53:迷宮に挑む若者達
謹んで年頭のご挨拶を申し上げます。
本年も、皆様のお暇を潰す一助となればと思っております。
どうぞよろしくお願い申し上げます。
第三階層への階段前、それなりに開けた地形に、第二階層のフロアボスが待っていた。
全身石で出来た巨人と、その周りに4体の、やっぱり全身石で出来た人間の形とサイズの兵士。
動きの遅い石巨人の動きをフォローする様に、石兵士がカバーしている。
なるほど、第一階層が群れの獣との戦い、第二階層が人型とのチーム戦術を学ばせようと言うところだろうか。
確かに第一階層だけなら物理で何とか出来るが、第二階層はちゃんと剣も魔法も駆使しないと大変だろう。
しかも、石兵士の部隊はしっかり連携できている。
見れば攻撃魔法や補助魔法まで使う個体もいる。
ここに来るまでにチームになりきれていない、“ただ強いだけの個人の集まり”では、相当に苦戦するだろう。
「フフ、人形の使う炎はその程度か!」
ジョン王子が威勢良く叫び、炎の壁で石兵士の火球を消滅させる。
「ジョン、貴方には優雅さが足りない。
貴族たる者、“常に優雅たれ”ですよ。」
石兵士が斬りつけたその剣を、アークは微動だにせず、眼鏡を指で上げながら風の刃で肘から下を切り飛ばす。
「危ねぇ!
おいアーク!剣がこっちに飛んできたじゃねぇか!
サラに当たったらどうするんだ!」
飛んできた石と剣を空中で凍らせ、一瞬で霧散させる。
氷霧がハミルトンの周囲を舞う。
襲いかかっていた別の石兵士に氷霧が付着すると、その個体も全身が凍り、氷霧となって霧散する。
「どう、サラちゃん?俺って格好いいだろう?」
「この状況では寒いだけですわ!
それよりも石巨人の攻撃が来ますわよ!」
そうねぇ、もうちょっと安全圏に入ってからそう言うのはやるべきだと思うなぁ。
ホラ、後ろから石巨人の棍棒が来てる。
「ハハハ、サラの言うとおりであるぞハミルトン!
しかし“寒い”か、なるほど。
サラ、お前は面白い女だな!」
ジョン王子が炎を纏わせた剣で棍棒を受け流し、高らかに笑う。
一瞬何を言ってるかと思ったが、“あ、体感的な寒さとネタ的なサムさのダブルミーニング的なね”と理解した。
ロイヤルジョークとかそんな感じなのかしらねー?おじさん気付くまで時間かかったわー。
そんな軽口を叩きながらではあるが、魔法の技術はやはり高いらしく、炎は棍棒から本体に燃え移り、石巨人が溶け出して膝を突く。
「よし、これで次に進めるな。」
投げナイフを1つ、ベルトから抜き取る。
王子サマ、ちっとばかり戦闘経験が足りてないな。
まぁ仕方ないか。
全身を炎で溶かされ、倒れ込みつつあった石巨人が急激に立ち上がり、燃える石棍棒をリリィめがけて投げつける。
「いけませんわ!リリィ!」
サラが聖魔法だろうか、青く光る光の盾を展開しリリィを守る。
それに合わせて、思い切りナイフを投擲する。
石棍棒は、光の盾に触れる寸前で粉砕し、破片は盾で防がれた。
「あの……、良いんですか?サポートは禁止されてますよ?」
やれやれと思ってまた身を隠すと、隣で13号氏がそう呟く。
『今なんかあった?あれ?ナイフ1本何処かに落としちゃったな。』
13号氏がクスクスと笑うのが、仮面の下からでもわかる。
よかった、それなりにシャレのわかる人物のようだ。
「失礼、私の見間違いでした。
あの盾では先の石棍棒は防げないと思いましたが、流石ロズノワル家のご令嬢ですね。」
『いや全く。大した腕前だね。』
俺もニヤリと笑う。
まぁ、少しくらいこういうことがあっても良いだろうさ。
改めて第二王子達を見ると、今度こそ油断なく石巨人が動かなくなったことを確認していた。
「リリィ、大丈夫ですか。」
アークが立て膝をつき、へたり込んでいたリリィの頬に触れて傷がないか確認をしている。
お前何してんの?それおっさんがやったらセクハラやからな?
