536:彼の見た風景
「その坊やは本当に、ここから来たと、言っていたのかの?」
老人に言われ、思い返す。
確かにミサト君本人からそれは聞いていない。
確かに元の世界だったら、年齢や出身なんかは酒の席や何かのきっかけで聞いていたかもしれない。
ただ俺自身が異世界を漂流する異邦人だからか、あまり転生者の転生後の出身地に対しては、正直興味がなかった。
転生者達に対して聞くのはもっぱら“前世では何をしていたか”や“どういう経緯でここに転生したのか”という事ばかりだった。
あの“神を自称する少年”への糸口になればと、そちらの方にしか興味が無かったのが原因だ。
そう考えると、ミサト君の出身を明確に聞いたのは、キルッフから語られたあの時だけ。
では、やはりキルッフが嘘をついている……?
「いえ、本人からは聞いてないですね。
抵抗組織の、リーダー的存在から聞いたくらい……かな?
あ、ちなみに、そういう背格好の少年?青年って、この街にいた事あります?」
キルッフとの会話を思い出しながら、何気なく思いつきを口にする。
意外と、異世界では日本人的な特徴を持つ存在は珍しい。
もちろん、“東の国”的な存在がある世界では別だが、ここのような西洋的な世界観が強い異世界では“真っ黒な黒髪に黒目”という存在は珍しい部類だ。
それで転生者が言われなき差別を受けている世界も、確かあった筈だ。
だから、もしいれば非常に印象に残るだろう。
ミサトという名前は知らなくても、その特徴を持つ子供は見かけたかも知れない。
多分、望みは薄いだろうが。
「……心当たりはある。」
老人はますます厳しい顔をしながら、ポツリと呟く。
全くの予想外だったその言葉に、“えっ?”と言って俺も固まってしまう。
「昔、その特徴を持つ少年がいた。
幼い頃から妙に人を惹き付ける魔性のような魅力と、恐ろしいほど頭の良い少年でな、どこでそんな知識を得たのか、幼いながらも儂ら以上の知識を持っておった。
儂の農耕の知識は、下手したら半分以上あの子から教わったものじゃ。」
少し遠い目をしながら、独り言のように老人が呟く。
その言葉に、少しだけ嫌な予感をしながら言葉の続きを待つ。
「その子供の名は“シンゾー”。
シンゾー・ムラザトと名乗っておった。
……今、中央で“紫”と名乗っている、あやつじゃ。」
感情と情報を整理しきれなかった。
“この老人の勘違いでは?”
“もしかしたら”
“ミサトはムラザトの偽名だった?”
“何故抵抗組織に?”
“いやまさか、そんなはずは”
“じゃあ何故俺を助けた?”
様々な言葉が頭に浮かんでは消えていく。
この老人が勘違いをしていて、実はキルッフが嘘をついている可能性だってまだあるのではないか?
<勢大、確かに現段階で全ての可能性は否定出来ません。
否定出来ないからこそ、その可能性も拒否するべきではありません。>
マキーナに言われてハッと我に返る。
そうだ、情報収集に先入観はご法度だ。
得た情報を元に推理する時は“こうではないか?”という想像からパズルのようにピースをはめ込み、そしてピースが合わなければまたやり直すものだ。
だが、そのピースとなる“情報”に先入観があると、“こうに違いない情報”に変わってしまう。
そうすると、パズルピースの形状が変わってきてしまう。
これでは真相には辿り着かない。
俺は深呼吸をすると、改めて考える。
キルッフはミサト君からフォスの生まれだと聞いた。
フォスの街にはミサト君がいた痕跡はないと老人は言う。
老人曰くミサト君と紫はよく似た容姿らしい。
ムラザトが転生者なのは、前に会った時にあいつ自身が言っていた。
……まだ、これだけだ。
この情報を繋ぎ合わせれば、中央の支配者、“紫”ことシンゾー・ムラザトは実はミサト君である、となるが、まだたった3つだ。
これで結論付けるには早すぎる。
「他に何か知ってる事があるなら、教えてもらうと助かるんですけどね。
例えばお爺さんのお名前とかね。」
どうもこの老人、まだまだ情報を隠し持っている気がしてならない。
名前すら名乗っていないのが、その証拠だ。
“聞かれれば答えるが、聞かれたこと以外は答えない”
何だか酷くそんな気がする。
「ひょほ、人に名前を尋ねる時は、まず自分から名乗るもんじゃ。」
元の世界や、或いはまともな文明世界なら“あ、失礼”と謝ったところだろう。
だが、ここは荒廃した終末世界だ。
礼儀など、一番最後に置かれていてもおかしくない。
しばらく老人と睨み合ったが、この老人、中々の胆力だ。
この街の入口で会った出店の店主など、今俺から漏れ出る殺意の何分の一かで、失禁して失神したというのに。
「……はぁ。
セーダイですよ、セーダイ・タゾノ。
多分、ムラザトと似たような立ち位置でしょうがね。」
根負けしてしまった。
そんな俺を見て、抜けた歯を覗かせながら老人は笑う。
「ひょ、ひょ、ひょ、若者はそう、素直じゃないとな。
フム、セーダイとやら、お前さん、医薬品の類はもっとるかの?
痛み止めの類があれば一番良いんじゃが。」
老人に言われ、俺はリュックをもう一度漁る。
ただ、抵抗組織でも医薬品は殆ど余っていなかったのは記憶している。
だから、“あ、これは少し多めにあるな、まぁ、そういうモンか”と思いながら回収した薬だけだ。
それを取り出し、老人に見せる。
「残念ながら、薬はどこも品薄でね。
精神安定剤くらいしか持ってませんぜ?」
これでも、この厳しい世界では必需品のような薬だろう。
こんな状況だ、心のバランスを崩す奴も多いだろうからな。
「……なんと。
……オマエ、運はあるようじゃの。
これから言うところにいる御婦人に、それをくれてやってはくれないか?
そうすればそのご婦人から、今お前が必要と思う情報は手に入るじゃろうて。」
何の事だか解らず、理由を聞こうとしたがその“ご婦人”とやらがいる場所を俺に伝えたきり、老人は黙って酒をあおり出す。
もう、テコでも動かないという空気を感じる。
やれやれ、ゲームでお使いを頼むNPCですら、もう少し色々喋るだろうに。
ともあれ、こういう態度になっては仕方が無い。
ここで出来る事はもうなさそうだと思い、ボロ小屋を後にする。
「オマエ、ここでの全てが終わったと思ったなら、もう一度この街に来い。
その時、儂が解る事を教えてやる。」
あぁ、なるほど?
ゲームクリア後の特典か、裏ボスルートへの招待状でもくれる訳か。
俺は適当に返事をすると、言われた場所を目指す。
目指しながら、街並みというか、廃墟の街を見渡す。
ミサト君にしろ、ムラザトにしろ。
ここで、この街並みを見ていたわけだ。
きっとその頃はもっと栄えていて、もしかしたら住み良い街だったのかも知れない。
それが徐々に崩壊していく様を見続けるのは、どういう感情が芽生えるのだろうか。
そんな取り止めも無い事を考えながら、俺は人通りの絶えた残骸の街を歩いていく。




