだろうな。
「それじゃあ、僕の番ですね。
僕はカードを1枚コスト化して、このモンスターを配置です。
来い!“蒼炎のブラックビートル”!」
紫がカードを1枚指定するとそのカードが光り、紫の目の前に小型の虫型モンスターが現れる。
小型といっても、人間よりもやや大きいくらいのサイズで全身が青と黒の装甲に覆われた、6本足の虫型のモンスターだ。
そのシルエットといい長い触角といい、確実に元の世界の黒光りするアレを想像させてちょっとキモい。
ってか、青なんだか黒なんだかどっちかにしろよ。
ともあれ、モンスターのステータスとしては1,000、まぁ普通の序盤モンスターな気がする。
「……それが、人を殺めてまで手に入れたかったカード、って訳じゃあねぇよなぁ?」
一応カマかけも含めて問うが、紫はただニヤリと笑うだけだった。
それでも、本当になんとなくだが、このカードがそれだと直感で感じる。
“アレを動かしてはならない”
本当に理由が無いが、本能的な何かがそれを告げている。
それに出来れば、アレがカサカサ動く所は生理的にも見たくない所だ。
「さぁ、僕の行動はここまでにしておきましょう。
変にカードを展開しすぎるのも、相手に手札を読まれる可能性が強くなりますし、場のカードを流されてしまう恐れもありますからね。」
余裕の態度を崩さず、紫は手番の終了を宣言する。
カードを全部展開する危険ってヤツには、俺も同意だ。
以前カードを全て展開した戦いがあったが、あの後はマキーナにひどく怒られたもんだ。
“全て展開してしまえば、コスト生産はどうするのですか”だったか。
<いいえ、このゲームのルールから見ると、“場においておけばいずれ必要になるかも”と配置してしまうと、次に引いたカードを使いたいのにコストが捻出できない事もあり得ます。
“全体を見越した上で今、もしくは次に必要”を見越して戦略を立てる必要があるとお伝えしただけです。>
ハイハイ、わかったよ。
俺はこの手の戦略ゲームはちょろっとしかやった事がねぇんだ。
もう少しお手柔らかに頼むぜ。
「俺のターンだ、1枚ドローするぜ。」
「まずは“槍”、でしたよね。
本当に、この仕様は不具合みたいに思えるほど不便ですよねぇ。」
いちいちムカつく野郎だ。
だがその通り、俺の手札には槍が来る。
間髪入れずに槍を装備し、シールドパワーからステータスへと裏で変更する。
<勢大、念の為にフィールドを整えておいた方が良いと思われます。>
マキーナに言われ何となく手札を見ると、ジュエルワスプが見える。
確か一番最初に拾ったモンスターカードだったか。
属性も見れば緑と、アイツのモンスターとの相性もいい。
とりあえず出しておくか。
「俺は更に生産コストに1枚回し、“ジュエル・ワスプ”を召喚だ。
ステータスは同じ1,000だが、コイツの属性は緑だ。
お前のゴキじゃあ、コイツは倒せねぇぜ?」
少し余裕ぶって紫に揺さぶりをかけてみるが、紫は顔を片手で覆い、震えている。
何だ?おかしくなったのか?
「ククク……ハハ、アハハハ!!
セーダイさん、まだそんなスターターデッキのモンスターを入れていたんですか!!
ソイツは進化しても攻撃力が5,000程度で何の特殊能力もない、初級者がスターターデッキで進化のやり方を学ぶ為の雑魚モンスターですよ!!
アハ、アハハハハ!!」
つまらない意地だ、自分でも解っている。
それでも、それでも。
“絶対にコイツと一緒に紫に勝つ”
そんな感情が俺の中で湧いてくる。
「……なんとでも言え。
俺はターンエンドだ。」
「おや、流石に一気に手札を切りませんでしたね。
では僕の番ですね。
ドロー!
……おお、これはこれは、実に良いカードが来ましたよ?」
紫はより笑いを深めながら、引き抜いたカードを場に配置する。
「僕はこのカードを置いておきましょう。
それと、このカードを使っておこうかな。」
少しだけ警戒したが、紫が使うのはコストを支払うことでカードを2枚引くことのできる魔法カード。
それを使いデッキから2枚引き抜くと、意味ありげにニヤリと笑う。
「これはこれは。
……セーダイさん、もうアナタの残り時間はそんなに無さそうですよ?」
「何だ何だ?
そんなに凄い事が出来るなら、さっさと使ったらどうだ?
俺の手札が、おまえの知っているカードだけだと良いんだがな?」
正直、今一気に何かやられたら簡単に負けるだろう。
だが、こういうのはブラフの押し付け合いだ。
弱気になれば付け込まれる。
「おぉ、それは怖いですねぇ。
確かに、今も常にアップデートされ続けていますからね。
しかも元の世界と違って、更新のお知らせなんか無いんですから。
アナタが僕の知らないカードを持っている、そんな可能性も……果たしてありますかねぇ?
でもその虚勢に免じて、僕はもう1枚場に置いてターンエンドとしましょう。」
まだ、2ターン目の俺の手番が来ただけだ。
それでも、このヒリつく空気に精神を削られていくようだった。




