551:指名決闘
「よう、久しぶりだなシンゾー。」
俺の出現に、紫は動揺する事なく仮面の顔をこちらに向ける。
相変わらずフードを目深に被り、仮面をつけているためにその感情は読み取れない。
ただ、その仕草から“面倒で億劫だ”という事が読み取れる。
座っていた豪華な椅子の肘掛けに肩肘をつくと、手の甲に頭を乗せて足を組む。
“それで?”と、言葉ではなく態度が示しているようだ。
「貴様!!紫様の名を口にするなど!ましてや呼び捨てにするなど言語道断!!
この俺様と決闘しろ!!」
「断る。」
指を鳴らし、発生しかけたバリアをキャンセルする。
今回は残念ながらあの電子音のオッサンの出番すら無しだ。
「なっ!?
……き、貴様、一体何をした!?」
「ちょっとそこの機械に干渉してな。
俺に関して、その決闘とやらは全てキャンセルさせてもらったぜ。」
目の前の青の騎士の驚きは想定内だったが、どうやら紫君も驚いてくれたらしい。
ピクリと動くと、頬杖をついていた頭を起こしてこちらを見ていた。
「グ、ググ、だ、だが!
神の力はどうかな!!
ここで俺は、お前に指名決闘を申し込む!!
“セーダイ・タゾノ!俺と決闘しろ”!!」
流石は青の騎士にまで上り詰めた男だ、いい判断してやがる、と思っていた。
流石の俺とマキーナも、世界に神と認識されている存在の力は防げない。
それは不正能力と同質の、人間には抗う事すら許されない“神の奇跡”そのモノだからだ。
あの南の街で聞いた話では、かなり古いしきたりのようだったから、それをこの土壇場ですぐに思いつけたのは流石と言う他無いだろう。
いや、或いは既にキルッフがやったから、それを覚えていたのかも知れんが。
静寂が訪れる。
何も起きない事に、青の騎士は焦りを見せる。
「な、何故だ!?
お前は“セーダイ・タゾノ”としか名乗っていない!
まさか、最初から気付いていて、偽名を教えたのか!?」
「あれれぇ〜?おかしいぞぅ〜?
お前は今日初めて会ったのに、なんで俺のフルネームを知っているのかなぁ〜?」
俺は某“体は子供、頭は大人”の名探偵の口調を真似しながら、紫の方を見る。
俺の名前は“田園 勢大”だ。
決して、タゾノ セーダイという名前ではない。
紫も観念したのか、軽く肩を竦めるとその豪華な椅子から立ち上がる。
「それで?
状況は何も変わっていない。
バリアを無効化しようとも、モンスターは呼べる。
強制的に、お前を決闘に引きずり込めば良い事だ。」
相変わらず、音声を誤魔化した、男なのか女なのか解らない音だ。
俺と騎士達とで、無理矢理にでも決闘を成立させようとして、宣誓をしようと紫は手を上げる。
「いや、どうせなら、一番でかい大物と決闘してみたかったんだ。
おい紫!俺と決闘しろよ。」
紫を指さしながら、決闘を挑む。
だが、案の定、俺だけでなく紫にもこの“バリア無効”が発生している。
やはり、コイツも決闘を拒否できるわけだ。
「き、貴様!不敬であるぞ!!」
青の騎士が何かを喚いているが、それを相手にする必要もない。
「残念です。
僕にも、あなたと同じように“神の宣誓”でなければ決闘は強要されないんです。
僕は僕が求める強者しか、相手にする気は無いので。」
紫も、まるで俺を憐れむような身振りでそう告げてくる。
それを聞いて、何だかおかしくて笑いがこみ上げてくる。
「何です?何がそんなにおかしいんですか?
それとも、気でも触れましたか?」
「ククク、いや失敬。
なんだろうな、負けを意識していないからか?
何もかも自分の思い通りになっていたからか?
オメェ、今随分な失言したぞ?
