543:追悼
「……無事だったか、セーダイ。」
ボロボロになりながらアジトに辿り着いた俺達を、同じく傷だらけでボロボロのキルッフが出迎える。
戻れた奴等をぐるりと見回せば、恐らくは20人とちょっと、というところだろうか。
行きの人数に比べたら、1/10にも満たない。
文字通りの“壊滅”だ。
「……無事なモンかよ!
なぁ、何で兵を引いたんだ!?
そのせいでミサトのヤツは……。」
怒りに任せキルッフを怒鳴りつけようと思ったが、その顔付きに引っかかるものを覚え、自然とトーンが落ちてしまう。
まるで、“何をされても抵抗しない”と覚悟した、修行僧のような真剣さだ。
「今回は俺の判断ミスだ。
どのように言ってもらっても構わない。
許せないなら、この命でも……。」
「そういう事じゃねぇ。
何があったか説明しろ。
お前が不審に思ってる事、気にかかっている事全てだ。
その上で俺は判断する。」
短絡的に命を差し出すのは楽だ。
そんな逃げは許さない。
また、何か感づいているのなら、その情報共有がなければ判断出来ない。
言い訳がましいなどと、この状況で思ってなどいられない。
どんな些細な懸念点でも潰して、もう一度中央の転覆を狙う。
……そうでなければ、ミサト君が浮かばれない。
「……そうか、解った。
俺に起きた事、俺が感じた事、今から全て話す。
少し長くなるが、聞いてくれ。」
キルッフの話を一番簡潔に要約するなら、それはつまり“ミサト君がスパイだったのではないか”という結論になる。
元々ミサト君は現在抵抗組織が拠点としているこの廃墟街でもなければ最初に俺と出会った廃墟街でもなく、南の街、フォスの出身だ、と誰かが言っていたらしい。
そして、現在“中央”と名乗っているあの都市も、元々はフォスから流れてきた者達が作り上げたというのだ。
フォスから流れてきた者達が中央でマザーAIを発見し、そこを一丸となって開拓してきた経験からか、意外に結束が強いらしい。
今、中央で“青”の階級にいる者は、大体が辿って行けばフォス出身で中央を開拓してきた者であったり、その直系の子供達なのだそうだ。
その為かは解らないが、今でもフォスからの移民は厚遇を受けているという。
その噂というのが、キルッフの想像の根拠であった。
ただ、実際中央でミサト君は赤の身分にいた時でも基本的に良い待遇だった、というのはキルッフ以外からも証言として出てきていた。
俺も経験したが、赤クラスであれば街頭の清掃、飼育魔物の世話、周辺区域の探索と3つの作業が順繰りに回ってくるのだが、ミサト君は常に街頭の清掃しかしていなかった、という話だ。
それでも、抵抗組織に好意的であったり、精力的に仲間を集めようというその姿に、今まで疑う者はいなかった、という事だ。
「……それでも俺は、例えばキルッフ、お前が裏切者という線も捨てきれていない。」
「それはそうだろう。
それに、それはお互い様だ。
俺だって、お前が“実は本当は洗脳されていて、自分でも意識せずに俺たちの情報を奴等に回している”という想像を否定できないからな。」
悪魔の証明だ。
“していない”事の証明は非常に難しい。
想定される全ての可能性を潰さねばならず、そしてそれは通常、ほぼ不可能に近い。
“俺は洗脳されていない”という事を証明するのは、不可能に近い。
「それでも俺は、ミサト君を信じたい。
彼の足跡を調べさせてくれ。
“彼がスパイではない”という証明は出来ないかも知れないが、“彼が最後まで俺達のために戦った”という証明はしたい。」
キルッフは少し俺を見ながら考えていたが、やがて小さく頷く。
「解った。
……というよりも、どうせ今の抵抗組織は再起のために戦力を蓄えなきゃいかんからな。
何も出来ない間に、アレコレ調べてもらうならそのほうが助かる。
……何か解ったら、俺にも教えてくれ。」
キルッフは、まだ中央に反抗する気らしい。
呆れた根性だ、と思う反面、その意志の強さに尊敬の念すら湧き起こる。
思わずキルッフと握手する程だ。
そうして俺は今晩はここに留まり、明日フォスの街へと向かう事に決めた。
本当はすぐにでも中央に潜り込みたかったが、流石に襲撃した直後は向こうの警戒度も上がっているのは、容易に想像がつく。
ほとぼりが冷める頃合いまでフォスの街に行き、まずはミサト君が転生後にどういう環境で生きていたのか、それを知りたかったからだ。
「……あまりこう言ってはなんだが、物資には余裕が出来ちまった。
多少は持っていっても構わんが、必要以上に持っていくのは勘弁してくれ。」
寝床を準備している時に、キルッフが伝えに来る。
それならと、貯蔵庫を漁らせてもらった。
数日分の保存食料に、水。
「ん?コイツは……?」
貯蔵庫の中で、コーディアルシロップを見つける。
おあつらえ向きに、ライム・フレーバーと書いてある。
俺はため息とともにその瓶を拾い上げる。
周囲を探しても、ジンは無い。
代わりに安い蒸留酒を見つけることは出来た。
「……まぁ、この世界じゃこれが限界だよな。」
欠けたグラスに蒸留酒とライム・シロップを入れ、手で蓋をして軽くシェイク。
氷も風情もあったもんじゃないが、こういうのは気持ちの問題だ。
「……やれやれ、ギムレットで別れを告げるには、まだ早すぎるだろうに。」
できた酒を一口にあおる。
ライムの香りがする、甘いだけの蒸留酒。
“なんとも不味い酒だ”
一人呟きながらもう1つ同じモノを作ると、近くの荷箱の上に置く。
「ミサト君。
これでお前とはさよならだ。
お前の反攻作戦、俺が引き継がせてもらうからな。」
振り返ることなく、俺は貯蔵庫を後にする。
友を悼むのはここまでだ。
俺は俺のやり方で、あの紫を打倒させてもう。
<勢大、解析が終わりました。
通常サポートを再開します。
なお、勢大の本来のデッキに新たに1枚加えましたので、その点はご注意ください。
また、状況は把握しております。>
マキーナが、調整した俺のデッキを視界に表示する。
最初の3枚は変わらず槍、倍化、ステータス5倍が並ぶが、後のカードは何だか様変わりしていた。
その事をマキーナに問いただしたが、“よく解りません”と、突然ポンコツAIみたいなことを言ってシラを切っていた。
まぁ、これと言って大きな影響はないから良いか、と、俺は諦めて寝床へと戻るのだった。




