538:人物推測
「いや、セーダイさんは異世界を渡り歩いて、そんな目的でここに来ていたんですね……。
……そうだ、セーダイさんはあの“紫”と会ったんですよね?
セーダイさんから見て、どんな存在に見えましたか?」
ミサト君と俺の旅の目的やあの場では言えなかった事情や追加の他異世界話をしていて、だいぶ夜もふけてきたからそろそろ寝るか、と、腰を上げかけた時にミサト君から不意にそう問われる。
上げかけた腰をもう一度下ろし、俺は思い出そうと頭をひねる。
「……難しい質問だな。
アイツは全く顔が見えないように仮面で隠し、声も機械か魔法かを使って変えていた。
俺に解ることといえば、俺よりも少し背の低い……そうだな、ミサト君と同じくらいの背格好だった、くらいかな?
ただ、あんまり良い性格には見えなかった気がするな。」
「それは、どんな所から?」
“随分詳しく聞きたがるな”とチラと思ったが、まぁ攻め込んだ時に最終的に決闘する事になる相手だ。
僅かな手掛かりから、相手の思考や戦略の傾向、カードの回し方を推測したいのだろう。
その気持ちは俺も十分解る。
なので、思いつく限りのイメージをミサト君と共有する。
「一応な、さっきも言った通り、殆ど外観は解らなかったし、話した言葉も二言三言だ。
その程度で俺が感じた印象だから、もしかしたら全く的外れ、って事もありうるからな?
話半分で聞いてくれよ?」
ミサト君は“それでも良い”と頷いたので、俺は自分の感じた紫のイメージを語る。
名前は“ムラザト・シンゾー”。
口頭で聞いただけだから、どういう漢字を書くのかは解らない。
名前の響きから転生前は男性と思われるが、転生後の現在の性別は不明。
絶対的な安全圏で決闘者育成の為の死闘を見物し、決闘者同士が殺し合いを始めると手をたたき喜んでいた。
俺の殺意を込めた行動や軽口にも動揺を見せず、冷徹に状況を観察していたアイツ。
どうしてもそこから、俺には人等の不和を喜び、自身の命にすら興味を示さず、周辺の側近にすら心を許していない支配者、というイメージを持っていた。
「……言ってみれば、“孤立無援の支配者”という感じですか。
中々に厳しい評価ですね。」
「いや、“周囲から孤立している”というよりは、“自ら望んでその立場にいる”という方が正しいかも知れねぇな。
たまにいるんだ、そういう手合がよ。
なんつぅんだ、ソシオパスじゃねぇや、サイコパスっていうのか?
他の奴への共感能力が欠けてたり、思考が冷淡で自己中心的とかなんだけどよ、でもそう言うのに限って外面を繕うのが上手くて、パッと見は人付き合い良さそうに見えたりする、っていうアレだよ。」
ソシオパスも似たような精神構造だったと思うが、決定的に違うのは外面を取り繕おうとせず、その行動がいささか衝動的なところだろう。
サイコパスが気付かれない様に周圍に紛れ込み計画を練るのに対し、ソシオパスは自身が執着するモノには愛着を示すが、それ以外には衝動的に敵意を見せる所だったはずだ。
その見方で言うなら、あのムラザトと名乗った奴はサイコパス側に分類されるだろう。
子供同士の殺し合いを見て喜んでいたのも、“人の内面にある残虐性”を自分の予定通りに引き出せた喜び、なのでは無いかと俺は疑っている。
「……なるほど、サイコパスですか。
それはまた、厳しい評価だ。」
「あぁ、だが、そう外れた感じではない様な気はしてるぜ?
人への共感は一切存在せず、どこまでも冷淡で自己中心的。
ただ、周囲が寄せる期待、いや忠誠と言ってもいいカリスマ性は、相当に厄介だとは思う。」
まぁ、俺の想像が全て的外れだった場合も考えておけよ、とは付け加える。
あくまでも俺の一方的な人物の観察像だ。
実は全然違って、ただ人を苦しめて喜ぶ変態という事だってある。
「いえ、あの短時間とはいえ、そこまで感じたセーダイさんの観察眼ですから。
きっと攻略の糸口はそこにあると思います。
是非、参考にさせて頂きますよ。」
ミサト君は、俺の情報から何かしらの対抗策を思いついたようだ。
ニッコリと笑うと、“もう遅いから”と、自身の寝床に向かう。
俺も、ミサト君に打ち明けられたからか、少しは心が軽くなっていた。
不安な心はだいぶ薄まり、眠気が訪れていた。
大丈夫、多分、大丈夫だ。
「それでは、手筈通りに!
俺達はまた正面から大部隊で侵攻する!!
お前等別働隊は、俺達が交戦を開始したと判断し次第、中央の裏手から攻め込み、一気に叩いてくれ!!」
まだ朝日が登る前の、冷え冷えとした薄暗い砂漠。
その中でバギーのエンジン音に負けない大声で、キルッフが俺達に怒鳴る。
「了解した!」
「自分も了解です!
……セーダイさん!安全運転で頼みますよ!!」
俺は振り向きながら、ミサト君にサムズアップで答える。
ミサト君の顔色が若干悪くなったが、それはきっと気のせいだろう。
「じゃあな!
中央の管理本部、そこの入口で落ち合おう!!」
キルッフもそう言うと、自分のバギーに走る。
その後ろ姿に敬礼すると、俺はマシンを一気に加速する。
「あぁんぜん運転でぇぇえ!!」
後ろでミサト君が何か言っているが、きっと開戦前の雄叫びだろう。
全く、そんなに気が逸っていると保たないぞ、ハハ。
<たまーに、勢大は本当の悪人になりますよね。>
悪人とは失敬な。
「……ぜぇ、ぜぇ。
セーダイさん、帰りは運転変わって下さいね?いやマジで。」
後ろで辛そうな声を上げるミサト君に適当な返事を返しつつ、俺は双眼鏡で中央を睨む。
そろそろ夜明けが近い。
空が黒から紫に変化し始め、中央にチラホラと灯りが見え始める。
「……この、空が夜から朝に変わる瞬間が、僕は一番嫌いなんですよね。」
ポツリと、ミサト君が呟く。
「……そうか。
俺は好きだけどな。
夜でもなければ朝でもない。
どちらもが混沌として存在し、いずれ朝が来るこの瞬間が、“俺にふさわしい場所”とすら思えるほどだ。」
「……カードバトルには、“白黒ハッキリつける”しかないですから。
白か、黒か。
そういう風に割り切れない事が多い人の世界も、僕は嫌なのかも知れないですね。」
俺はミサト君の言葉に“そうか”としか返せなかった。
人の世はどんな場所でも、それこそ異世界だとしても、そこまで割り切れない。
でも、それを今のミサト君に言っても理解は出来ないだろう。
きっと彼がもう少し経験を積み、世の中が理解できたなら、この空の良さが理解できるかも知れない。
いや、或いは生涯理解出来ないかもな。
「セーダイさん!?」
俺の物思いを遮るように、ミサト君が叫ぶ。
慌てて双眼鏡を覗けば、中央の正面入口方向から、複数の煙が立ち上るのが見えた。
「始まったな!行くぞ!!」
俺はバギーのアクセルを一気に踏み込む。
その俺のバギーに釣られるように、残りの奴等も車を走らせる。
さぁ、ショウタイムだ。




