550:彼の前へ
「キルッフ……、お前、どこまでも……。」
恐らく、話の大筋は真実だろう。
俺を利用するため近付き、俺から情報を引き出した後で使い捨てる予定だった。
たまたま最初の襲撃の時に生き残ってしまい、青の騎士を倒したという俺の戦闘能力は危険に感じていたのも事実だろう。
そんな俺にこれからの予定を知られると危険だからと、俺の話に便乗して俺を放り出したのも事実だろう。
事実だけを並べるのならば、そういう事だ。
だがそれでも、この男が“罪悪感”を感じたというのなら。
それはこの男が、最後まで悪に徹しきれなかった証拠ではないか。
「……紫の野郎は、どこにいた?」
喋る気力ももうなくなったのか、青白い表情のキルッフが震える手である一か所を指さす。
その方向をマキーナがMAPと照合すると、先にあるのは中央の情報管理施設。
例のマザーコンピューターがあると言われる、中央の重要施設。
その位置を、キルッフは指し示していた。
「……お前を、巻き込んじまってすまねぇなぁ。
ただ、頼めるならよ。
後、頼むわ……。」
かすれる声でそう呟き、方向を指し示していた腕がハタリと落ちると同時に、俺の腕にキルッフの全ての体重がかかる。
俺の腕の中にいるのは、もうキルッフではない。
筋肉が弛緩しずっしりと重くなった、魂の抜け殻。
「……あぁ、頼まれた。」
俺は誰にともなくそう言うと、キルッフを地面に寝かせて手を組んでやる。
“戻ったら埋葬してやるぞ”
熱が抜けていくキルッフの抜け殻にそう声をかけ、俺は立ち上がる。
キルッフの指し示した方へ、歩を進める。
各地で爆発音、悲鳴、そしてモンスターの咆哮が聞こえる。
「へっ、これのどこが、“楽しく決闘したかっただけなのに”なんだかな。」
酒を酌み交わした時の、彼の言葉を思いだす。
その言葉は、確かに真実だったのだろう。
だが結果はこれだ。
逃げ遅れ、がれきの下敷きになる一般市民。
母を探して泣く子供。
苦痛にうめく負傷者。
どこからどう見ても、ここは地獄だ。
楽しくカードゲームで命を賭けて遊ぶ、くだらない世界だ。
それとも、と思う。
“本当はこれが、アイツの望みなんじゃないか”と。
命がけで、一対一の決闘。
ましてや、不正能力で絶対勝てるなら、これほど心踊る話もないだろう。
自分は勝利の美酒と、敗者の足掻きや命乞いを見られるのだ。
そういうことで興奮を得られる趣味とか、生きている実感を持つ人間性もある、と、共感は出来ないが理解は出来る。
過去にはそういう転生者もいたしな。
<他者を踏みにじる事で自身の優位を再認識し、生の充足感を得られる、という事でしょうか?>
「そうだ、そしてそれも人間性の一部だ。」
マキーナも理解しようとしているようだが、正直こんな事は理解して欲しくはない。
そのうち“これが人間性ですね”とか言いながら俺の体を使って他者を踏みにじるマキーナとか、想像するだけでゾッとする。
「へへへ、まだこんな所に抵抗組織の生き残りがいたか。
……ん?お前、“青のペリーノア”を殺った、セーダイか!?」
どうやら、“名前持ち”を倒した事により、俺の名前もそれなりに売れたらしい。
俺と認識すると、目の前の青い甲冑を着た男はデッキを構える。
「俺の名は“紺青のラーモラック”!!
こんな所でお前と会えるとはな、コイツはツイてるぜ!
これで俺様がお前を倒し、“青”の二つ名に昇格ってワケだ!!」
少し背が低く、小太りなこの男を俺は見おろす。
こんな事をしている暇はない。
こうしている間にも、抵抗組織と中央の戦いは進行している。
決着がついてしまえば、また攻め入るのは面倒な事になる。
<では勢大、このような手は如何でしょうか?
解析は済ませてあります。>
俺の右目に、マキーナからの情報が流れ込む。
それを見た俺は、ニヤリと笑う。
「中々面白い手を思いつくじゃねぇか。
よし、それで行こう。
マキーナ、“部分装着モード”、起動だ。」
俺の両腕、肘から下の部分が光に包まれる。
光が収まると、そこにはいつもの手甲のみが出現していた。
「準備はいいのか?なら決闘だ!」
<デュエエエエェェル!!ステァンババババ……>
いつもの陽気なオッサンの電子音に、最後まで喋らせない。
発生したバリアに両手を突っ込み、力を込めてバリアを引きちぎる。
多分このバリアやアナウンスの発生に関して、元を辿れば転生者の不正能力に辿り着くとは思う。
神の力、不正能力は防ぎようがない。
だが、それに何らかの電子制御や魔導的な“システム”を介在させているとしたら、話は変わってくる。
魔法だろうが電子制御だろうが。
システムであればマキーナは干渉できる。
そして干渉できるという事は、それを打ち破れるという事だ。
共に戦い続けている俺の相棒には、造作も無いことだ。
案の定、次の瞬間にはオッサンの電子音は止まり、何事もない空間に戻っていた。
「なっ!?
き、貴様!!一体どうやって……!?」
「教える馬鹿がいるかよ。
じゃあな!!」
青い鎧を着た騎士を置き去りにし、俺はコンピューターの管理施設へと駆け出す。
どうにも、この世界はモンスターを使役しての戦いが中心なせいで、実力者や権力者は皆太り気味だ。
最初のうちはモンスターを使役するためにも、自分自身で戦う必要がある。
だから皆若いうちは鍛えるが、一度デッキが組み上がり使役しだせば、殆どの奴は鍛えるのを止める。
俺が倒したペリーノアくらいだろうか、ちゃんと鍛え込まれているな、と感じたのは。
体型を維持しているだけなら、紫のヤツもそうか。
ただアレは、何してても太らないとか、オッサンから見れば羨ましくて仕方が無い、若いうちの特権みたいな気もするがなぁ。
<……そんな馬鹿な事を考えている勢大に、やや吉報です。
管理施設前の陣地において紫らしき存在を確認しました。
護衛は青の騎士が1名付いているようです。>
馬鹿な事とは何でぃ、歳とると結構気になることなんやぞ?
と、ツッコミを入れたくもなったが、ともあれ好都合だ。
管理施設と言っても、少し背の高い鉄塔らしきものと、それをコントロールする小屋があるくらいで、紫たちの陣地はその前に敷かれている。
黄色い服や緑の服の奴等はワラワラいるが、マキーナの言う通り青と紫の服を着たやつは、奥に1人ずつしかいない。
「一気に駆け抜けるぞ!マキーナ!!」
<承知しました。
安全なコースを表示します。>
右目に移動ルートがボンヤリと表示される。
俺は、驚く黄色服や緑服の脇をすり抜け、一気に紫まで駆け抜けていく。




