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異世界殺し  作者: Tetsuさん
自由への光
546/832

545:静寂の中で

「ごめんくださいよっと。

人から言われて訪ねたんですが、どなたかいらっしゃいます?」


入口のボロ布を片手で避け、中を覗く。

布を動かした分だけ陽の光が差し込み、うっすらと中が見える。


残念、ここの住人は不在らしい。


まぁ、中を覗く前から人のいる感じは受けていなかったから、さほど残念とは思っていない。

ただ、中を覗きその状況にちょっと驚きを感じる。

剥き出しの地面に廃材のパイプを繋ぎ合わせたベッドらしきモノと、何かを食すためなのかアルミ板を叩いて作った器とフォークのようなものが置いてあるだけ、という、元の世界のホームレス達の方がまだいい暮らしをしているのでは無いか、と疑いたくなる程に何も無い。


「なんじゃオメェ?

物盗りなら止めた方がええぞ?

ワシの家もじゃが、この辺は何も無いからのぅ。」


室内の物の無さに唖然としている俺の後ろから、のんびりとした声がかけられる。

その声を聞いて、俺の中で少しだけ警戒度があがる。


最近では、殺意の有り無しに関係なく、ある程度の人間の気配は感じ取れるようになっていた。

この室内を見て動揺したのは確かだが、それで警戒を緩めるほど甘くはない。


「あ、いや、こんにちは。

ちょっと聞きたい事があって、街の入口で聞いたら貴方の事を教わりましたね。」


とりあえず、敵意がない事をアピールするためにも、振り返りながら営業スマイルで話しかける。

あまり似合っていなかったようで、爺さんはより不審な顔をこちらに向ける。


「オメェみたいな笑顔を出す奴はな、大抵ロクな話を持ってきやしねぇ。

どうせ、碌でも無い奴を探してここに来たんじゃろう?」


言葉は何も知らない風を装っているが、その目の奥には確信がある。

何故だがその時の俺にはそう感じられた。

人探しはよくある目的の1つなのだろうが、普通はカマをかける声色になる。

だが、この爺さんからはそれがない。

確実に、俺が(・・)人探しに来た(・・・・・・)、と、認識している言い方だった。


少しだけ、悩む。


いくつも異世界を転移していると、たまにこういう得体のしれない人物と出会う事がある。

そいつ等の主な目的は解らないが、かなりの頻度で俺に力を貸してくれる事が多い。

ただ、そう思って痛い目にあった事も数知れない。

この老人は信ずるに値するのか否か。


「……碌でもない、は酷い言い方ですねぇ。

私はここに、友人の痕跡を探しに来たんですよ。」


あくまでも営業スマイルは崩さず、もう少しだけ会話を続行する。


俺が選んだのはそれだ。

いきなり信じるには、材料が足りなさ過ぎる。

もう少しだけ話し合ってからでも遅くはないだろう。


「ひょほ!友人ね。

そんな単語、久しく聞いとらんかったわ。

……お前さん、人にモノを尋ねようってのに、手ぶらで来たわけではあるまい?」


俺はポケットから先程出店でくすねた硬貨を見せる。

銅板が2枚と、銅貨が数枚。

これだって、もし俺が覚えている貨幣と同じだとしたら、これはメニ銅板とアンソー銅貨の筈だ。

ここの貨幣価値がどれくらいか解らないが、大抵の世界で価値が数日は飯が食えるくらいの価値はあるはず。


「ホッホ、外から来てるから解らんだろうがな、そんな銅貨なぞ、儂等には何の価値もありゃしねぇよ。

貨幣が使えるのはここでも商人くらいじゃ。

儂から何か聞きたきゃ、モノ持ってこんかい。」


これは驚いた。

もはや貨幣経済が回せないほどにこの街は困窮しているのか。


仕方無しに、背負っていたリュックをおろし、中の物を漁る。

物々交換の王道といえばやはり食い物だろう。

だが、日々の食事と似たようなものでは感動は薄い。

一応とはいえ元の世界では企画関連の仕事についていたのだ。

企画もこういう贈り物も、考える根本は同じ。

“どんなに小さくても、驚きか喜びの体験”だ。

それなくして、企画は成功しない。


「じゃあ、こういうのはどうです?

俺の秘蔵だ。」


ポケットサイズの蒸留酒のボトル。

まるでスキットルを模したかのようなそのデザインは、持ち運びにも邪魔にならない。

抵抗組織(レジスタンス)の貯蔵庫でこれを見かけた時、迷わず確保していた。

自分で飲むのもよし、こういう時に交渉材料として使うもよし。

娯楽の少なさそうなこの世界では、数少ない嗜好品だ。


「おぉ!もしかして、酒か!」


ホラな。

嗜好品、それも酒の類は、人間には抗いがたい魔力がある。

大昔の何処かの国では禁止されて、飲酒が犯罪行為に当たるとされて罰せられても、人々は構わず飲み続けた歴史があるほどだからな。


「何じゃオマエ、そんな良いモン持っとるんなら先に言わんかい!

何じゃ?何が聞きたいんじゃ?

大抵の事は何でも答えてやろう!」


物凄い態度の変わり様だ。

先程までの仏頂面が、途端に好々爺の表情へと変わる。

やれやれ、もしかしたらこの爺さんはハズレで、割と勿体無い手札を切っちまったんじゃないかな、とは一瞬思うがまぁ仕方無い。

爺さんに促されて、彼の小屋へと案内される。

薄暗い小屋の中でロウソクに火が付くと、微かに獣臭がする。

何かの生き物の脂を蝋として使っているのだろう。

……想像した生き物ではなければいいが、とは、少しだけ思う。


「で、なんじゃ?オマエみたいな余所者が、何をコソコソ嗅ぎ回っとる?

おおかた中央の密偵か何かじゃろう?

最近はこっちに逃げてくるような奴は殆どいなくなったぞ?」


「まぁ、別に中央から来たわけじゃなくてですね。

元々は抵抗組織(レジスタンス)にいたんですが、そこにいた奴の事を少し調べてまして。

……“ミサト”という名前の青年、何か聞き覚えはありませんか?」


爺さんの勘違いを修正しつつ俺は今までの道のり、それとミサト君の事をあらかた説明する。

最初は酒を飲むことばかりに気が行って、俺の話をまともに聞いていなかった様に思えたが、話が進むと酌をする手も止まる。

特に、ミサト君の辺りでは随分と厳しい顔つきをしていた。


「……なるほどのぅ。

儂はここで生まれて、ずっとここにいる。

若い奴や小金持ち共は皆ここを出ていった。

だが、儂は残った奴等が不憫でならなかった。

だから残った。

そうして、今までこの街を見続けてきた。」


意外な事に、この偏屈そうな老人は、この街のために最後まで残っているらしい。

そうして、農耕やら住む所の整備やら、ずっとこの街のために生きてきたらしい。

言ってみれば、この老人はこの街の生き字引だ。

そういう意味では、酒一本でこの老人と近づけた事はラッキーかも知れない。


「じゃがな、お若いの。

この街を見続けてきた儂でも、“ミサト”という名の、そしてそういう背格好の人間を儂は知らん。」


昼の砂漠は暑いはずなのに、この部屋の空気が冷える。

老人は、変わらぬ厳しい顔をしていた。

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