“神の宣誓は、自分にも効いちまう”ってな。」
全てのピースは揃った。
これで、指名決闘すら効かない、と言われたらどうしようかと少しだけ思っていたが、その懸念も払拭された。
「紫、いや、それは役職だ。
ミサト?いや、それは抵抗組織に潜り込む時の偽名だ。
じゃあ“シンゾー・ムラザト”?
いや、それは転生前の名前で、今生には関係のない、ただお前が覚えているだけの意味のない名前だ。
では、アーサー?
いや、それも生まれた時の“通り名”であって、“真名”じゃないそうだな。」
真名の単語が出た途端、紫は身構える。
この世界の人間なら、この世界に生まれたのなら、その単語は痛いほど理解出来るのだろう。
「真名、“アークトゥルス・アトラス”!!
この俺と一対一で決闘しろ!!」
<我、“宣誓”を受託せり。
人の子よ、己が存在をかけて競うべし。
果てなき理想郷、常春の楽園、“原初の混沌”に辿り着くべく、己の存在を磨くべし。>
電子音のオッサン声ではない。
落ち着いた、女性のような声色が聞こえ、空間が暗転する。
青空が突如真っ暗になり、地面や建造物が全て灰色に変わる。
この空間で、色を持つのは俺とアイツだけ。
先程までいた青の騎士やその他の緑や黄共もいなくなり、生きている存在も俺とアイツだけのようだ。
「やれやれ、真名まで知られてしまっているのは誤算でした。
流石ですねセーダイさん。
何となく、アナタだけはまだ殺したくなかった。
でも、こうなってしまってはもう、今アナタを殺すしかないようだ。」
紫は仮面を外すと、フードを外す。
想像通り、いや、想像したくはなかったが、その顔はミサト君だ。
彼は前と変わらぬ穏やかな笑顔のまま、ゆっくりと手を突き出し、カードデッキを召喚する。
俺もそれに合わせて、カードデッキを喚び出す。
「教えてくれミサト君。
これは、この世界は、本当に。
……本当にお前が望んだ世界なのか!!」
叫ばずにはいられない。
怒りを見せずにはいられない。
だって、楽しくデュエルしたかっただけなんだろう?
カードゲームで遊んでいたかっただけなんだろう?
もっと、モンスターと人間が共生していて、各地にモンスターセンターとかジムとか何かがあって、立派なモンスターのマスター目指すんだ!みたいな世界が良かったんだろ?
そういう、俺が予想したような答えを言ってくれていたら、もしかしたら負けてあげて、“やっぱり強いなー、一緒にこの世界を良くして行こうか”と、手を取れるかも知れない。
ミサト君もまだ若い。
きっと、やり方を間違えただけで……。
「セーダイさん、僕さぁ、前の世界でこのカードバトルの世界大会優勝者だったりしたんだよねぇ。
でもさ、たった一回、たった一回次の大会で負けただけで、その大会限定の最強モンスターカードが手に入らなかったんだよね。
だからさ、その時の優勝者の家に行って、カードを譲ってくれないかとお願いしたんだ。
そしたらさ、アイツどうしたと思う?」
予想と違う答えに、何を言っているのか解らず止まる。
ミサト君は変わらず穏やかな笑顔のままだ。
「アイツ、警察呼びやがったんだよね。
だからさ、隠し持っていたナイフで滅多刺しにしてさ。
アイツの家族も、やってきた警官も何人か刺してさ。
それで、拳銃で撃たれて死んじゃったんだ。
でもさ、死ぬ間際、僕何を考えたと思う?」
恐怖と違和感を感じていた。
ミサト君の笑顔と、彼の発する言葉が結びつかない。
間違ったアテレコのアニメを見せつけられている気分だ。
「人の苦しむ顔って、こんなに可愛いんだって、もっともっと苦しむ顔を見たいって、そんな事を思っていたんですよ!
アハ、アハ、アハハ!!」
ミサト君の顔が笑顔で歪む。
俺は、唇を噛み締めていた。




