547:原点の存在
「ここが……、あの爺さんが言っていた場所だよな?」
<そうですね、周辺の特徴とあの老体が言っていた要素が一致しております。
ほぼこちらで間違いは無いと推測されます。>
マキーナの観測も同様の結果を伝えていることから、ここが目的の場所で間違いないのだろう。
目の前には、それなりにしっかりした造りの一軒家が存在している。
この辺りの住居にしては珍しいくらい、ちゃんと家の体を保っている。
……ただ、目の前の建物を改めて見て気付いたのだが、外から施錠されているようなのだ。
誰かが誰かを監禁している?何故そんな事を?
その意味は解らないが、ただ目的の場所がここだというのなら開けて入らざるを得ない。
そう思い建物の扉に近づこうとすると、数人の男達が近付いてきた。
「兄ちゃん、ここの人に何か用か?」
「悪いが、ここには入れられねぇんだ。」
「物盗りなら他所に行きな、それとも……。」
それぞれがよく鍛えこまれ、手にはナイフや棍棒を持っている。
決闘者には効果が薄いだろうが、普通の人間であればそれは十分な脅威だろう。
「あぁ、俺はとあるヤツの事を調べている。
その事を、この街でずっと暮らしているという老人に話したら、ここを案内された。
俺には何の事か解らないが、案内されて通してもらえないというなら、力づくでも押し通るだけだ。」
静かにデッキを召喚する。
その辺のチンピラであれば、普通はこれを見ればすぐに退散する。
まともにやっても勝ち目が無いのは明白だ。
だが、俺に声をかけてきた奴等は何か覚悟が決まっているのか、これを見ても青い顔はするが、誰一人逃げ出そうとしない。
(……?変だな。何か脅されているのか洗脳でもされているのか?
いや、それにしては表情が普通だ。
普通に怯えている?)
「……あの、ちょ、ちょっと強い事言っちゃいましたけど、引けない理由とか、ある感じです?」
何だかあまりにも哀れになり、思わず下手に出てしまう。
「あっ、いや、あの、俺等もここの人には恩があるっつーか、出来れば守ってやりたいなって……。」
“コミュ障同士の会話か!”とツッコみたくなったが、俺の言葉に気が抜けたのか男達の一人が恐る恐る回答してくれる。
その言葉を聞き、老人にも言われた事を思い出してデッキをしまう。
「あの、そういえばここを教えて貰った爺さんに、“精神安定剤があるなら譲ってやれないか”って言われてまして……。」
「マジか!それを早く言ってくださいよ!」
いや言わせてくれる空気やなかったやん。
緊張感ビリビリだったやん?
<勢大も先に薬の存在を伝えていれば、このような事態は回避出来たと思いますが?>
ハイ出た結果論―!
マキーナ先生、そういうの良くないと思いまーす!
<……。>
しまった、言い過ぎた。
マキーナの無言の怒りをヒシヒシと感じながら、俺は男達に薬を渡す。
渡された男は、施錠してある扉の鍵を開け、ノブに手をかける。
「ニムエさん、俺です!ペレアスです!
いいですか?入りますからね?」
この家を守っていた男達のうちの一人が、声をかけるとそっと扉を開ける。
中に入ると、何か争いあうような音が少しの間聞こえ、そして静かになる。
静かになってからしばらくして、中に入っていた男が扉から出てくる。
服が少し破かれていて、顔に引っかき傷が出来ていて痛々しい。
「えぇと、アンタ、名前何だっけ?」
「あ、あぁ、セーダイだ。」
男は“そうか”というと、また扉の中に入っていく。
今度は特に物音がせず、少しの後にもう一度先ほどの男が出てくる。
「セーダイさん、中に入ってくれ。
ただ、今は一旦落ち着いているとはいえ、彼女は非常にその、“不安定”だ。
一応、新しい仲間っていう事で紹介するから、あまり刺激を与えないようにしてくれ。」
俺はただ頷くだけしか出来ない。
“彼女”だの“不安定”だのと言われていても、何がどうなっているのか状況がサッパリ見えない。
言われるがまま扉の中に入る。
入ってすぐに気付くのは獣臭のような、すえた臭い。
薄暗がりの中で、ぼさぼさ髪の人間が、うずくまるようにしてこちらの様子を伺っているのが解った。
「……誰?」
やや高い声。
女か。
「ニムエさん、今話した、俺等の新しい仲間です。
えぇと、そう、セーダイって奴なんです。
ニムエさんをお守りする、新しい仲間ですからね、安心してくださいね。」
引っかき傷の男、確かペレアスだったか。
彼が優しくそう話すと、うずくまっていた女性が僅かに顔を上げたように見えた。
「おいアンタ、何か聞きたいことがあるんだろう?
アンタが持ってきてくれた薬が効いている間は、多少の事は答えてくれる筈だ。
聞くなら今のうちだ。」
ペレアスがそっと耳打ちする。
どうも、あまり時間は無いらしい。
「あ、あぁ、それじゃニムエさんだったか、いきなりで申し訳ないんだけど、“ミサト”という人物を知っているか?
俺は彼の事を探している内に、ここの人と意気投合して仲間にしてもらったんだ。」
適当に彼等の言っていた話と合わせつつ、ミサト君の事を聞く。
「……だぁれ?それ?」
うずくまったまま、どこかボンヤリとしたような表情と声でニムエが答える。
俺は思いつく限りのミサト君の特徴を上げていく。
それでも、それらにピンとくるモノは無かったようで、微かな声で“知らないわ”と告げてくるのみだ。
「……では、“シンゾー・ムラザト”という名は?」
うずくまっていたニムエが、少し身じろぎした。
まるで寒気を感じた時のように、不快な虫が体を這った時のように、ブルリと体を震わす。
「あの子のね、本当の名前は、いえ、最初に名付けた名前は、アーサーというの。
でもね、あの子はアーサーじゃなかったんだって。」
一瞬だが、目が見えた。
ボサボサの髪の隙間から見えた、深い闇。
濁った黒目、その目に浮かぶ虚無。
ポツリポツリと話し始めた彼女の言葉は酷く散発的で、色々な所に話が飛ぶので理会するのは中々に困難だった。
だが、黙って話を聞き、時に相槌を打ちながら先を促し、そうして自分の中で彼女の話をまとめる。
もう臭いなど気にならなくなっていた。
それほどに、彼女の言葉は一つ一つが重たく、苦しい。
“転生者の母親”
多分恐らく、転生者という存在にまつわるこの世界で、一番最初に不幸になった女性。
その女性の、独白だった。




