54:迷宮の奥に潜むモノ
30分は走っただろうか。
途中、トンファーで地面や壁面、天井などに傷を付けながら走ったところ、恐らく俺達はループさせられているという結論に達した。
途中、様々な罠にかかり敵とも対峙したが、その全ては強引に突破した。
また、途中までは罠の残骸や敵の死体などもあったが、今は出てくる敵もいない。
『この状況、どう思う?
俺が思うに、恐らく王子パーティは何処かに誘導された後で、俺等は“アイツらと合流させないように”終わらない転移をさせられているんじゃねぇかなぁ?と、思うんだけど。』
「同感ですね。
ただ頭の中で地図化していましたが、我々は恐らく外周をグルグル走っているのかなぁ?という感じです。
これは、打つ手なし、という感じですかね?」
いやこの人スゲえわ。
よくこんなワープゾーンまみれの状況で、冷静にマッピング出来るもんだ。
俺なんか、悪魔を仲間にして進むゲームのダンジョンとかで、ダークゾーンとワープゾーンまみれの場所とか、絶対攻略本見ないとクリアできなかったのに。
だが今は感謝しかない。
ネタが割れればこっちのモンだ。
『いや、そうでもねぇ。よく気付いてくれた。』
俺は、13号氏が言う“内側”の壁に手を添える。
『百歩神拳・改、と。』
百歩神拳が“空気を押し”て百歩先のロウソクを消す事を応用しての、“間にある物理的な存在そのものも押す”事は出来ないかと、前の世界でも暇なときに練習していたのだ。
他にも幾つかネタ的な技も編み出していたが、使い道があって良かった。
やっぱり、どんな些細なことでも人生役に立つもんだなぁ。
そんな事を思いながら、拳を打ち抜く。
てっきり拳サイズの穴が空くだけかと思ったが、打ち抜いた衝撃で壁中に蠢いていた謎の文字が消え、壁だったモノは砂へと変わっていく。
自分の限界である、百歩先までの壁を綺麗に打ち抜けたようだ。
見える壁が次々崩れて砂になっていく。
そこを通り抜けると、至る所に黒い文字がのたうつ、不気味な教会の大聖堂のような空間に出た。
見れば王子パーティと、全身黒ずくめの神父のような男が対峙している。
「クァハハハ!実に素晴らしい!
まさかこのような幸運があるとは!
では第二王子よ、……む?我々の逢瀬を邪魔する者は何者かな?」
中々良いタイミングで入れたようだ。
王子パーティもボロボロにはなっているが、重傷者はいなさそうだ。
この迷宮に不法滞在して、作り替えていた犯人が悪さをし出す前にご対面できた。
とりあえずはセーフ、後はコイツとっちめるだけか。
僅かな空気の流れで、13号氏が気配を消して回り込んでいるのを感じた。
『御用聞きの三河屋ですよ、神父さん。
ロウソクやらワインやら、ご注文が無いかお伺いに来ましたよ。』
左手のトンファーを半回転させ、長い方を前に出すオフェンスポジション。
左足を半歩前に、気付かれないように腰を落とし膝に遊びを作る、変形左前中段の構えをとる。
「クァハハハ!それはいい。
だが困ったな、欲しかった“この迷宮を暴走化”させるための魔力も、この国を混乱させるための主要貴族の子息の命も、この者達だけで間に合ってしまうのだ!
少なくてすまないが、祝杯を挙げるためのワイン位しか注文できそうにないぞ!クァハハハ!」
高笑いの瞬間に、一気に間合いを詰めて喉元へ突きを繰り出す。
背後に回っていた13号氏も、それに合わせて背中から斬りつける。
「五月蝿い御用聞きだな。
芸の押し売りはいらんぞ。」
命中する直前で見えない壁に当たったかのように、俺のトンファーも13号氏の剣もピタリと止まる。
次の瞬間、周囲に雷が落ちたのかと見間違うほどに電撃が流れ、俺も13号氏も吹き飛ばされる。
<回復、起動します。>
マキーナが電撃で壊れないだけ良かった。
吹き飛ばされた後、麻痺したように体が完全に動かなかったが、回復が聞いてきたのか徐々に緩和されていく。
俺は何とか立ち上がり構え直すが、13号氏には回復の手段が無いからか、吹き飛ばされてピクリとも動かない。
「我等の神よ、皆に癒しと祝福を!」
リリィの声が響き、第二王子達が淡い光に包まれる。
例の光の回復魔法だろうか。
膝をついていた第二王子達が立ち上がり、剣を構え直す。
「お二方!よく時間を稼いでくれた!