一瞬もう一回ナイフを投げてやろうとしたが、“何しようとしてるんですか?”という13号氏のツッコミで冷静になる。
危ない危ない、危うく話が拗れるところだった。
全員、よく見れば僅かに肩で息をしている。
毎回アッサリと撃破しているが、実際の所は王子パーティは割と大技が多い。
魔力というものが何なのかは未だによくわからないが、バカスカ大技ぶっ放してるのだから、弾切れも早いのでは無いかと予想がつく。
迷宮は行って、帰らなければならないはずだ。
帰りの体力を考えないこの進み方では、今くらいが丁度良い撤退ポイントだろうなと考えていた。
「よし、それじゃあここまで来たんだ。
迷宮踏破のためにも、第三階層に降りるぞ!」
王子、そこは“折角だから、俺はこの赤い扉を選ぶぜ!”と言って欲しかった!
いやいや、そうじゃない。
「でも、皆さん大丈夫ですか?
大分お疲れのようですが……。」
お、リリィナイス。
そうそう、本来なら戦闘毎に“行くか、引くか”の判断をしないと行けないからな。
「リリィちゃん、何言ってるんだよ!
俺等まだ大丈夫だって!
それに、ここまで来たならボスも倒して、久々の学園快挙を達成しようぜ、」
はい来ました死亡フラグ。
本来問題ないなら、冒険者なら“まだ”という言い方はしない。
リーダーを悩ませる事になるからだ。
アタル君の世界のモヒカンキルッフですら、パーティを組んだときはその言い方を注意していたほどだ。
まぁ、実利に生きる冒険者と、名誉に生きる貴族とでは考え方に違いはあるのは当然かもしれんが。
「……どうやら、我々の出番がありそうですね。」
やはり13号氏も同意見のようだ。
薄暗がりの中、俺も僅かに頷くと彼等の後を追った。
リリィには予め言っておいたが、やはり場の空気に負けたか。
こういう時、下手に反対を主張するとチームの士気を下げかねない。
そうなると本当に全滅の憂き目に遭うから、束ねるパーティリーダーがしっかりと決断しなければいけないのだが。
ふと、過去にもこう言う事があったなと思い出す。
ウチの会社の規模では、もしかしたら受けきれなさそうな大型案件が来たときだ。
あの時は反対する南魚沼の奴と、現場を理解してないクセに“チャレンジしてみろ”と主張する課長との間に挟まれて、調整につぐ調整をやらされてたなぁ……。
過去を思い出し、また今置かれている環境を思い出す。
“いつの時代も、若者を導くのはおっさんの役目かなぁ”そんな事を思いながら、第三階層への階段を降りる。
第三階層に降りると、事前に渡されていたガイドブックの地図と、大きく変わっていた。
あるはずの道はなく、地形そのものが変わっている。
コンクリートの様な壁面になっており、しかも至る所に読めない文字で何かが書き連ねてある。
壁面そのものが薄らと光り、第二階層よりも周囲がよく見える。
完全に洞窟の中と言うより、落書きだらけの病院の通路という方が近い。
「完全に別空間になっていますね。
これは流石に放置してはマズいかと。」
13号氏も傍観をやめ、王子パーティと合流し事態を知らせる方を選んだようだ。
だが、少しばかり遅かった。
通路の先に王子パーティの姿はない。
『俺は魔法には詳しくないんだが、地形そのものを変えるのと、侵入者を何処かへ転移させる魔法だと、どっちの方が燃費が良い?』
「恐らく転移の方でしょうね。
地形を変える方が色々と手間ですから。」
13号氏がいてくれて助かった。
俺一人ではどちらの可能性も考慮して、無駄な時間を使うところだった。
『先行する。この装備なら、多少の罠でも何とかなる。』
俺はトンファーを左手に持つと、それを突き出すように構えて走り出した。
少しだけ、胸騒ぎがする。