我等も参戦させて貰う!
覚悟せよ、賊め!」
その高らかな物言いに、“バカが”という感想が真っ先に出て来ていた。
貴族同士の決闘ならいざ知らず、正体不明の賊退治にわざわざ名乗りを上げて、相手に準備する時間を与えてどうする。
“次に起こる最悪”を想定し、リリィの元へ駆け出そうとするが、まだうまく体に力が入らない。
「ホゥ、光の魔法を使える者がいるのか。
その力は危険だな……。
一人減るがまぁ、まだ魔力量に問題はないか。
《氷の槍》よ、貫け。」
黒ずくめの神父の手の平から放たれた、氷で出来た槍は真っ直ぐ正確に、リリィの中心を貫いた。
「あ……、え……。」
全員の時間が止まる中、ゴボリ、と口から大量の血液を吐き出し、リリィが崩れ落ちる。
「リリィ!!ダメ!!ダメよ!!
死んではダメ!!」
サラの声が響く。
マキーナを解除して、ヨロヨロとそこに駆け寄り膝をつく。
氷の槍は消え、より激しい出血が始まる。
「先……生……、だったん……ですね……。」
「バカ、そんな事喋らなくて良いから、早く回復魔法を!」
リリィは力無く微笑むと、傷口を押さえている俺の手の上に、自分の手を重ねる。
「光の……使い手は……、じ、自分では、治せ……ない……です。」
俺に重ねた手が、どんどんと冷たくなっていく。
周りを見ても、三馬鹿は戦闘中、聖魔法には治癒は無いらしく、死なないでと叫ぶサラの瞳には、絶望が映っていた。
「あり……がとう……。パパ、大好……き……。」
マキーナをリリィの傷口に乗せる。
「マキーナ、権限を一時的に委譲。
対象は“リリィ・フルデペシェ”。
蘇生と回復を至急実行せよ。」
リリィの全身を赤い光が包むが、その段階で一旦止まる。
<error、セーダイ・タゾノの回復が終了していません。>
「俺の回復はキャンセルだ!
最優先だ!最優先でリリィを回復させろ!」
<……了解しました。>
マキーナが一瞬返答に詰まったように聞こえた。
なんだお前、存外に人間味があるじゃねぇか。
リリィの全身を、懐かしい白銀の鎧が包むと同時に、俺への回復がキャンセルされ全身に激痛が走る。
痛い。
痛いが痛くねぇ。
心の方がもっと痛い。
立ち上がり、トンファーをホルダーにしまいながら振り返る。
三馬鹿がまだ攻めあぐねていた。
「ガキ共、退け。」
疲労と攻めきれない怒りからか、険しい顔でこちらを見る三人が俺を見てビクリとする。
悪いな、今はからかってる余裕がないんだわ。
「その剣貸せ。」
第二王子から剣を借りると、黒衣の神父の前に立つ。
「フム、御用聞きよ、お前の出番はもう無いぞ?」
退屈そうに火球を放つ。
こちらも退屈さを出しながら、その火球を剣で弾き飛ばす。
「いや、先にお代を頂戴しようと思ってな。」
剣先をリリィの傷口と同じ位置、神父の体の中心に合わせ、一歩一歩歩んでいく。
火球、氷の槍、電撃、全て剣で切り払い、また剣先を戻して進む。
王族なだけあって、良い剣持ってるな。
伝説級の武器なんだろうか。
剣先が神父の体に当たる少し前、見えない障壁に防がれる。
「ククク、無駄なことをする。
先程の装備も無い、たかが人間風情に、この障壁が破れるわけが無かろう。」
俺の力を、先程までの装備のお陰、と、侮ってくれたようで何よりだ。
全力で突き刺し、少しずつ剣先が見えない壁にめり込み始める。
「なっ!馬鹿な!人間如きにこの障壁が!?
貴様本当に人間か!?」
めり込んだことで、必死に両手を突き出し障壁を強化する。
だがそんな事でめり込む速度は落ちない。
「そうだ、人間だよ。
名前は田園 勢大、どこの何でも無い、ただの人間だ。」
いや、今この瞬間は違ったな。
「そうだな、人間ではあるが、訂正するぜ。
名前は田園 勢大、リリィの父親だ。
愛する娘の、家族の前なら、父親は格好いいところを見せたくなるんだ。」
次の瞬間、全力で障壁を貫き、体の中心に剣を突き刺した。




